ユキと妖精と金色の街
流城承太郎
ユキと妖精と金色の街
12月24日。
今日はクリスマスイブです。
小学三年生のユキは机に頬杖をつき、教室の窓から校庭をぼんやりと眺めていました。
「あーあ、また雨かあ」
今日も体育の授業は体育館。ここ十日ほど、外での体育はできていません。
冬だから体育館の方が温かいのは良いのですが、雨振りは
ユキの住む街にはここの所、季節外れの雨が降り続いていました。
それは静かな雨でしたが、街角に生える苔のようにひっそりと、街の色を変えているようにユキには思えました。
雨が降り始める前は色とりどりだった街が、人々が、段々と灰色になっていくのです。
キーンコーンカーンコーン
始業のチャイムが鳴りました。
隣の席に親友のカンナが戻ってきて、ユキは忘れていた大事なことを思い出しました。
「そうだ。こないだ借りた鉛筆、返すの忘れちゃってた。ゴメンね」
ユキが筆箱から取り出してカンナの手に押しつけた鉛筆は、前に見た時よりも
カンナの髪の毛は少し濡れているようです。
渡り廊下のところで雨に当たったのかな、とユキは思いました。
「貸してたっけ。私のじゃないと思うけど、それ」
雨に濡れたカンナの瞳は、どこかぼんやりとした灰色の光を宿していました。
「ウソ!? カンナちゃんのだよッ」
ユキがそう言うと、カンナは少し考え込んでしまいました。
ユキちゃん何を言ってるの。カンナはそう言っているような顔つきでユキの顔を見返してきます。
でも戸惑っているのはユキのほうです。
どうもここのところ、何かがおかしいのです。
つい昨日も、友だちのミキと話していたときに似たようなことがあったばかりです。
「運動会でミキがリレーで1位取った時、クラス全員で大喜びしたの覚えてる?」
「もう覚えてないよー」
「えっ、あんなに喜んでたのに……」
家でお母さんと話しているときもそうです。
「お母さん、去年のクリスマスに一緒に作った雪だるま覚えてる?」
「雪だるま?……ああ、でも思い出せないわね」
それはささいなことです。
「ところでお母さん、私の黄色いTシャツどこ?」
一瞬、停止したお母さんの瞳はどこか遠くを見ているようでした。
「ええ? そんなのあった?」
ユキのお気に入りのシャツをお母さんが忘れるなんて。そんなことがあるはずはないのです。
風が吹いて雨が授業中の窓を濡らしています。
雨が降るたび、だんだんと皆の記憶が消えていっている。ユキはそんなふうに感じました。
皆が忘れていくのに自分だけが覚えていることが不思議で、心にぽっかりと穴が開いたようです。
学校が終わり、明日からは冬休みです。
途中まで一緒に下校していたカンナにさよならを言って、ユキは森の中の一軒家に向かう
「変だったなあカンナちゃん」
カンナの態度だけではありません。
服装も髪の色も、いつもとは違う灰色に見えました。
ぱしゃんぱしゃん
黄色い長靴が、踏みつけた草の間にたまった水を弾いていきます。
ぶるんぶるん
黄色い雨傘をくるくると回すと、傘に付いた雨粒が勢いよく木々に向かって飛んでいきました。
ぱしゃんぱしゃん
ぶるんぶるん
気分が沈んでいたユキでしたが、なんだか楽しくなってきてスキップを始めました。
ぱしゃんぱしゃん
ぶるんぶるん
「あれ!?」
ユキはふと立ち止まりました。
おかしいのです。
歩きなれた道のはずなのに、景色がいつもと違います。
通いなれた森の小径は突然途切れ、その先には薄青い光が漂う霧に包まれた世界が広がっていました。
迷うはずがないのに道に迷ってしまったのでしょうか。
ぼんやりと、ついに自分の番が来たのだと、ユキは思いました。
皆が忘れていくように、自分も大事なことを忘れてしまうのだろうか。そう思うと、ユキはちょっと不安な気持ちになりました。
それでも青い光があまりに綺麗だったので、ユキは思わず一歩を踏み出しました。
すると雨音が消え、静寂と暖かい風がユキの頬をなでました。
いくつもの金色の光が周りから寄ってくるくると回り始めます。
周囲に浮かぶ光は徐々に形を変えて、赤い衣を着た、金色に輝く瞳と蝶々のような羽を持つ小さな人――妖精の姿になりました。
「わあ」
見たこともない不思議な光景にユキが歓声を
「ボクたちは毎年、子供たちにプレゼントをしてるんだ。それは知ってるよね」
「知ってるよ。サンタさんがプレゼントくれる」
「そうだよ。でも今年はサンタさんがこれそうもないんだ」
「そうなの?」
ユキはちょっと悲しい気持ちになりました。
「どこも不思議な雨が降っていてね。忙しいんだ。代わりにこの街ではユキちゃんが皆にプレゼントをしてあげてくれないかな」
「えっ。なんで? 私が?」
「ユキちゃん、記憶とは雪のようなものだよ。積もる時もあれば、溶けて消える時もある。君の中の雪はまだ溶けていない。だからこそボクたちは君を選んだんだ」
ユキが戸惑っているうちに辺りの霧が急に濃くなってきました。
周りに浮かんでいた妖精たちの金色の光もぽつりぽつりと消えていきます。
気付くと、ユキはいつも見慣れた森の小径に一人で立っていました。
家に帰ったユキを灰色の服を着たお母さんが迎えました。
お母さん、こんな色の服着たことないのに。ユキは思いました。
さっき会った妖精のことを話すと、お母さんは笑いました。
「まあ子どものときはそんなこともあるものかしらね」
ユキも自分は夢でも見たのだろうか、と思いながらお母さんがクリスマスの飾りつけをする手伝いを始めました。
でも飾りつけもちっとも
オーナメントの星も玉も鈍い鉛色のようです。
「サンタさんがお母さんとお話をする歌ってなんだっけ」
ふと去年の楽しいクリスマスを思い出して、ユキはお母さんに尋ねました。
「さあ、そんな歌あったかしら」
その一言が、ユキの胸にじわりと広がる冷たい感覚を残しました。
「お母さんが去年、歌ってくれた曲だよ」
「そんなことあったかな。思い出せないわ」
やっぱり何かおかしいのです。
ユキはタブレットで“サンタ キス”と検索して、動画をお母さんに見せます。
「さあ。聞いた覚えがないわねえ」
お母さんは思い出せないようでした。
そこへお父さんが帰って来たので、お父さんにも見せてみました。
「こんな曲あったかな。それより早くご飯にして、その後ケーキを食べようよ」
お父さんは、そんな調子で相手にしてくれません。
ケーキを食べ終わった後、ユキはいつもより早めに自分の部屋に戻りました。
いつものように楽しい晩御飯でしたが、やっぱりユキにはなんだか両親がいつもと違うように感じました。
話をしていても何か二人とも遠くを見ているような目つきです。
ユキがパジャマに着替えようと服のボタンを手に掛けた時でした。
空中から、ユキの前に先ほどの妖精が現れました。
「ユキちゃんはこれからボクたちの仲間になるんだ」
妖精はユキの指を引っ張ると、窓の方へと連れて行きます。
窓の外には、浮かんだトナカイとソリが宙に浮かんでいました。
ソリの上にはちゃんと、ユキのお気に入りの黄色い長靴と黄色い傘も置いてあります。
「わあ、すごい!」
喜んだユキがソリの上に腰を下ろすと、ソリはぽわんと軽く跳ねて走り出しました。
トナカイの首につけられた鈴の音が鳴ります。
シャンシャンシャン
トナカイの
ユキが空から見ると、雨に濡れて暗く沈んでいた街が、ぼんやりとした灰色の雲海のように広がっていました。
長靴を履いて、傘を差したユキの周りを妖精がきらきらとした光を放ってくるりと回ります。
ユキの身に着けているものがぱっと赤色に変わりました。
ユキが長靴を履いた足を軽く振ってみると、靴の先から、妖精が見せたような金色の粉が
「わあ、見て!」
ユキが手を伸ばすと、その先で光の粒がくるくると踊りながら雪に変わり、地面へと舞い落ちていきます。
雪はただの白い粉ではなく、どこか温かく優しい光を放っていました。
雪の落ちたところも、街の灯りが反射して小さく金色に輝いています。
家々の屋根に雪が落ちるたび、ユキの目には、その中で暮らす人たちの姿が浮かび上がって見えました。
暗い部屋の中、独りで本を読んでいたお婆さんが、手元に置かれた古い写真に目を留めています。
窓際でうつむいていた小さな男の子が、ふと窓の外の雪を見上げて微笑みます。
「みんなの思い出なんだね……」
ユキが小さくつぶやくと、妖精がくるりと一回転してうなずきます。
トナカイが行く先は雨が雪へと変わり、走った後にはオーロラができます。
「きれい」
振り返ってオーロラを見たユキは思わずつぶやきました。
ユキは楽しくなって、さっきインターネットで調べた思い出のクリスマスソングを歌い始めました。
すると――。
ユキの歌声が夜空に響くたびに、空から落ちていく雪が星のように輝きます。
ふわふわとした雪の玉の中に、見知った街の人たちの記憶が浮かび上がりました。
雪玉はみんなの思い出を抱えたまま、それぞれの家の屋根へと積もっていきます。
「みんな忘れてしまった大切なこと。でもユキちゃんが歌うたび、思い出の
ユキの胸には不思議な満足感と、小さな暖かい灯火が宿っていました。
ユキの歌が届いた家では、家族が笑いながら写真アルバムを開き、古いオルゴールを探し出します。
まるで眠っていた記憶がぽつぽつと灯るように蘇っていくようでした。
「楽しいね、妖精さん!」
ユキはソリの上でくるくると回りながら笑いました。
ユキと妖精が街を一周して、すっかり街が白銀の雪に埋もれた頃、ユキは自分の家の上へと戻ってきました。
落ちていく雪の中に、お母さんやお父さんとユキが過ごした姿が見えました。
それを見たユキは急に二人に会いたくなりました。
「もうおうちに帰りたい」
ユキが言うと妖精はにっこり笑いました。
妖精はユキを部屋まで送るとさよならをしました。
「お母さん、気づいてないかな」
夜にこっそり家を出ていたことを知られたら、きっと怒られる。ユキは心配でした。
両親の様子をうかがおうとユキは静かに部屋を出ました。
お母さんは腕を枕にして、食卓でうたた寝をしていました。
ユキはお母さんを起こさないように近づくとそっとキスをしました。
「いつもありがとう。お母さん」
ぱっと目を覚ましたお母さんはユキを見て驚いたようでしたが、すぐにユキを抱き寄せてほっぺにキスをしました。
灰色になっていたお母さんの服が元の普通の色に戻っていきます。
赤くなっていたユキの服も、いつの間にかユキの大好きな黄色に戻っていました。
もし大人になって色々なことを忘れてしまっても、今この瞬間の温もりだけはきっと忘れないだろうとユキは思いました。
おしまい
ユキと妖精と金色の街 流城承太郎 @JoJoStromkirk
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