#1 Bloody Maly
アメリカ、ニューヨークの摩天楼、ガラス張りのビルの間を冷たい風が吹き抜けていく。
ただ鉄骨が通るだけのコンクリートの固まりとなったビルの屋上でただ一人、ベージュのコートを着た一人の女はウェーブのかかった金髪をたなびかせ、紙煙草を吹かしていた。
「……時間ね」
女は左腕に付けた鉄製の腕時計を見て呟くと、背負っていたバッグを地面に置き、中から狙撃銃を取り出した。
「さて……お仕事といきますか」
狙撃銃にスコープを取り付けレバーを少し引いた女は弾室の中の弾薬を確認し、スコープを覗く。
「あの男ね…
スコープに映るのはバスローブを着た小太りの老人。
「電話なんかしちゃって、幸せそうな事……」
「……あぁ、今週中に頼むぞ…あぁ、おやすみ」
男は受話器を電話機に戻すと、豪華な黒いソファに腰掛ける。
「これで…長年の……夢が叶う……!」
男は机の上に置かれたワイングラスを手に取ると、ワインを一気に口の中へと流し込んだ。
「俺は神に選ばれた人間だ!必ず、必ずや
口を大きく開き高らかに笑う男の姿をレティクルの左斜め下の端に女は捉えた。
「……おやすみなさい」
女は雪の様に白い指で引き金を引く。
そして銃口から出てきた弾丸は、タワーマンションのガラスを貫通し、男の頭蓋骨を貫通した。
「がっ――」
ドサリと音を立て、男は仰向けで床に倒れ込む。
「旦那様?……旦那様!!」
近くに居た召使いが、男の体を揺さ振る。
「お仕事終わり……」
女はそう呟くと、狙撃銃をバッグの中に仕舞い、廃ビルを降りていくのであった。
ニューヨーク郊外のあるアパートの一室、黒のガムテープで窓から日光が差し込む事の無い部屋の中、女はベッドの上で寝静まっていた。
そんな中、静寂を切り裂くかの様に電話機が鳴る。
「……ん?」
女は渋々ベッドから起き上がり、受話器を取った。
「
「硝煙の魔女か?」
聞き覚えのある声が受話器から流れる。
「こんな昼間から何?寝てたんだけど」
「済まないな、此方にも都合があるものでな」
「要件は?」
「次の依頼だ、細かい事はそっちに着いてから話す」
「……何時頃に来るの?」
「正午頃に其方に向かう」
「……分かったわ」
女は受話器を電話機に戻す。
「……ハァ」
女は完全に目が覚めてしまったのかテレビの電源を付けた。
『――次のニュースです…昨日の夜十時頃に死亡が確認されたジョン・デイビス元上院議員が……』
「銀行のATM行かないとね……」
女はテレビをつけたまま冷蔵庫を開き、中から輸血パックを取り出して、チューブをストロー代わりにして血を飲み始めた。
「最近のはこってりしてて嫌ね……」
『――次は星座占いのコーナーです、マイケル!頼んだよ!』
『おう!任せとけ――』
女は呆然とテレビの画面に流れるランキングを眺める。
『――と言う訳で、今日のアンラッキーガイはテレビの前の双子座のお前だ!!だが安心しろ、そんなお前を一日守ってくれる色は青色だ!!』
「くだらない……」
女はテレビの電源を消すと、部屋の明かりをつけ、身支度を始めた。
玄関のチャイムが家の中に鳴り響く。
「時間通り、関心するわね」
女はドアスコープを覗き、扉の鍵を開けた。
「……失礼する」
黒いスーツに身を包んだ男が部屋の中に入ってくると、女は男をソファに座らせた。
「こんにちわジョンソンさん、今回はどの様なご要件で?」
「この男の……暗殺だ」
ジョンソンはスーツの胸ポケットから一枚の写真を取り出し女に見せた。
「マイク・グリーゲル、犯罪組織スノーホワイトの幹部だ」
「この男が……確かに首の林檎の刺青からして嘘じゃ無さそうね」
女は写真を手に取り、ポケットの中に仕舞う。
「報酬は?」
「二千ドルだ」
「あら?前はベトナム戦争上がりのテロ組織のリーダー一人に一万ドルも貢いでくれたじゃない」
「今回と前回とでは、規模と訳が違うんだよ……それに今の不景気だ、出せてこの位さ」
男はそう言うと、立ち上がって玄関のドアノブに手を掛けた。
「しっかり頼むぜ、硝煙の魔女、マリー・アッシュフォードさんよ」
「はいはい」
マリーは男を見送る事も無く、部屋の電気を消した。
「さて、情報もこれっぽっちだし…アイツを頼るしか無さそうね……」
マリーは机の上の電話機の受話器を手に取り、ボタンを押した。
「……マリーよ、うん…分かった、今晩の九時頃ね……じゃ、また後程ね」
受話器を電話機に戻したマリーは、再び寝巻きに着替える事無くベッドに倒れ込む。
「さてと…夜まで時間はあるし、二度寝でもしましょうかね」
その晩、マリーはとある小さなバーの中へと入って行った。
「いらっしゃいませ、マリー様で御座いますね?あちらの席にどうぞ」
「案内有難うね」
マリーはバーテンダーの指示に従い、黒のコートに帽子を被った男の右隣の席に座った。
「久し振りだな、元気だったか?魔女さんよ」
「ぼちぼちよ、そっちはどうかしら?ジェイク刑事?」
「同じくさ、上層部のクソジジィ共さえ居なかったらな」
ジェイクがバーテンダーにカクテルを二杯注文する。
「……で、俺を呼んだと言う事は相当厄介な話なんだな」
マリーがコートのポケットから写真を取り出し、カウンターの上に置くと、ジェイクが写真を手に取り眺める。
「マイク・グリーゲルか……厄介なのに当たったな」
「全くね……でも、久々に骨のある仕事だわ」
「とは言え相手は世界的にも有名なスノーホワイトだ、油断してると火炙りにされちまうぜ?」
マリーはコートの中から煙草を取り出し咥えると、ジェイクは銀色の鉄製ライターで煙草の先に火を付けた。
「……と、忠告しても無駄なんだろうがな」
「知ってる事でしょ?」
すると、グラスに入ったカクテルが二人のカウンターに置かれる。
「ジントニックで御座います」
「ありがとさん」
マリーはジェイクからカクテルを貰うと、一口飲んだ。
「今日も貴方の奢り?」
「そんな所だ」
「私も奢れる程の金はあるわよ?」
「女に奢られるのは性に合わなくてな」
「なら、お言葉に甘えさせて貰うわ」
ジェイクはポケットから手帳を取り出すと、紙を一枚破り取り、ペンで簡単な地図を書き出した。
「ほらよ」
「何これ?」
「お前が狙ってる奴の巣の場所さ」
「一手先を読むのがお上手な事……」
マリーはメモの地図を見つめる。
「しかもこんなに細かく書き込んでくれちゃって、相当調べ込んだのね」
「何、スノーホワイトの人間を狙ってるのはお前だけじゃないって事さ」
そう言うジェイクの目の色は憎悪に近い物であった。
「……奥さんと息子さんのお墓参りには行ったの?」
マリーの質問にカクテルを飲もうとしたジェイクの手が一瞬固まる。
「……行ったよ、花束抱えてな」
「そう、もう五年ね」
「そうだな……
「…………」
「悪いな、こんな辛気臭い話しちまって」
「大丈夫よ」
その後二人は何杯かカクテルを飲み、勘定を済ませてバーを出た。
「聞いてくれて有難うね、ジェイク」
「良い話が聞けたさ」
二人は同じ道の、真反対の帰路に着く。
「マリー」
「?」
「……次も俺が奢ってやる」
「……楽しみにしとくわ」
去り際に二人は手を振り合うと、再び振り返る事も無く道を歩いていった。
「奢ってやる…か……」
マリーが空を仰ぐと、雪が降り始めていた。
「……寒い夜になりそう」
冷たい風が吹きすさぶ郊外の町中、マリーはコートのポケットの中に手を突っ込んだまま風に逆らう様に歩いていた。
「それにしても、案外近所で驚いたわ……にしてもボロ臭いアジトだ事……」
そんな中、ピザ配達の赤いジャンバーを着た青年がピザの入った箱を持ってアジトの前で立ち止まった。
「確か……ここだよな……マフィアのアジトって噂の……」
青年はポケットからメモを取り出す。
「合ってるんだよな……いきたくねぇな……」
その様子をマリーは道路越しに見ていた。
「安直だけど……」
マリーは道路を渡ると、ポケットから睡眠薬入りのハンドスプレーを取り出し、青年の顔に吹きかけた。
「ごめんなさい、良い子だから大人しく寝ててね……」
マリーは眠ってしまった青年を近くの柵にもたれ込ませ、ピザの入った箱と赤いジャンバーと帽子を奪った。
アジト内にチャイムが鳴り響く。
「おっ!!来たか俺のクワトロフォルマッジ!!」
「ショーン、お前ホントそれ好きだな」
「当たり前だ!チーズが嫌いなアメリカンは居ねぇよ!」
「なら、俺はメキシカンか何か?」
「何だ?もう来たのか、良し!!こんなクソッタレポーカーなんか辞めて、昼飯といくか!」
「おい!!辞めるってのかよ!?今!!」
「運も実力の内ってな、ジョエル!」
「……クソッ!」
小太りの男がドアスコープを覗いた。
「おっ、中々のべっぴんさんじゃねぇか……!赤いパンツ履いてて正解だったぜ…!」
「そんな美人だったら俺達にも見せろよ!」
「嫌なこった!」
男が扉を開けた瞬間、マリーが男の胸に手を置いた。
「ご注文の品…お持ち致しました……」
「は……はい……!?」
男が少し顔を赤らめる。
「おいおい……最近のピザデリバリーってヘルスケアまでやってくれんのか……!」
その瞬間、男の体を電気が流れた。
「ぎゃッ!?」
男は体から黒い煙を出してその場に倒れ込んだ。
「ショーン!!クソッ!」
男達は机の上に置いていた各々の拳銃を手に取り、直ぐさまマリーに向けて発砲した。
「バカが……ッ!?」
しかし、マリーの弾創から金属の塊が地面に落ち、傷が一秒も経たぬ間に塞がる。
「なぁ……俺達酒なんか飲んだか…?」
「喜べ、皆仲良く素面だよ」
マリーは血を流す事も、怯む事も無くただ立っていた。
「お終い?ならこちらから……!」
あっという間に四人の男の内の三人がマリーに撃ち殺される。
「ひぃぃぃいい!!」
マリーは腰を抜かした残りの男に銃を向けたまま近付く。
「ねぇ、私貴方達のボスに用があるんだけど……何処にいるのか知らないかしら?」
「……ボ……ボボッ…ボスなら幹部会で、確か今日…そうだ!今日の夕方帰ってくるんだ!!ざまぁみろこのクソビッチが!!お前なんかボスがす――」
マリーが男を撃ち殺す。
「今日の夕方ね……」
マリーは部屋の天井の隅のカメラに目を通すと、ジャンバーと帽子を脱ぎ捨て、その場を一旦後にする事にした。
午後六時頃、季節柄深夜と変わらない空色のこの時間に、一台の黒いキャデラックがアジトの前で止まっていた。
「何だ、この有様は……」
「恐らく襲撃を受けたのかと……」
「見れば分かる」
「にしても良く焼けてるものですね、ボス……」
玄関の焼け焦げた死体を跨いで、男は更に中へと入って行く。
「これは……!」
「全く、使えん奴らだ……おい!死体をとっとと片付けろ!目障りで仕方が無い」
部下が死体を二人がかりで撤去していく中、赤いソファにふんぞり返ったその男はスーツの中から葉巻を一本取り出すと、シガーカッターで葉巻の先を切り取り、金色のライターで葉巻の先に火を付け一服し始めた。
「……おい、監視カメラは?」
「はいボス、見た目の特徴は粗方分かりました」
「どんな見た目だ?」
「ウェーブのかかった金髪の女です」
男は管理室に入り、モニターに映る女を凝視した。
「……厄介だな」
「と、言いますと?」
「この女は硝煙の魔女と呼ばれてる殺し屋だ、狙いは恐らくは俺だろう……」
「どうしますか?」
「追え…捕まえたら魔女らしく今すぐ火炙りにでもしてやるんだ」
「分かりました…おい、お前ら!」
男のその一声で部下の黒スーツの男達は次々と車に乗り込み、街中を回り始めるのであった。
「なぁ……こんな人混みの中から見つかるのかよ?」
「ボスの命令だ、仕方ないだろ?」
「ったく、無能な上司を持つといつもこれだ」
「この車に盗聴器でも合ったら、お前帰ってボスに殺されるぞ」
「そりゃ勘弁だな」
男二人が車を走らせていると、ウェーブのかかった金髪の女が路地裏へと入って行くのが二人の目に映る。
「……あの女…例の情報と似てなかったか?」
「奇遇だな、俺もそう思ったぜ……」
「……どうする?」
「どうするってお前……とりあえず追うしか無いだろ」
二人は車を降りると、道路を渡って女の入って行った路地裏の中へと向かったが、そこに女の姿は無かった。
「……なぁ、俺達疲れてんのかもな」
「最近まともに寝れて無かったからな……」
「嫌な予感がするぜ……一旦車に――」
二人が戻ろうとした瞬間、マリーが二人の背後に現れ、片方の男に回し蹴りを繰り出した。
「このッ……!」
もう片方の男はすかさず拳銃を取り出そうとするも、マリーに足で拳銃を弾かれ、そのままの勢いで顔面に蹴りを食らった。
「この距離での拳銃の使用はお勧めしないわよ……」
マリーは弾いた拳銃を拾い、もう一人の男から拳銃を奪うと一瞬にして分解した。
「この感じだと、大分手こずってる見たいね」
マリーはそう呟くと、再び人混みの中へと入って行くのであった。
白スーツの男は苛立ちの余り貧乏揺すりをしていた。
「……報告はまだか?」
「一切ありません……」
「クソがッ!!」
男は思い切りテーブルに拳を叩きつける。
「魔女が……ちょこまかと……!」
「あら、ご指名かしら?」
そこに姿を現したのは拳銃を構えたマリーであった。
「来やがったか……魔女めが……!」
「会いたかったわ、マイク・グリーゲル」
「お互い夢が叶って良かったな……」
マリーは少しはにかむ。
「依頼人を当ててやる、アメリカ政府だろう?」
「ご名答よ、流石はスノーホワイトの幹部をやってるだけあるわね」
「……全く、流石は邪魔者は徹底的に排除する資本主義の犬らしい考え方だ」
「兎に角…その首頂くわ」
マイクの頬を冷や汗が流れる。
「このッ!」
ボディガードの男がスーツの中から拳銃を取り出そうとするも、マリーに手を撃たれてしまった。
「ぐあぁああぁあああ!」
「無駄な抵抗は辞めておいた方が楽よ、おふた方」
「……フッ」
マイクは葉巻を足元に落とすと、靴底で踏みねじる。
「あら、どうしたの?恐怖の余り笑う事しか出来なくなったのかしら? 」
マリーがそう言うと、マイクは冷静さを取り戻したのかポケットから一本の銀色の注射器を取り出した。
「まさかとは思ったが……映像を見て驚いた、硝煙の魔女の正体がまさか吸血鬼だったなんてな……」
「分かってどうする気?貴方が死ぬ事に変わりは無いんだから」
「あぁ、だからこそ思ったさ…俺みたいな人間がお前の様な化け物に喧嘩を売ろう物なら、蟻みたく靴底ですり潰されて終わりだ……そこで思ったんだ、化け物には化け物をぶつければ良い…ってな」
「ヴァンパイアのボディガードでも雇ったの?」
「惜しいな」
マイクは注射器の針をボディガードの男の首に刺し込む。
「ボ……ボス…何を……?」
「マックス、アメコミ好きのお前なら大いに喜ぶ筈だ……」
「まさか……あの薬を!?」
「安心しろ、これは試作品とは言え効果は本物だ…何、お前なら適応出来るさ」
血の様に赤黒い薬がマックスに入り切ると、健康的な褐色の肌から血の気が引き、白く染まっていく。
「が……があッ……!」
「悪く思うなよ……!」
マックスは痛みの余りコンクリートの床に倒れ込み、その場を転げ回った。
「じゃあ…期待してるぞ……」
マイクが裏口へと走ろうとした瞬間マリーが撃った弾丸が、マイクの右足に当たる。
「そう簡単に逃がすと思って?」
「クソっ……!俺は……!」
マイクは決死の思いで裏口の扉を開き、逃げて行った。
「逃げ足だけは速いわね……」
マックスの体躯はスーツを破る程に膨れ上がり、いずれは自身の白くなった皮を破り捨てる。
「シャアァアァアアアァアア……」
そこに人型の姿は有った、しかし人型だとしても筋繊維を剥き出しにし、口からは無数の鋭い牙を生やした人間にもヴァンパイアにも似ても似つかない化け物である事に変わりは無かった。
「適応は……出来なかったみたいね」
化け物は唸り声を上げると、丸太の様に太い腕を振り上げ、マリーの顔面目掛けて拳を振り下げた。
「腕っ節が強いタイプね……好みじゃないわ」
マリーは化け物の頭部に弾丸を数発食らわせるも、弾創は一秒も経たない内に弾丸を出して塞がってしまった。
「身体の性質だけは立派なヴァンパイアね……」
マリーは化け物の猛攻を前に防戦一方を強いられる。
「グゥオオァアアアア!!」
「くっ……!」
マリーは化け物の右ストレートを避け、懐に入り込む。
「これでも!!」
マリーの掌から放たれた電流が化け物の身体中を余す事無く流れるも、化け物は身体の表面から黒い煙を少し出す程度で手応えがあるとは到底言え無かった。
「怯みもしないなんてね……」
化け物の鋭い蹴りがマリーの腹に入り、マリーはアジトの煉瓦の壁を突き抜け外に出されてしまった。
「……カハッ!ゴホッ!!」
マリーは体にのしかかった煉瓦の瓦礫を取り除き、直ぐさま体を横に転がして化け物の拳を避ける。
「日光で焼き殺すしか……」
そんな中、複数の黒いキャデラックがマリーと化け物の近くに止まる。
「そこまでだ!!死んでもらうぞ、女――」
化け物は大声に釣られたのか、マフィアの男に近付き殴り飛ばす。
「ぐぎゃがっ!!」
そして飛んで行った男の死体は街灯を凹ませ、真っ二つになった。
「うわぁぁあああ!!」
化け物は次々とマフィアを喰い殺していく。
「血の摂りすぎよ……」
化け物の右腕が肥大化し、鋭い爪が生えてくる。
「本当に日の出前まで粘るしか無さそう……」
マリーは空になった弾倉を捨て、新しい弾倉を装填した。
「来なさい…遊んであげるわ」
マリーは無駄と分かっていながらも銃を構え、標準を化け物の左胸と思わしき箇所に合わせる。
「これで少しは足止めに……!」
化け物は右腕を振り上げると力を込め、マリーに飛びかかった。
「来る……!」
しかし、爪がマリーの身体に当たる寸前で止まる。
「……?」
途端に化け物は地面に倒れ伏し、血を口から吐きながらその場を転げまわった。
「どうやら……身体の方にガタが来たみたいね……」
少しした後、化け物は転げ回るのを辞め、静かに息を引き取った。
「おやすみなさい……」
マリーは化け物が死んだ事を確認すると、拳銃にセーフティをかけ、コートの中に仕舞い込む。
「……さて、残るはマイクね」
マリーは煙草を取り出し、マッチで火を付け一服し終わると、火のついた煙草とマッチをハイヒールで踏みねじり、歩き始めるのであった。
「はぁ……!早く…遠くに……!」
マイクは血が溢れる右足を引きずり、息急きながら町の光が微かに入るだけの路地裏を進んでいた。
しかし、マイクの後ろの暗闇から無情にもハイヒールの音が響き渡る。
「あぁ……クソッ!!」
右足の弾創から更に血が噴き出し、激しい痛みが走ろうとも、左足の歩みを止めず着実に光の方へとマイクは進む。
「これ以上の悪足掻きは無意味よ、マイク」
氷の様に冷たい女の声が路地裏に響き渡った。
「……化け…物が…!」
「否定はしないわ……」
マイクはスーツの中から拳銃を取り出す。
「……知ってるでしょ?私に
「……分かってるさ、だが人間ってのはこういう時にこそ一つ賭けてみたくなる生き物なのさ」
「未だに理解出来ない感性ね…嫌いじゃないけど」
「化け物に…人間の感性が分かってたまるか……」
マイクは引き金を引こうと人差し指に力を込めるも、マリーが放った弾丸は無情にも拳銃を弾き飛ばした。
「賭けに負けたご感想は?」
「遺言なんか聞いてくれるのか……」
「心までは、化け物じゃなくってね」
マリーがそう言うと、マイクは鼻で笑った。
「じゃ……先に上がるぜ、化け物が」
路地裏に一発の銃声が鳴り響くと、マリーは拳銃をしまい、コートの中から煙草を一本取り出し一服し始める。
「……やっぱり、分からないわよ」
マリーは死体の顔を見てそう呟き、煙草を捨てるとマイクの血の跡を辿って路地裏を出て行くのであった。
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ホーセズネック ヴァンパイア 伊賀上 @IgaueS
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