冬は全てを捻じ曲げる

蠱毒 暦

無題 イカ/◾️◾️◾️症候群『治療完了』…そして。

♠︎ 20◾️◾️年 12月25日


クリスマス。それは人々の憩いの時間であり、戦争ですらその日だけは休戦する…僕にとっても特別な日。


「……。」


未だに吹雪は止まず、傘もつける気力もなかった僕は、降り積もる雪で埋もれていく——を1人…ただ呆然と眺めていた。


……



♠︎ 20◾️◾️年 12月24日


今日はクリスマスイブだけど、社会人には関係ない。そんな風に思いながら最近、巷で起きている不可解な殺人事件についての資料を片付けていると、後ろから後輩達に声をかけられた。


「桜先輩!今日はクリスマスイブですけど、明日のクリスマスとか、予定あるんすか?」


「バッカ…そう言う事を言うと…お前、つい最近、減給されたばっかだろ?…桜警部。夜遅くまで、お勤めお疲れ様です。」


僕は仕事の手を止めて、それぞれの性格が出ている2人の敬礼を見て苦笑いを浮かべた。


「君達が期待しているような予定はないよ。ごめんね…明日は、そうだな。精々、姉さんと毎年恒例のクリスマス兼誕生日パーティーをするくらいしか、予定はないかな。」


「ええ!?俺、桜先輩にお姉さんがいるの、初めて聞いたっすよ。どうして隠してるんですか〜」


「そ、それは……」


僕は対応に困る。そりゃそうだ…何せ、僕の姉さんは、この世界にもうたった1人しかいない。言えば誰もが、毛嫌いする



———人類最後の『特殊清掃員』なのだから。



「ほら行くぞ…桜警部が困ってるだろうが。飲み場所はいつものところか?」


「え、あ〜最近いい場所開拓してね。そこ行こうぜ!!ちょっ…引っ張んなよぉ…んじゃ、上がりまーす!!また明日!!!あっ、桜先輩のお姉さんについての詳しい話を…」


「図々しい奴め。桜警部…緊急時には私に連絡を。すぐに駆けつけますから。」


扉が丁寧に閉まったのを見て…誰もいなくなった職場で僕はため息をついた。


後輩達との交友の為に、こういうのには、ちゃんと行くべきだと分かっている…けど。僕にはそんな事をしている暇はない。


そうしてる今も、姉さんはたった1人で頑張ってるかもしれないから。


「さて…もうひと頑張りして、少しでも稼がないとな。」


そうして資料を漁っていると、姉さんがここずっと、家では何も食べてない事を思い出す。


4年前までは久留 茜さんっていう同業者の人がちょくちょく居酒屋とかに誘っていたから、大丈夫そうだったけど…


「いや、今日は…家に帰って、姉さんに料理を振る舞おう。クリスマスイブだし、それくらいはしなくちゃな。」


そう決めた僕は急いで資料をまとめて職場の電気を切った後、鍵を閉めて帰路へとつこうとすると、僕のスマホが鳴った。


「?こんな時間に…誰だろう。」


……


♦︎ 20◾️◾️ 12月24日


「今日は本当にありがとうございました。」


「いえ…それでは、失礼します。」


クリスマスイブなんて私の仕事には関係ない。今日は10件以上の清掃の仕事を終えて…ふらつきながら、家に帰る。


『ね、ね?帰りグイッといかない??丁度、良さげなお店あるよ???』


駄目ですよ。砂夜先輩…真っ昼間からなんて…人としてよくありません。


プップッー!!!


「うわっ…危ねえな!?赤信号だぞ、前向いて歩けや!!」


「あ、ごめんなさい…気をつけます。」


注意が散漫している…食事もカロリーメイトとかで、済ませてるから…足りない。


(もう飽きてきたな。4年間ずっと、カロリーメイト1本だけなんだから…仕方ないかもしれない。)


だから足りない。足りない。足りない…でも、食欲が全然出ない…砂夜先輩がいた頃はちゃんとあったのに。いつか『私の奢り』だって定食屋に行った時の砂夜先輩…戦慄してたっけ。


ラーメン、餃子、親子丼、うな丼…お蕎麦…イカ天。


……イカのお刺身。イカの塩辛…煮物……


焼きイカ。


ザザッ……



——砂夜先輩の左眼は…屋台の焼きイカの様な味がした。

  


「…ちょっ、大丈夫かよ!?」


あの時の記憶や味が鮮明に蘇り、路上でみっともなく…胃液で溶け切ったカロリーメイトを口からぶち撒けた。


……


運転手の人に介抱された後…私は家に帰った。


「…ただいま。」


「あっ、姉さん!!姉さんだよね!!今、七面鳥を焼いてるんだけど、まだ時間はかかりそうで……」


鳥肉が焼ける匂い…台所から聞こえる弟の声に耳を傾けつつ、靴を脱いで何故か異様に芳しい匂いがする自室に向かい、そっと扉を閉めた。


「……」


部屋のクローゼットを開けて、上着をハンガーに吊るし、匂いの正体である黒い箱を手に取って、開ける。


そして……食欲に突き動されるがままに。


「……もう…人の部屋にノックもなしで入ってきたらダメじゃない。」


弟は悲しげな表情で拳銃を持ち、私にそれを向けている事なんか、どうでもいい。


「う…ごめん。でも教えてよ姉さん。それは何だ?」


「……ん。『イカ』ですよ。七面鳥なんかよりもとても美味しいんです。食べかけですけど、食べますか?」


「っ!?…僕はいい。いらない…姉さん。それは食べ物なんかじゃないんだよ!!!!」


どうして激昂しているのかも…分からない。これはきっと、誰にも理解されない。


砂夜先輩はこういう芳醇な『チーズ』が好きかもしれないけど、私は腐る前に生で食べた方が、美味しく感じられる。


(この腐った右目よりも、あの時の左目の方が、美味しかったな。)


「今日、統一政府から直接、命令されたんだ。姉さんを殺せってさ。」


「?どうしてです。」


弟は歯を食いしばりながら、言った。


「……今、巷で起きてる連続殺人事件の犯人だから。」


私は突然の事で、目を丸くした。


「えっ…それは、何かの誤解では?」


拳銃を握る手が震えている。


「電話で教えて貰ったよ。姉さんの先輩だった久留 茜さんの素性や、いなくなった理由も…全部。」


弟からの説明を聞いた私は『イカ』が入った黒い箱を置いて……顔を上げた。


「政府の人が、私を殺すべきと…確かに、そう言ったのですね。」


「うん。でも、生きる道は僕が何とか作って…」


そっか。砂夜先輩と比べて、やっぱり…役立たずだったんだな……私。


ああ…だから、最後にその連続殺人事件の犯人を私だという事にしたのか。


その理由はきっと、統一政府にとって、その人物が犯人だと、都合が悪いからだろう。


私はあの日からずっと持ち歩いている包丁を懐から取り出して、弟に向けた。


「抵抗するなら姉さんでも…う、撃つよ!!!」


貧乏人は最初から最後まで駒として、いいように使い潰される。昔、弟と一緒に借金生活を送って来た私にとっては…よく知る結末だっただけの話。


「本当に撃つよ!!!!これ以上…近づいたら。」


弟に殺されるのはいい。統一政府の思惑に従ってもいい…けれど。


「…っ。」


包丁をわざと床に落とし、隙をついて弟の腕を掴み、強引に私の腹部に拳銃の照準を合わせた。



パァン——!!!



腹部が熱を帯び、激痛で頭がチカチカする。


(砂夜先輩も…これくらい痛かったのかな。)



「……ぁ。え?ね、姉さっ…どうし…て、引き金を、」


「っ……さようなら、獣正じゅうせ。長生きして下さい…私達みたいにならないでね。」


腹部が真っ赤に染まりながら部屋を出ていく。外は暗く、曇天で星も月も見えず、雪が降り始めていた。


……


歩いて…歩いて……歩いて。気づけば、丘の上にある砂夜先輩の墓の前に膝をついていた。


せめて、死に場所くらいは選びたかったんだ。砂夜先輩みたいに。


「先輩……仕事。クビになっちゃいました。」


涙は出ない。体内に残った水分とかは、道端に撒き散らして来てしまったから。


「あ。血痕の掃除…どうしよう。先輩…教えて下さい。いつもみたく、からかってくれてもいいですから。」


人生における、ほんの数ヶ月の付き合いでしかなかったのにもっと一緒にいたかった…一緒に色んな事をしたかった。


耳元から、段々と夏祭りの囃子の音が聞こえてくる。



——あの時、私が砂夜先輩に何もしなかったら、行けてたのかな…なんて。


…カチリ。


私のそんな想いは…背後から聞こえた懐かしい声やその発砲音によって、ブツリと途切れた。


……



♠︎ 20◾️◾️年 12月26日


僕はあの後…悩みに悩んだ末に、後輩の2人を家に招いた。


「遅刻遅刻〜いやぁ、何もなかったすね。クリスマス!家の鍵は閉めときましたよ。」


「死体を統一政府には極秘で鑑定に回して確認させた所、腹部とは別に、後頭部に銃創が…」


「…ありがとう。これで、確証は取れた。」


「なんかシリアスだなぁ。どったの?桜先輩といい…うひょぉ〜これ七面鳥じゃないっすか??俺、俺が切り分けますよ!!」


「黙ってろ…桜警部。本当にやるんですか。」


昨日食べなかった七面鳥を皆に切り分けてから、僕は小さく笑った。


「やるさ。君達には、裏で僕のサポートをして欲しい。悪役は僕1人でいい。」


「え?えっ…どゆこと?」


「馬鹿か。桜警部はこれから、統一政府に反旗を翻すんだよ。殺された姉の敵討ちでな…っ、噛みにくいな、この肉。」


「え、いやいやいや…そりゃあ、やめといた方が…だって統一政府だぜ?…硬っ…全然、噛みきれないーー!!」


「もう…決めたんだ。」



——長生きして下さい…私達みたいにならないでね。



やる覚悟を決めた以上、僕は長生き出来ずに死ぬのは確定し、姉さんの言葉を反故にした。


のうのうと生きる事をやめる代償は大きく、1度でも判断を間違えれば、衆目に晒された後に公開処刑。後々の世まで、僕や姉さんの名が辱められるだろう。


けど、久留 茜さんや姉さんみたいに、何も抵抗せずに死にやしない。


猛獣みたく、喉元に噛みつき足掻いて死ぬ。人肉は論外だけど、子供の頃から僕は噛みにくくて、硬い肉が好きだ。統一政府は物理的には噛めないけど。すごく、噛みつき甲斐がありそうじゃないか。


2人が食べれずに残したモノは、代わりに僕が全部食べてやる。だから安心してくれ。そして…


(仮に、あの世とかがあるなら、これから僕がしでかす事を…怒らないで欲しいな。)


硬くなった七面鳥の肉を噛みちぎりながら、僕は心の底からそう願う。


暑さで悶え苦しみ、何もかもが腐りゆく夏を超え…平穏な秋は一瞬で過ぎ去り…寒さに震え、ただ、怯えるだけの冬も終わりを告げ…暖かく希望に向かっていく春が訪れようとしていた。






               


















































































































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冬は全てを捻じ曲げる 蠱毒 暦 @yamayama18

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