第二話

 元輔は娘の馨子や乳母の君、女房達、従者達と自邸にて喪に服した。


 大体、妻の場合は四月程の期間は喪に服す。馨子も女親に当たるため、同じくだが。季節は冬の十二月、木枯らしが吹き付ける中、元輔は馨子を抱いて途方に暮れた。


 あれから、二月が経った。季節は二月もとい、如月に入り、暦の上では春になっている。新年も明け、元輔は四十一歳となった。馨子も数えで一歳だ。

 実際は生後五月程だが。やっと、首も据わり、馨子はすくすくと育っている。一日に一度は乳母の君が様子を報告しに来た。


「殿、姫様はお元気ですよ」


「そうか、馨子は元気か。母御を亡くした故、儂が引き取ったがの」


「……ええ、お方様が身罷ってから姫様は夜泣きが増えたように思います」


「ふうむ、仕方ない。喪が明けるまでは馨子を頼む」


「かしこまりまして」


 乳母の君が手をつく。そのまま、退出していった。元輔は涙ぐみながら、静子の面影を思い浮かべた。


 さらに、一月が過ぎた。乳母の君がこっそり、馨子を抱いて寝殿に連れて来ていた。元輔は乳母の君から、馨子を受け取る。その手つきは慣れたものだ。


「おお、馨子。ちょっと、重たくなったか」


「もう、姫様はお生まれになって半年は過ぎました故」


「そうか、馨子。乳母の君の言う事をよく聞くのだぞ」


 元輔はにっこりと笑いながら、言った。馨子は無邪気にきゃっきゃっと笑い声をあげる。乳母の君は平和な親子の様子に頬が緩むのを感じた。


「姫様、今日はご機嫌なようです」


「うむ、暖かくなってきたからかのう」


「そうですね」


 元輔は馨子を抱いたまま、端近に行く。一陣の風が吹き、薄紅色の花弁が屋内へ運ぶ。それを元輔は見て、目を見張る。


「もう、春か。時が過ぎるのは早いのう」


 ふと、呟く。馨子もじっと花弁を見つめていた。


「馨子、あの花びらが気になるか」


「あっあ!」


「そうか、父が取って来てやろう」


 元輔は手招きをして、乳母の君を呼び寄せる。そのまま、馨子を預けた。

 おもむろに元輔は屋内にある花びらを拾いに行く。一枚を手に取り、乳母の君の元に向かう。


「ほうら、馨子。これは桜の花びらぞ!」


「あうあ!」


「そうか、そうか。綺麗だろう?」


「あっ!」


 元輔が呼び掛けると馨子は返事をするかのように声をあげた。乳母の君もにこやかに笑う。しばらくは平穏なひと時があったのだった。


 また、一月が経ち、喪が明けた。服脱ぷくぬぎを経て、元輔は喪服から普段着に着替える。と言っても、地味な色合いの衣だが。乳母の君を筆頭に使用人達も普段着に替えていた。馨子も堂々と乳母の君と共に、元輔の元を訪れるようになる。

 元輔はそろそろ、出仕を再開しないとならない。馨子と一緒に過ごせる刻限が減ってしまうが。背に腹は代えられないと思った。仕方なく、女房に手伝われながら、ほうに着替える。


「とうとう、出仕の日が来たか。憂鬱だのう」


「殿、大事なお務めですよ」


「分かってはおる、が。やはり、馨子を置いていくのは忍びない」


「確かに、姫様はまだお小さいですからね」


「乳母の君の他にも女房はおるからな、馨子を頼むぞ」


「ええ、乳母の君と一緒に姫様をお守りします故に。お任せくださいまし」


 女房の言葉に元輔は胸を撫で下ろす。こうして、彼は宮中へと出立した。


 父の元輔が行ってしまうと、乳母の君は馨子を揺りかごに戻す。傍らには少し年下の女房である小式部がいた。


「乳母の君、殿は行ってしまわれたわね」


「ほんに、姫様の今後が心配じゃ」


「姫様は早くに母君様を亡くしてしまわれたしねえ」


「そうさの、殿が何かと気にしておられるから、良いが」


「私もそれは思うわ」


 小式部が頷くと乳母の君こと侍従はそっとため息をついた。


「小式部、わらわは姫様を母君様の代わりに守らなければならぬ。力を貸してはくれぬか?」


「もちろん、そのつもりよ。何かあれば、言ってくださいな。侍従さん」


「相わかった、これからも頼むぞえ」


 侍従が言うと小式部はにっこりと笑った。馨子はそれを見ながら、はしゃいだ。二人は嬉しそうにする馨子を見て驚くのだった。

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清き薫りの娘 入江 涼子 @irie05

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