第6話 きっかけ
結衣と交際を始めてしばらく経ったある日の放課後、二人でお互いの家族について話をしていた。
その時、結衣が父親について話し始めた。
「私のお父さん警察官なんだ。白バイに乗っていたこともあって、めちゃくちゃカッコいいんだよ!」
この言葉に私は思わず驚いた。「えっ、警察なん?」と声を上げた。
当時の私にとって警察官はあまり良いイメージの対象ではなく、どちらかというと距離を置きたい存在だった。そのため、結衣の父親が警察官だと知った瞬間、自然と身が引き締まる思いがした。「結衣を泣かすようなことがあったらえらい目に合うかもな」と妙に意識してしまった。
それでも、結衣は父親の職業についてとても嬉しそうに語り、白バイ隊員としてのエピソードや職務のやりがいについていきいきと話してくれた。その姿を見ているうちに、私も少しずつ警察官という仕事に興味を持つようになった。それまでは、警察官について深く考えたこともなかったし、職務内容にも疎かったが、結衣の話を通じて「彼らも普通の人間なんだ」「意外と面白そうな仕事をしてるんだな」と感じるようになった。
それからしばらく経ったある日の放課後、部活もない日で、私はいつものように一人で帰ろうとしていた。その時、結衣が「ちょっと待って、渡したい物がある」と声をかけてきた。
「何だろう?」と不思議に思っていると、彼女が差し出してきたのは一冊の冊子だった。その表紙には大きな文字で「〇〇県警察官募集」と書かれている。
「え、これ何?」と驚く私に、結衣が嬉しそうに説明し始めた。
「これね、警察官の採用パンフレットだよ。翔さんが警察官に興味を持っているみたいだったから、お父さんにお願いしてもらってきたの!」
「警察の仕事とか、警察学校の生活について書いてあるから、読んだら面白いと思うよ。」
突然のことに戸惑いながらも、結衣が自分のことをしっかり考えてくれていることがとても嬉しくなった。「折角だから読んでみるか」とその冊子を受け取り、帰宅後に早速目を通すことにした。
冊子には警察官の職務内容や採用条件が細かく書かれていた。中でも私の目を引いたのは「高卒」の文字だった。
「えっ、マジで?高卒でも警察官になれるんだ!」と純粋に驚いた。
それまで私は、警察官になるには法学部などを出た頭の良い人がなるものだと思い込んでいた。公務員や役人といった堅いイメージも影響していただろう。しかし、この冊子を通じて「自分にもチャンスがあるかもしれない」と思えるようになった。
その頃、普通教科はもちろん、デザイン科の専門教科にもどこか違和感を覚えていた私にとって、「警察官」という職業は新しい道を示してくれる可能性を感じさせた。「警察って面白そうな仕事だよな」「公務員なら親も安心だろう」と未来を想像する自分がいた。
そして、ある休日。結衣から突然「幼稚園の頃、可愛かったんだね」と連絡が来た。
結衣のクラスメイトに私と同じ幼稚園に通っていた子がいて、その子の家に遊びに行った際、卒園アルバムを見せてもらったらしい。
その連絡を機に久しぶりに自分の卒園アルバムを手に取ってみた私は、幼い頃の自分を見て「確かに可愛いな」と少し照れながらページをめくっていった。そして、その流れで小学校の卒業アルバムも手に取り見返していると「将来の夢」の欄に行きついた。そこに書かれていた私の夢は「警察官」という文字だった。
「そういえば、昔は警察官を目指してたんだっけ……」
長らく忘れていた自分の夢を思い出し、運命のようなものを感じた。「子供の頃とは理由が違うかもしれないけれど、自分の中にはやっぱり警察官になりたい気持ちがあるんだ」と確信した。
翌週の月曜日、昼休みに結衣と話す機会があった。その時、私は思い切って「警察官を目指すことに決めた」と彼女に打ち明けた。
結衣は少し驚いた表情を浮かべた後、いつもの明るい笑顔でこう言った。
「そっか!じゃあ、父さんに会って話してみる?」
その提案を聞いた瞬間、私は一瞬言葉を失った。
「え?父親に会う?」
動揺を隠せなかった。交際相手の父親に会うだけでも緊張するのに、その上現役の警察官だというのだから、私の心はさらに揺れ動いた。
だが同時に、現役の警察官と話をするなんて滅多にない機会だと思った。警察官という職業を本気で目指そうとしている以上、その話を直接聞けるのは大きな意味を持つはずだ。結衣がその場を設けてくれるというのなら、ぜひお願いしたい。
「……いいのかな?もし迷惑じゃなければ、会って話をしてみたい。」
そう答えると、結衣は嬉しそうに頷きながら、「全然迷惑じゃないよ。父さんもきっと喜ぶと思う!」と言ってくれた。
その後、帰宅する道すがら、私は結衣の言葉や行動を思い返していた。彼女は、家族との関係がとても良好で、自分の目標に対してもまっすぐ向き合える強い人だ。そんな彼女だからこそ、こうして私の夢を応援してくれているのだと思うと、胸が熱くなった。
それにしても、結衣が父親に会わせようとしてくれるのはどうしてなのだろうか?
単に私が警察官を目指しているから?
それとも、家族を大切にする結衣にとって、こういうことは普通のことなのだろうか?
あるいは、まだ高校1年生ながらも、結衣はこの交際を真剣に考えているから?
思春期真っ只中の私にはその理由が気になって仕方がなかった。それでも、彼女が私のために動いてくれているという事実が、とても嬉しかった。
「とにかく、相手の父親に会うのだから失礼がないようにしっかりしよう。」
自分にそう言い聞かせながら、私はその日の夜を過ごした。
数日後、放課後の夕暮れどき。結衣の家の前で、私は緊張で固くなりながら「ちょっと待ってて」と言われ、庭先でそわそわと立ち尽くす。
「相手は警察官、しかも現役だ。しかも彼女の父親となれば、言動一つ一つに気をつけなければ。」
そんな不安が頭の中をぐるぐると巡る中、結衣と彼女の父親が家から出てきた。
彼女の父親は、身長180cmを軽く超える堂々たる体躯の持ち主で、黒い短髪と筋肉質な体型が印象的な“イケてるおじさん”だった。一目見ただけで、肉体の強靭さと自信がみなぎっているのが分かる。そして、その目には鋭い光が宿っているように感じた。
「初めまして、結衣の父親です。翔太君だろ?結衣から話は聞いてるよ。警察官に興味があるんだって?」
その声は思っていたよりも柔らかく親しみやすいものだった。
「はい、そうです。」と緊張気味に返事をすると私の様子を察したのか、にっこりと笑って言った。
「そんなに緊張しなくていいよ。今日は少し話をするだけだから。」
その一言で、少し肩の力が抜けた。そして結衣に促され、私は父親と話し始めた。
話が進むにつれ、彼はとても気さくで話しやすい人物だと分かってきた。警察官の仕事についての質問にも丁寧に答えてくれたし、自分の経験談を交えながら警察の魅力や大変さを語ってくれた。その中でも特に印象に残ったのは、高卒で警察官になることについての話だった。
「どうしてもこの仕事をやりたいと思うなら、俺は高卒で入るのが一番良いと思うよ。俺は遠回りして警察官になったけど、若いうちから現場を経験するのは大きな武器になる。うちの組織では学歴なんて関係ないからね。」
「学歴は関係ない」。その言葉は、劣等感を抱えていた私の心に深く響いた。それは、自分がまだ何者かになれる可能性を示してくれる言葉だった。
話を終えた後、私の緊張はすっかり解けていた。気さくで真摯な父親との時間は、私にとって非常に有意義なものだった。そして彼と握手を交わした時、どこか安心感と誇らしさを感じている自分に気づいた。
「今日はありがとうございました!」
帰り際、そう伝える私に父親は笑顔で頷きながら言った。
「応援してるよ、翔太君。自分を信じて頑張ってな。」
帰り道、私は緊張が抜けた反動からか、どっと疲れが押し寄せてきた。それでもその心は晴れやかだった。「絶対に警察官になって、この人に認めてもらえる人間になろう」と新たな決意が胸に芽生えていた。
高校に進学してから、すべてが変わると信じていた。
新しい環境、新しい友人、そして結衣という特別な存在のおかげで、何もかもが順調に思えた。
「今度こそ明るい未来が待っている」そんな希望に胸を躍らせ、日々を過ごしていた。
次の更新予定
2024年12月24日 06:00
PとUSA(高卒ニートの奮闘記) とんかつ @tonkatsu8
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