第6話 次席の男、ヴィンセント(※「首席の男」は俺)

 

 昼時の喧騒が過ぎ去った冒険者ギルド。

 夕方になればクエストを終えた冒険者たちで溢れかえるので、今はちょうどその谷間の時間帯だ。ほどよい人のざわめきが何とも心地良い。

 

 俺は閲覧テーブルで資料をめくっていた。

 目的は一つ。

 今から入れそうで、なおかつ希望に近いクランを見つけることだ。



 この王都には、頂点である『金獅子の咆吼』を始めとして百近いクランがある。

 その各クランの方針はさまざま。

 素材収集に特化したクラン、高難度探索に特化したクラン、自己鍛錬のための訓練ばかりしているクランなどなど――。


 そして、中には『翠の丘』のようなクランもある。

 昨年度の『王国データバンク』によると、『翠の丘』のクエスト達成数や貢献度は最下位に近い。

 よく見ると、それより下なのは解散が決まっているクランや、規約違反で処分を受けたクラン――CFランクのクランだけだ。

 かなり危うい経営状態と言わざるを得ない。


「でも、一度だけ『年間最優秀クラン賞』獲ってるんだな」


 四十年ほど前のことらしいが、驚きだ。

 そういえば確かに『翠の丘』を訪ねた時、掲げられていたエンブレムの上には星マークが一つ付いていた。

 クランを調べていて初めて知ったのだが、『年間最優秀クラン賞』を獲るとエンブレムに星マークを付ける権利が生まれる。これは大変名誉なことらしい。



「そうなんですよ! 昔のこととはいえ、すごいことなんです!」


 振り返ると、受付嬢のエリナさんが追加の資料と、何やら木のカップを持ってきていた。


「これ、冒険者さんから職員への差し入れなんです。珍しい果物のジュースで、とっても美味しいんですよ!」


 調べ物をしているだけで、むしろ邪魔になっているというのにそんなことまでしてもらって――と恐縮すると、「他の冒険者さんには内緒ですよ!」とエリナさんは悪戯っぽい笑顔を見せてきた。


「私も気になって調べてみたんですが、最優秀クラン賞って、やっぱり大手のクランさんが獲ることがほとんどなんです。でも、たまに中小のクランさんが思いがけず獲っちゃう年もあって」


「ここ五年は『金獅子』の連覇ですもんね。その前も上位の大手クランが交互に獲ってるみたいだし」


「はい。賞の選考基準はクエスト難度やクエスト達成数などですし、そうなるとやっぱり強い冒険者さんがたくさんいる大きなクランさんが有利なんですよね」


 エリナさん人差し指を立てて可愛らしく動かしながらいう。


「あ……それで、実は、アストさんのご依頼を間違っちゃった原因をちゃんと調べておかなくちゃと思ったんですが……、『最優秀クラン獲得』という条件にチェックを入れたまではよかったんですが、どうやら『取得年次』のところにも間違ってチェックを入れちゃったみたいで、それで『翠の丘』さんをピックアップしてしまったという……」


「あらら」


「もう、本当に何をやってるんだか……。お恥ずかしいかぎりです……」


 顔を赤く染めてぺこぺこと頭を下げるエリナさん。

 そういうことあるよね、慌てているときって……。




   ◇ ◇ ◇




 クランは営利団体だ。

 メンバーは多すぎても少なすぎても駄目で、現在のそのクランの規模に見合った適正な人数というものがある。

 そして、一度入ったメンバーをクラン側の事情だけで簡単にクビにすることはできない――という法的な規制もある。

 なので一年中メンバーを募集しているところは少なく、だいたい春に――冒険者学院やその他育成機関の卒業時期に合わせて――まとまった募集が行われているのだ。


 まあ、俺はそれに乗り遅れたというわけで……。


 今は臨時募集をしているクランを探しているが、これがなかなか難しい。

 良さそうな内容や条件のところがあっても、よくよく調べてみると、募集と募集終了を何度も繰り返していて、入った人がすぐ辞めているのでは――という疑念が拭えないところもある。


 ただ、新人冒険者の仮入団の特例があるので、毎年これから二ヶ月くらいまでの間に、春に入団した新人の退団者がかなり出るという。

 そこで再募集をかけるクランもあるので、じっくり待ってその枠を狙うというのも手なんだけど......。

 でもまさかそれまで三姉妹のクランにお世話になるわけにもいかないし、かといって、どこかそこそこのクランに退団前提で一時的に入るのも気が引ける。


 いざとなったら、まずはフリーの個人冒険者としてやるしかないかなと思うんだけど……、俺にできるのか?




   ◇ ◇ ◇




「お――、おまっ! 何で『金獅子の咆吼』に入らなかったんだよ!?」


 肩肘をついて資料をペラペラとめくっていると、いきなり手が伸びてきて胸ぐらを掴まれた。

 見上げると、一ヶ月ぶりくらいの顔があった。


「おー、ヴィーじゃん。どうしたんだよ、お前も王都に来てたのか?」

「王都に来てたし、クランにも入った! お前、『金獅子の咆吼』に入るんじゃなかったのか!? どこに入ったんだ!」


 ヴィンセント・フォン=ローゼンフェルド。

 冒険者学院で次席だった男だ。

 こいつも同じく地方貴族の息子で、わりと似た境遇だったためか、何かと関わることが多かった。

 騒々しさは相変わらずのようだ。

 長い付き合いとはいえ、まずは挨拶くらいしようぜ。


「どこっていうか――」


 言いかけて、ヴィーの襟元に見覚えのないバッジが目に入った。

 机の上に積まれた資料の中で何度か見たデザインだ。


「クランバッジ? ヴィー、『金獅子』に入ったのか?」

「あ、ああ……」


 若干気まずそうにヴィーが答える。


「何だ、そうなのか。そこさ、俺も最初入ろうとしたんだけど、ちょっとミスって入り損ねた」


 苦笑いして頭をかく。


「…………は? 入り損ねた!? 何やってんだよっ! バカかお前――」 


 ヴィーは額に手をやり、呆れたように深いため息をついた。


「偶然だなー。俺も入ってれば、また一緒だったのにな」

「は、はあ? 別にお前と一緒に入りたかったわけじゃねえぞ!? 勘違いすんな! 王都のクランといえば『金獅子』だろ、目指すならまずはここなのは当たり前だろ!」

「? まあ、そうだよな」


 騒がしい、というか暑苦しいのはともかく、ヴィーも優秀なやつだ。

 三年間見てきているのでこいつの実力はよく知っている。

 就職先とか全然聞いてなかったし、勝手に「騎士団とか入りそうな顔してるよなー」と思っていたけれど王都に来たのか。

 王都に来たなら、ナンバーワンクランを目指すのは当然の選択だな。


「ほら、それよりお前はどこに入ったんだよ!? 『黒曜こくようの盾』か? 『蒼雷牙そうらいが』か?」

「んー、いや、まあ、…………無職、みたいな感じ?」


 登録上は『翠の丘』に仮入団している状態だけど、名前だけだし。


「――――!? 無職!? おま、72期首席卒業が無職!? 何やってんだよ、本当に――」


 おい、あんまり無職無職言うな恥ずかしい。

 声がでかいから、他の資料を読んでる冒険者さんたちがこっち見ちゃっただろうが。



 そんなことを話していると、


「あ、ヴィンセントさんこんにちは! ようやくアストさんに会えたんですねっ」


 と、書類の山を載せた台車を押しながら、エリナさんが声をかけてきた。


「アストさん。ヴィンセントさんってば、ここ何日もずっと来てたんですよ、アストさん探しに」

「エリナさん! それは、いいから!」


 親しげな会話からして、どうやらヴィーもエリナさんと顔見知りになっているらしい。

 学院では当然ながら周囲は同年代ばかりだったけれど、こうして社会に出ると――俺は出ていないが――年齢の異なる人との関わりの方が多い。

 だからふいにこうして同い年の人間が揃うと、ちょっとだけ嬉しい気持ちになる。


「そ、それより聞いてくれよエリナさん、こいつ、何かミスやらかして、いまだに無職だって。知ってました?」


 話題を変えるように言うヴィー。

 でも、その話はまずいのでは?


「……」


 一瞬でエリナさんの顔から血の気が引く。


「それ、私のせいなんです……。そういえば、ヴィンセントさんって『金獅子』でしたよね。ああ、そっかぁ……、お二人、一緒に入ろうとしてたんですよね。それが、それが……私のせいで――」


 あ、パターン入りました。

 これはいけない。

 また後ろでエリナさんの取り巻きの方々が目を光らせている気がする。


「いや、別に一緒に入ろうとしてなんか――って、ん? エリナさんのせい?」

「エリナさんエリナさん、大丈夫、大丈夫。もうそれは終わった話だし。ほらヴィーも一緒に」

「え? あ? ああ。……お、落ち着いて?」


 ヴィーは全く状況が飲み込めていないようだが、何か危ういものを感じたのか即座にエリナさんをなだめ始める。

 相変わらず危機察知能力は高い。



 そんなふうにしばらく男二人でおろおろとしていると、


 「……あ、やば! そろそろクエストの時間だ」

 

 と、ヴィーがギルドの壁の大きな魔導時計を見て弾けるように言う。

 さすがは大手クラン所属、多忙な様子。

 無職で日がな一日ギルドで資料をめくっている俺とは大違いで、ちょっとだけ置いていかれた気分になる。


「アスト! 入るクラン、ちゃんと決めろよ! 決まったらいえよ! あ……、あとエリナさん、なんかごめんっ!」


 そう叫びながら、ヴィーは走って去っていった。




   ◇ ◇ ◇




 後日談。


 その後、「エリナさんが冒険者二人に同時に告白されて困って泣いてた」という噂を耳にして、「へー、エリナさんモテるんだな。まあ可愛いもんな。だけど泣かせるなんてひどいな」と憤慨していたら俺とヴィーのことだった。


 いや、そんな状況に見えた?

 確かに泣かせかけたのは事実だけど......。

 噂って本当に怖い。


 っていうかこの街、情報伝達の精度に難がある!?

 伝言ゲームでもやってんの?






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このクラン、本当に大丈夫!? ~ギルドの手違いで潰れかけクランに登録されました。冒険者学院卒業(※首席)でエリート街道まっしぐら――のはずがまさかの迷子でいばら道!?~ にょもね @nyomone

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