第2話魅惑のサキュバス、シャルカ!!


 つ、つばさ? 宙に浮いてる? それに顔のあたりには2本のツノ。

 まさか、サキュバスか?!


 やがて煙が空気に溶けていくと、その生き物は姿を現す。

 背中には漆黒の翼。額には2本のツノが黒光りしている。

 まだ発達途上に見える中学生ほどの身体。健康的な褐色肌は、黒いチューブトップとショートパンツで飾られている。桃色の長髪がラメのように煌めいて、髪よりも少し濃いピンクの瞳は魔性を秘めているようだ。


「アンタが私を呼び出した、ってわけ?」


 なぜサキュバスがこんなところに……。それに、俺が呼び出したって??


「貴様ぁ何者だぁ!」


「サキュバスか! 魔族め、父の友達の従兄弟の従兄弟の友達の友達の恨みぃい!」


 どうやら検査官たちもサキュバスの存在に気づいたらしい。真ん中の、一番ベテランっぽい検査官以外は杖を構え、魔法を放とうとしている。


「皆の者! やめぬか! このお方は性者様の眷属であらせられるぞ!」


 ベテラン検査官が声を張り上げる。

 しかし状況が全く掴めない。


「検査官殿! 一体これはどういう状況でしょうか?」


「あぁ、性者様。……今ここに現れたサキュバスは、貴方様の眷属でございます」


 眷属……。


「しかし眷属は召喚の儀をしなければ現れないは……」


「ちょっとちょっとぉ、私を差し置いて話を進めてるんじゃないわよ」


 俺の言葉をサキュバスが遮る。


「まぁいいわ、こんなに人間がいるんだから血祭りにしてあげるっ!」


 そのサキュバスはこちらを睨みつけ舌なめずりをしている。

 まずい、俺を襲う気だ! 


「やめろっ!」


 サキュバスがこちらに飛びかかってくるのが見えると、俺は反射的に両手を顔の前に構えて声を上げていた。


「っ///あっ//」


 来るはずの衝撃が来ない。手の震えを抑えながらゆっくりと顔をあげる。

 そこには地面にうなだれ、痙攣しながら悶えているサキュバスの姿があった。


「こ、これは隷属の紋章?」


 そう、サキュバスの背中には隷属の紋章があった。

 一体誰に隷属しているっていうんだ。まさか……俺に?


「おお、本当にサキュバスを従えているぞ! さすが性者様です」


「こ、このサキュバスは本当に俺の……」


 俺の眷属だって言うのか……。


「はぁ、はあはぁ、一体私に何を……?」


 どうやら隷属紋の効果が切れたようだ、サキュバスが立ち上がってこちらを睨みつけている。


「へ、変な気を起こすなよ。もう一度、隷属紋を使ってもいいんだからな」


 俺の声が火に油を注いだのか、サキュバスの殺気がさらに増す。だが大丈夫なようだ。動く気配は無い。


 ふぅ。


 息をつく。大丈夫だ。眷属ってことはこれから一緒に人生を歩んでいくってことだ。勇気を出さなきゃ。ここで一歩を踏み出すんだ。


「何近づいてんのよ」


 やっぱりちょっと怖いけど。


「だからこっち来んなっての……」


「俺はイシュタル・トーマス。これから……よろしく、えーーっと……君の、なま、えは?」


 震える手を勇気でもって動かしながら、俺は目の前のサキュバスに手を差し出していた。



 少し驚いた様子で、彼女は目を見開いている。その後彼女は目を横にずらし、そっけない様子でこう答えるのだった。


「シャ……シャルカ……よボソ」


「え? なにって?」


「だ・か・ら! 私の名前はシャルカ! よ!」


 シャルカ……可愛らしくも品のある響きだ。


「握手、してくれる? シャルカ」


 微笑みながらそう呟けば、シャルカは頬を薄紅色に染めるのだった。


「気安く呼び捨てで呼ばないでくれる? 様を付けなさい! 様を」


 ムカッ。ずいぶん強気だなぁ。思わず顔がひきつってしまう。また隷属紋の力を使ってやろうかぁ? 


「い、いやぁ流石に様は付けたくないなぁ。せめて苗字で呼ばさせてくれない? そういえば苗字は?」


 確か魔族にも家名はあるはずだ。


「やめて」


 急に冷えた声を突き出すシャルカ。


「私、自分の家が嫌いなの。だから苗字のことは聞かないで」


 彼女の目は芯が通っていて、俺は頷くしかなかった。



 これが彼女との出会いだった。








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