第5話 出会い

高校入学式の朝。


「よし、どうすっかなぁ」


洗面所の鏡に映る自分を見つめながら、髪型をどうするか、そしてどんなキャラで高校生活を過ごすかを悩んでいた。なぜなら、これから入るデザイン科は男子3人、女子37人という夢のような環境だったからだ。「第一印象が肝心だ」と気合を入れ、試行錯誤の末に選んだのは、少し懐かしいベッカム風ソフトモヒカン。そして、目立つかつミステリアスな雰囲気を醸し出すために、マスクも着用することにした。


集合時間ギリギリで登校し、教室の扉を開けると、すでに全員が席に着いていた。教室にはぎこちない初々しい空気が漂い、会話を交わす者たちもまだ遠慮がちだった。自分の席は教室の奥、窓際だったので、通路を歩きながら女子が大多数を占めるクラスの光景を見渡した。「ヒロさん、やっぱりナイスアドバイスでした」と心の中で感謝しながら、少し期待を膨らませつつ席に向かった。


しばらくして担任の先生が教室に入り、挨拶と日程の説明を行った。その後、クラス全員で体育館へ向かい、入学式が始まった。しかし、その式典は長く退屈で、お偉いさんの話が延々と続く内容。まさに「睡眠には最適」と言わんばかりで、ほとんど記憶に残っていなかった。


入学式が終わると、恒例行事の服装頭髪検査が待っていた。うちの高校は校則が厳しく、式典や集会の後には必ず実施されるのだ。デザイン科の担当は学年主任だった。順番が回ってきて、主任が私の頭髪を見るなり、目を見開いて大声で言った。「お前、なんちゅう髪型しとんねん!ベッカムか! 明日からは普通にして来いよ、わかったか!」


その場にいた他の科の男子たちがクスクス笑う声が聞こえる。その反応に内心「よしよし、悪目立ちできたぜ」と満足しながら、わざと気だるそうに「うい~っす」と返事をした。この瞬間、自分の作戦は成功だと感じていた。


しかし、入学後の数日間は、その張り切りとは裏腹にクラスメイトとはほとんど関わらなかった。正直なところ、「デザイン科=美術部的な大人しい人間の集まり」という勝手なイメージを抱いていたし、教室をざっと見回しても「みんな真面目そうで面白みがなさそうだな」と思っていたのだ。そのため、当初は他の科に入った中学時代の友人たちの元に足繁く通い、そちらで時間を過ごしていた。


ところが、しばらくすると、その友人たちは自分のクラスメイトと打ち解けて仲良くなっていった。話の輪に入り込めず、ひとり疎外感を覚えた私は、「自分もそろそろクラスメイトと向き合うべきなのかもしれない」と思うようになった。


少しずつではあったが、クラスメイトと話すようになり、接点を増やしていく中で、最初に抱いていた「つまらなさそうな連中」という偏見は、次第に薄れていった。自分の中で新しい高校生活がようやく動き出したのは、このタイミングだったのかもしれない。


ある日、昼休みに弁当バッグを開けると、保冷剤の横にシュークリームが一つ入っているのを見つけた。


「なんでこんなもん入れたんだよ」「いらねぇよ、こんなの」と心の中で毒づきながら、弁当箱を取り出し邪魔くさそうにシュークリームを保冷剤と一緒に弁当カバンの奥へと押し込んだ。母の好意であることは分かっていたが、その時の私は感謝の気持ちよりも反発心が先に立っていた。


午後の授業をなんとなくやり過ごし、放課後になった。帰宅するために駐輪場へ向かって歩いていると、駐輪場の手前にある木の下でクラスメイト二人が話しているのが見えた。一人は隣の席に座る沖 愛海おき まなみ、通称マナさん。話しやすい性格で、席が隣ということもありよく言葉を交わす相手だった。


もう一人は、見覚えはあるが名前が分からない女子だった。時折目が合うことはあったが、言葉を交わした記憶はない。


彼女たちの前を通り過ぎようとした時、マナさんの声が耳に入ってきた。


「お腹空いたぁ、なんか食べたい〜」


「じゃあ帰りにコンビニでも寄る?」と、もう一人の女子が応じていた。


その会話を聞いた瞬間、弁当カバンの中で放置されているシュークリームのことを思い出した。足を止め、少しの間迷ったが、バッグからシュークリームを取り出しながら声をかけた。


「あの……良かったらこれ、食べますか?」


すると座り込んでいたマナさんが私を見上げ、驚いた表情でシュークリームを見つめた。


「え、いいんですか!ありがとうございます!」


彼女は満面の笑みで受け取り、嬉しそうに包みを開け始めた。その様子に、なんだか悪い気はしなかった。


一方、もう一人の女子は微笑みながら「マナ、よかったね」と声をかけていた。折角だから彼女とも話してみようと声をかけた。


「えっと、大本さんでしたっけ?」


彼女は小さく笑いながら首を振った。


「大本さんは私の後ろの席だよ。私は大野です。」


「マジか、すみません!まだクラスメイトの顔と名前が一致しなくて……」


初対面で名前を間違えるという失態に、内心で冷や汗をかいた。絶対に心象を悪くしただろうと思ったが、彼女は意外にも優しい表情で「気にしないで」と言ってくれた。そのおかげで、マナさんも交えて自己紹介が始まり、自然と会話が弾んだ。


名前を間違えるという最悪の始まりだったが、これがきっかけで彼女たちとの交流が生まれた。そしてこの名前を間違えた女子、大野 結衣おおの ゆい


彼女は身長170cmを超える高身長で、母親のような包容力と男子のような活発さを併せ持つ、不思議な魅力を持った人物だった。その日以来、結衣やマナさんと仲良くなり、席が近いこともあり頻繁に話すようになった。


クラス内で結衣やマナさんを含む仲の良いグループが自然とできあがり、昼休みや放課後を一緒に過ごすことが増えていった。その中でも特に結衣とは親密な関係になり、頻繁に連絡を取り合ったり一緒に帰ったりするようになった。そしていつしか、結衣との関係は自然と「友達以上」のものへと変わっていった。


この日、駐輪場の前での出来事が、私の運命を大きく動かす最初の一歩だったのだ。

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