【お題で執筆!! 短編創作フェス②】海に舞う雪

蒼河颯人

海に舞う雪

 今からどれ位前のことだっただろうか。海に、珍しく雪のようなものが見えた年があった。


 静まりかえる海の水は、ただ深く、沈黙していた。

 寄り添うかのように、沈黙していた。

 人の想いすら溶かしこむように。

 その日の波は、荒れることなく、穏やかだった。

 

 深い海の底に、太陽の光が深く差し込んでいる。

 虹の残り香を思わせるような、光。

 その光はだんだんと暗くなり、珊瑚礁へと向かった。

 赤や茶色の珊瑚礁は、青緑色の水と色鮮やかな魚の群れとともに、美しいコントラストを生み出している。

 広がる陽の光を反射したその鱗は、きらきらと輝いていた。

 

 月夜の浜辺のような微光がただよっている海底で、人魚の親子が二人、大きな岩に腰掛けつつ、水面を眺めていた。

 

 遥か上のあたりから、

 ふわふわ、ふわふわと、

 小さくて真っ白いものが無数に舞い降りてきている。

 

 子供の人魚は降りてきているものを指さしながら、天藍石色の瞳をきらきらと輝かせていた。

 

「父様、あれは何ですか?」 

「あれか? あれはな、地上ではマリンスノーと言われているものだ」

「マリンスノー?」

「ああ。〝海に降る雪〟だ。まるで雪みたいだろう?」

 

 彼らのまわりにも、ふわふわとした柔らかいものが降りてきている。深いネオンブルーの中に浮かぶ、牡丹雪。それはまるで、溶けない雪の花のようだ。

  

「本当だ! とっても綺麗ですね」

「あれはな、この海の中で生きている小さな生物の死骸だ」

「死骸!?」

「ああ。そうだ。今我々の周りを取り囲むこの海の中、この中で生きている小さな生物の、生きていた証だ」

 

 彼らはこのような光の届かない、深い海に生息する生物が食べる貴重な餌となっている。そしてつかもうとしても、すぐに壊れて消えてしまう、大変脆いものだ。

 

 父親が試しに手を伸ばしてみせたが、その白い浮遊物はとらえられることなく、ほどけるように、あっという間に消えていった。まるで、溶けて消えゆく白雪のように。 

 

 彼は息子に語りかけた。

 春の海のように、深く穏やかな光を瞳にたたえながら。 

 

「息子よ。良く見ておくがいい」

 

 生命は生まれ、やがて老いて死ぬ。 

 そして、あっけなく失われてゆくものだ。

 生きとし生けるもの、全てが避けられない運命と言えよう。


 父親は、天藍石色に穏やかな光を浮かべた瞳で、幼い息子の顔を見ながら、語り続けた。 

 

「生まれたものに、死は平等に訪れる。それはどんな生き物にとっても同じことだ。そして、それが一体いつ訪れるかは誰にも分からない。生命は脆く、儚いもの。だからこそ、大切に生きねばならない」 

「はい。父様」 

「我々は、この海で生き続ける生命達を守り続けるよう、運命づけられた一族だ。いつかはこの任をお前に引き継いでもらう日がやってくるだろう。今日のことを良く覚えていて欲しい」

「はい。父様」

「……良い子だ」


 父親は、幼い頃の自分と瓜二つのような息子の背中を、優しく抱き寄せた。そんな二人を、柔らかな七色のベールがふんわりと包み込んでいった。


 この海の守り神である我々は、生き続ける。

 この脆く儚く美しい生命達を守り続けながら。

 生命の営みを、輝きを。

 見守りながら、生き続けてゆく。

 

 波の動きに合わせて、

 まっ白なマリンスノーがあたりに舞い踊っていた。


 ──完──

 

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