第24話 姉として

「航くん」

「もしかして、汐里さん?」

 麻帆が話している途中で、私は目覚めていた。


「久しぶりって、言っていいのかな」

「そうだね。麻帆の話が本当なら、俺の大学受験直前以来かな」


 バイト上がりで、話し疲れた麻帆が横になった。少し経ってから、私は麻帆の体を使って起き上がった。航くんが、内容を咀嚼する時間が必要だなと思ったから。


 航くんは私が声をかけると、一瞬戸惑った表情を浮かべたけど、すぐに察してくれた。

 麻帆ではなく、汐里が話しているのだと。


「麻帆の話は全部本当。麻帆が寝ちゃったから、体を借りてきたの」

「信じるよ。麻帆の話し方とは、似てるけど少し違うから」


「あの子は、いつも私の真似をするから。でも、いつの間にか個性の違いが出ていて、航くんは気づいていたんだね。クラスメイトたちは気づかなかったのに」

「そりゃ、一人の体に二人の魂なんて、誰が想像するんだよ。俺だって、幼馴染じゃなかったら、とても信じられない話だよ」


 航くんは困惑しながらも、否定はしなかった。

 だから、私が出てきても、すぐに対応できたんだろう。

 柔軟な理解力と、麻帆への思いが、そうさせたんだと思う。


「幼馴染なだけじゃないでしょ。好きな人の言うことは信じたいからでしょ」

「バレてたんだ」

 航くんは、照れ臭そうにぽりぽりと頬を掻く。

 

「もちろんよ。あたしたちで麻帆の取り合いしてたようなもんだし」

「どっちが長く、麻帆の機嫌を損ねないように遊べるか対決とかやってたな」

「やってたね」


 子どもの頃を思い出しておかしくなって、二人して笑う。


「結局、何やっても実の姉には、勝てなかったけどな。いまだに勝てる気がしないよ」

「そんなことないよ。麻帆だって、航くんのこと、大切に想ってる。ずっとそばにいてほしいって望んでるはずだよ」


「俺より、汐里さんにいてほしいって願ってるよ」

 まっすぐに見つめてくる航くんの目を直視できなくて、顔をうつむける。

「それは‥‥‥ね。無理そうだから」


 もしも願いが叶うなら、麻帆の人生を支えてやりたい。道に迷った時は、相談に乗ってやりたいし、悲しい出来事に遭遇してしまったら、一緒に泣いて、励ましてやりたい。


「まじで消えそうなの?」

「近いうちに、そうなると思う。いつ起きられるのか私にもわからないし、起きていられないの。すぐに眠くなっちゃって。ずっと見守っていてあげたいんだけど」


 私と麻帆がどれだけ望んでも、それは許されないみたい。


「わたしがいなくなった後、麻帆の事、任せてもいいかな?」

「それは、もちろん。支えるよ」


 力強い航くんの言葉に、私は顔を上げた。彼の目は、鋭いくらいの真剣さを帯びていた。


「いつ、そうなりそうとかわかるの?」

「いつになるのかな。私のことなのにわからないの」


 私は首を傾げる。

 現れたのが突然だから、消えるのも突然かもしれない。

 せめて、私が選べたらいいんだけど。神様待ってくれるかな。


「一つ、お願いきいてもらっても?」

「なあに」


「黙っていなくならないでやってほしいんだ。汐里さんもつらいだろうけど、ちゃんとお別れしてやってほしい。後は俺が引き受けるから」


「そうだね。自然と消えた方が麻帆のためかとも考えたけど、お別れはちゃんとした方がいいよね。溺れた時は、突然で、さよならができなかったから」


「つらいことを頼んでごめん」

 航くんが、申し訳なさそうに、眉を寄せる。


「ううん。航くん、いつも麻帆を見守ってくれてありがとう。航くんがいてくれるなら、私は安心して、旅立てるよ」


「買い被りだなんて言わないから。今まで通り、家族だと思って、そばで見守っていくから、安心して。でもさ、もし可能なら、麻帆の中にずっといてやってほしい」


 ああ、なんて優しい子なんだろう。


「航くんは、私がいても邪魔じゃないの?」

「邪魔なわけない。俺たちは3きょうだいだからさ」


 にっと笑う爽やかな笑顔に、心から感謝の気持ちが沸き上がる。

 出会えたことに。気が合ったことに。繋がった縁に。


「いつか麻帆と結婚したら、本当の家族になれるね」

「問題は、麻帆が了承してくれるかどうかだな」

 腕を組んで、うーんと考え始めた。


「恋愛には疎いからね、麻帆は。就職して、変な虫がつかないようにしないとだね」

「でもさ、束縛はしたくないからさ。あと二年は、学生と社会人だから、ちょっと不安だな」


 麻帆を支えると言っていた人が。事、恋愛になると、こんなにも不安そうになるなんて。


「弱気になっちゃダメよ。スリリングな恋より、近くの安定を選ぶように仕向けなくちゃ」

「汐里さん、おもしろいくらいに必死だな」


「当たり前でしょ。小さい頃からあなたたちを見守ってきたんだから、誰よりも相性が良いのはわかってるもの」


 私が本気で言っているとわかってくれたのか、航くんは組んでいた腕を解いて、すっと背筋を伸ばした。


「いつか墓前に良い報告ができるようにするから。待ってて」

「頼んだよ。航くん」


 私たちは目を合わせて、しっかりと頷き合った。

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