第5話 居候? 三姉妹と同居始まる。(+おじいちゃん、ニワトリ、ヤギ、ウシ)

「ごめんね、うちがもっと早い日に時間開けられてたら……」

「いえ、クエスト受けてたならしょうがないですよね」


 夕暮れの王都の外れを三姉妹と共に歩く。

 荷車では、彼女たちが買い込んだ雑貨と、俺が宿に置いていた荷物が揺られていた。

 あの後、冒険者ギルドでいくつかのクランを照会したが、どれも希望に合わなかった。じっくりと次のクランを探そうと考えていたところ、マリアンヌさんから「なら、見つかるまでうちに泊まりなよ!」と提案され、お世話になることになったのだ。



 マリアンヌさんによると、『翠の丘』との顔合わせが今日まで遅れたのはクエストを受注していて不在だったかららしい。三日前に会えていれば『金獅子』の締切にも間に合ったのに――と、申し訳なさそうにいう。


 俺としては、ギルドで登録申請した後、顔合わせの日まで何日も時間があることをこれ幸いに、ずっと図書館通いしていたのでとても責める気にはならない。

 そもそも卒業後もギリギリまで研究室にいて、冒険者になろうと王都に向かった卒業生の中で多分一番遅かっただろうし。

 就職を甘く見すぎていた……。



「でもアっくん、宿泊代なんて本当にいいんだよ?」

「いえいえ、王都の宿にこれ以上泊まることを考えれば、すごく助かります。予定外の出費になって心配だったので」


 王都の宿となると、治安の良くない区画の宿でさえ、普通の街の宿の三倍以上の代金がとられる。

 クラン入団後は住み込みの予定だったし、そこの給料も当てにしていたので、このままでは今ある全財産宿代で消えるところだった。


 マリアンヌさんはお金なんていらないというのだけれど、それではさすがに気が引ける。

 すり合わせの結果、俺が泊まっていた宿の十分の一の代金で『翠の丘』に泊まれることに決まったが、本当にありがたい話だ。


「おにーさん、お名まえからすると、きぞくさんじゃないの? お金ないの? びんぼうきぞく?」

「一応貴族だけど、実家を出たら自分で稼ぐルールでね。名前だけ立派な自由人ってところかなー」


 苦笑いしながら答える。

 貴族の家柄とはいえ、俺自身がお金を持っているわけではない。

 学院時代の学費や生活費は出してもらったし、当主の座も気にせず自由に生きて良いといわれている。その代わり卒業後は自力で生きていけと。

 なので今手元にあるのは、在学中にクエストのバイトで貯めたお金だけだ。


「…………追放されたの?」


 少し哀れむような目の次女さん。


「いや、違うからね?」


 復讐とか下剋上とかしないからね?




   ◇ ◇ ◇




「お……おじゃまします」

「ふふふ、いうなら『ただいま』ね。自分の家だと思ってくつろいでね!」


 クランハウスに到着すると、マリアンヌさんが玄関の扉を開けながら振り返った。


「……自分の家だなんてゆめゆめ思わないでね」


 と次女殿。

 相反する二つの言葉に戸惑い、三女の意見に身を委ねようと目を向けると、にやにやと楽しげな表情を浮かべているだけだった。




   ◇ ◇ ◇




「じゃあリセとクーは、アっくんにお部屋案内してきてね」

「はーい」

「……」


 マリアンヌさんはそういいながら夕食の支度に向かった。


 ここに厄介になると決めた理由の一つは、三女が漏らした「せっかく、いつもよりいいお肉とかよういしといたのにねー」という言葉だった。

 どうやら俺の入団を見込んで良質な食材を多めに用意してくれていたらしい。

 部屋の準備までしてくれていたようだったし、せめて心ばかりの宿代をお支払いして泊まらせていただかないと、さすがに罪悪感が……。




   ◇ ◇ ◇




 クランハウスは本館と二棟の平屋からなっていた。

 本館は食堂や風呂のある一階と姉妹たちの居室のある二階に分かれ、平屋は冒険者用施設と居住棟となっていた。

 俺の部屋は居住棟に用意されているという。


「じゃあオルドラッドさんは、本当のおじいちゃんじゃないんだ」

「うん、むかしっからのうちのメンバーで、ばんとうさんだったんだ」


 置物のようなお爺さんは、三姉妹と血の繋がった祖父ではなく、相当古くからのこのクランのメンバーらしい。

 十年前に一度引退したものの、五年前にまたクランに戻ってきたという。

 三年ほど前からボケ始めたとはいえ日常生活は自立できているとのことだった。


 三女が最初に「このクランに入る人は五年ぶり」てなことをいっていたが、オルドラッドさんのことだろうか。

 じゃあそれ以外の人は、いつから入ってないの……?



 話を聞くにつれ、色々と疑問が膨らんでくる。

 三姉妹の両親はどうしているのか、かつては普通に活動していたらしきクランがなぜここまで衰退してしまったのか。

 事情はありそうだけど、さすがに何日か居候させてもらうだけの身としては、そこまで聞けないよな……。




   ◇ ◇ ◇




 だいぶ日も傾き茜色になった空の下、クラン内を回っているといつの間にか放し飼いにされている動物たちが集まってきていた。

 三女と次女にだいぶ懐いているようで、皆そちらに寄っていく。


「動物多いね」

「うん、みんなはたらいてくれてるの!」

「……居候さんは、明日からギルド通いする”だけ”なのよね?」


 次女さんが冷ややかな半目で俺をちらっと見る。

 通訳魔法が流れたかのように脳内に「あなたは働かないんですよね? ですよね?」という言葉が繰り返し響く。

「じかんあまったら、おしごとてつだってー」と笑う三女と、定職についているためだろう余裕の感じられる動物たち。


 この瞬間、クラン内の序列が確定――動物たち全員の下に俺がいる――した……。




   ◇ ◇ ◇




「この子はね、『アイ』。こっちが『ツヴァ』と『ドラ』、おにーさんの足もとの子が『フィ』だよ」


 自慢の家族――茶色や白の雌鳥――を楽しそうに紹介する三女。


「よろしくな。って、いて、いてて!」 


 挨拶をしたら新人いびりのごとく容赦無く突かれた。

 俺が最下位であることがすでに共通認識になっているような気がする。


「その子は『カゲトラ』。うちのざっそう、きれいにしてくれるの」


 眼光が鋭い小型の黒ヤギは、とてとてと次女さんに近づき、頭を撫でてもらっている。

 次女さん、服の袖をむっちゃむっちゃ――としゃぶられてるけど、いつものことなのだろうか、全く気にしていない。


「あの子は『ユキジィルシィー』。アイたちとユキジのおかげで、ぎゅうにゅうとたまごだけはいつもこまってないんだ!」


 後方からのっしのっしとついてくる小型の乳牛。

「牛乳と卵だけ」という言葉に、このクランの他の食料事情が気になる……。


「お……、カゲトラ、だっけ? どうした」


 次女にくっついたヤギのカゲトラが俺に興味を抱いたのか寄ってきた。

 カゲトラに手を差し出すと、服の袖をむっちゃむっちゃ――としゃぶられた。


 カゲトラの頭には立派な角があるので男の子だ。

 ニワトリはみんな雌鶏だしウシは乳牛、そして人間は三姉妹と、女子が多数派のクランなので何となく親近感をおぼえる。


「カゲトラー、男同士仲良くしような」


 ちょいと角をつついてみると、今度は指をむっちゃむっちゃ――としゃぶってきた。はは、かわいいなこいつ。


「……カゲトラ、去勢してるから。”同士”じゃない」


 カゲトラが俺に近づくことを不満そうにしていた次女がまた半目で見てくる。

 おお……。

 すまん、取っちゃってるのか……。




   ◇ ◇ ◇




「うま」


 思わず声がだだ漏れた。

 王都の料理も確かに美味いのだけれど、こういう家庭料理は久しぶりなのでじーんときた。


「全部マリアンヌさんが作ったんですか? すごく美味しいです!」

「よかった、口にあって。――ああ、それよりアっくん? 『さん』なんてつけなくていいのよ? 『マリア』って呼んで。……それか、『お姉ちゃん』で!」


「いえ、さすがに年上の方を呼び捨てにはできないので、じゃあ、マリアさんで。よろしくお願いします」

「あ、……うん」


 マリアさんは微妙に残念そうにいう。


「あたしは年下だからよびすてでいいよ!」

「じゃあ……、クァリス?」

「はーい」


 名前を呼ぶと元気良く手を挙げるクァリス。


 流れ的に自然と次女に目が向く。

 だけど露骨に顔をしかめられた。


「…………じゃあ、私は『様』づけで」

「…………、リセル、様?」

「やっぱやめて」


 言われた通りにしたのに、すっごい嫌そうに言われた。理不尽な。


「……みんなと同じでいい。ただし、どうしても必要な時以外は呼ばないで」

「了解」


 俺は名前を呼ばずに、次女さん――リセルに向けて小さく笑みを見せた。



 最後にオルドラッドさんに話しかけたのだが、幸せそうにニコニコと食事に没頭していて俺の話は聞こえていないようだった。

 周囲では「オルドさん」とか「オルド爺さん」呼ばれているとのことなので、そう呼ばせてもらうことにした。






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