第4話 泣き虫受付嬢と新人冒険者 ~俺が悪者です~

「すみ゛まぜんでじだああああああ゛あぁっ!」


 冒険者ギルドの総合窓口の前、ばたばたとカウンターから出てきた一人の受付嬢が大きく頭を下げてきた。

 半泣き、いやもう全泣きに近い様子で謝罪を繰り返すその子は、先日俺がクランを探してもらった時に対応してくれた――そして手違いをした――新人ギルド職員のエリナ・マルシェルさんだ。


「あ、いや、そんな気にしなくても大丈夫ですから……」


 先日会った時は溢れんばかりの笑顔で「みなさんのお役に立てるよう頑張りたいんです!」と健気に言い、まだ仕事も慣れないだろうに、おさげにした淡い水色の髪をぽんぽん跳ねさせながら甲斐甲斐しく働いていた彼女。

 そんな彼女にこうも思い切り泣かれると、自分が極悪人になったような気がしてくる。


「確認しなかった俺が悪いんですし、ほら、契約書とかでも最終的な責任は同意した本人ですから。いや、本当に」


 もう何度も謝罪の言葉をもらっている。

 そろそろその涙を引っ込めてくれないと、さすがに周囲の視線が……。

 同じく後ろで平謝りする上司さんに、「ちょっと何とかしてほしい」と助けを求めるような視線を送りつつ、エリナさんをなだめる。



「ミスは誰にでもあるんだから、あんまり気にしちゃダメだよっ」


 もう一方の当事者であるマリアンヌさんは、ぽんぽんとエリナさんの背中を優しく撫でて慰めている。


「こういうのは、せきにんは半々だよね。でも、女の子なかせちゃったじてんで、おにいさんのまけかなー」


 顎に手をやり小首をかしげる三女。

 意外と社会というものを分かっている。


「……そんな大事なことなのに確認しないなんて。……この人が悪い」


 俺を責める言葉を吐くときだけ妙に饒舌な次女。

 なんか氷魔法得意そうだよねこの子。

 


 三姉妹は俺と一緒に王都まで来ていた。

 退団手続きのこともあるし、あと、不要品買取の店に持ち込みたい荷物があるとのことで同行することになったのだ。


 男手が無いと運ぶのが厳しい大きな不要品が山のようにたまっていて、それを俺が荷車まで運び、そして馬車馬のようにその荷車を引いてきた。

 三女は「ひゃっはー!」といいながら荷台に乗ってくるし、次女は無言で乗ってるし、しばらくの図書館通いで退化していた体の思わぬ――そして過酷な――鍛錬になった。

 まあ、荷物を店に引き渡した後のマリアンヌさんの「ほんとにごめんねっ、でも助かった! ありがとう!」という笑顔でだいぶ癒されたからいいけど。

 あと、これで飲んだお茶の分の働きは済んだよね?



 エリナさんが落ち着くのを待ちながら、辺りを見回してみる。


 王都イゼルバルドの冒険者ギルド――正式には『イゼルバルド中央冒険者ギルド』。

 さすがに他の街とは規模が違う。

 この一階だけを見ても一般的な冒険者ギルドの五倍くらいの広さはあるだろうか。それがさらに四階まであるみたいだ。

 天井は高く、全体的に清潔感があり、冒険者の溜まり場というよりはむしろ、実家にいる頃に無理やり連れていかれた社交パーティの会場のような雰囲気だ。


 窓口も大きく四つに分かれていた。

『個人冒険者専用窓口』『クラン専用窓口』『素材提出 / 買い取りカウンター』、そして今俺たちがいる『総合案内窓口』。

 巨大なクエスト掲示板も『個人冒険者用』と『クラン専用』に別れている。

 小さな街では見かけないクラン専用の設備が整っているのが特徴的だ。


 その窓口の前に設置された長椅子で待っている冒険者もかなりの数だ。

 これだけ人がいると手続きにも時間がかかるのだろう、番号札が発行されているようで、皆それを手に所在なさげに座っている。


 まあ一角に併設されているオープンラウンジ――カウンターおよび十卓以上の丸テーブルが置かれた酒場――だけは、他の街とさほど変わらない雰囲気だ。

 作戦会議らしきものをしている四人組のパーティ。軽食をとるソロ剣士。MP回復のためだろう丸くなって寝ている魔術師。

 防具を外してすっかり自宅気分で酒を流し込んでいる赤ら顔の冒険者もいれば、引退間近で他にやることのなさそうな常連高齢者らしき人たちの一団なんかもいる。



 そしてそんな彼らの一部から、びしびしとした強い視線が俺の背中に向けられていた。


「うちらの天使ちゃんを泣かせやがって、誰だあのクソ野郎!」

「これでエリナちゃんが転属になったらただじゃおかねえ!」


 俺、どちらかというと、被害者のはずなんだけどな……?




   ◇ ◇ ◇




「ごべんなさい゛でしたあぁぁ……。ううっ、ぐすっ……」


「そ、それじゃあ改めて、よろしくお願いします」


 ようやくエリナさんの涙は引っこんできてようだった。

 そして何故か、仲直りのような握手をする流れになっている。

 いや、保育所の幼児の喧嘩の仲直りじゃないんだから……。


 周りの職員および長女と三女はパチパチと拍手をしているし、いつの間にか俺の後ろに来ている取り巻きらしき冒険者たちは腕を組んで深くうなずいているし、隣の窓口で手続き待ちをしている高ランクっぽい冒険者さんたちのパーティは妙に優しい目つきで見守っている。何だこの空気。


 握手をする俺とエリナさん。

 俺は目が合ったエリナさんの後ろの上司さんに、これ以上は責めないでやってください――という視線を送り軽く頭を下げ、上司さんも、ええ分かっていますよ――というような視線を返してうなずいた。


 っていうかエリナさんの手、涙でべしょべしょしてる……。




   ◇ ◇ ◇




「やっぱり同い年だったんですね、ど……、同期って言ってもいいのかな? えへへ」

「そうですね、職は違いますけど同期ですね。俺もしばらくは王都でやっていく予定ですし、これから色々お世話になると思いますが、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ!」


 赤い目になっていてちょっと怖いけどようやく笑顔になったエリナさん。


「それではあらためて、クランへの仮入団の申請ですね」

「はい、お願いします」

「えっと『金獅子きんじし咆吼ほうこう』さん――ですね、まかせてください!」


 こうして背筋を伸ばして通る声ではきはきと対応する姿を見ると、新人ながらもやはりギルド職員だなと感じる。


 と、後ろから他の職員の声が。


「あー……、締め切っちゃってるよ、『金獅子』さん……」

「あそこは超人気だからね……」

「昨日面接と試験あったんだけど、そこで今年の学院卒業生の新卒枠、全部埋まっちゃったんだよね……」


「…………」


「…………」


「……ひっ――――……、ひっく――――」


 受付嬢エリナさんの瞳にまた大粒の涙が溜まっていく。


 いや、待って!


 まだ他のクランもあるから、別に絶対そこじゃなきゃダメってわけじゃないから!




   ◇ ◇ ◇




 ざっと他のクランを当たってみてもらったものの、上位のクランで今新人募集をしているところは見つからなかった。


 さて。

 学院卒業前に考えていた俺の冒険者生活の予定なんだけど。



①.一年目(17歳)。王都の最優秀クランもしくはそれに準ずるクランに入団。

②.初年度はまずは新人賞を獲れるくらいに頑張る。(この副賞は特に欲しいものじゃないので獲れても獲れなくてもいい)

③.二年目(18歳)からは、クラン内のなるべく上のパーティに所属できるように頑張る。

④.三年目(19歳)くらいには最優秀冒険者の候補にはなれるように頑張る。

⑤.22歳くらいまでには最優秀冒険者賞を受賞。



 なのに、問題無く通過できるはずだった①からつまずき、新人賞どころの話じゃないんだが。


 世の中、思うようにいかないものである……。




  ◇ ◇ ◇




 後日談。


 その後、「四つ股をかけて女の子を泣かせた新人冒険者がいる」という噂を耳にして、「へー、同期にそんな不埒な奴がいるのか」と思っていたら俺のことだった。


 四つ股の内訳はエリナさんと三姉妹ということらしい。

 いや、エリナさんマリアンヌさん次女っ子までは百歩譲って噂の対象になり得るとしても、三女は10歳なんですけど?


 噂って本当に怖い……。






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