雪ぃよ

小石原淳

“与太話”ならぬ“ヨタ話”

 十二月のとある朝。

 眠くて寒くて、布団にくるまっていると、母さんの声がした。最初は無視していたが、「外は雪ぃよ」という台詞を耳にして、起きてみる気になった。寝床を飛び出すと同時に、はんてんを引っかけ、階段を駆け下りる。

「母さん」

「ようやく起きたわね」

 朝の挨拶もそこそこに、母さんは忙しそうに動いている。

 僕はテーブルに着きながら、横手の窓へ目をやった。

「あ……れ?」

 思わず、声を上げる。雪なんか降っていない。もちろん、積もってもいない。窓の外は、夏を思わせる土砂降りだった。

「母さん、嘘ついたなっ」

「何がかしら?」

 ミルクコーヒーのカップとトーストを持って来た母さんは、空とぼけている。

「雪、降ってないじゃんか!」

「雪? 誰がそんなことを言ったの?」

「誰って、母さんが」

 僕は呆れながら言った。でも、母さんは相変わらずとぼけている。

「母さんが? いつ?」

「さっきだよ! ついさっき。僕を起こすとき、階段の下から言った!」

「おかしいわねえ。母さん、そんなこと言ってないわよ」

「言ったよ。『外は雪ぃよ』って」

「あら、そう聞こえたの?」

 ころころと笑い出した母さん。

「なるほどね、ユウ君、寝ぼけてたのね。ちょっと発音が変に聞こえたのよ。母さんがさっき言ったのは、『雪-ヨ』」

「……? だから、『雪ぃよ』だ」

 首を傾げる。どう聞いても雪としか聞こえないじゃないか。

「ようく聞いてよ。あなたは『雪ーヨ』と勘違いしてるみたいだけど、母さんが言ったのは『雪-ヨ』ですからね。何も間違ったことは言っていません」

 発音の違い? さっぱり分からない。まだるっこしくなった僕は、はっきり、「外は**だよ!」と言おうとした。けど、肝心なその単語が、口から出て来ないんだ。

「どうかした? もう、くだらないこと言ってないで、早く食べなさい。」

「……」

 僕は考えた。そして、母さんが新たに持って来た目玉焼きの黄身を潰し、皿の空いているところに「雪-ヨ」と書いてみる。

 何となく、分かったような気がした。

「母さん」

「何?」

「『雪-ヨ』って、『雪 マイナス ヨ』ってことなんだ?」

「そうよ。決まってるじゃない」

「『雪』の下の小さいヨを取っちゃえばいいんだね」

「分かってるんなら、いちいち聞きなさんな。早く食べないと、学校に遅れるわよ」

「はーい」

 僕はトーストの角をかじった。窓の外を見ると相変わらず、「雷-田カミナリータ」が降り、あ、そうじゃなかった、「雷-田あめ」が降り続いていた。


――終わり

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雪ぃよ 小石原淳 @koIshiara-Jun

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