第3話 三姉妹と潰れかけクランのススメ
俺はクランハウスの応接室……らしき場所に通され、ソファに腰を下ろしていた。
ちなみに応接室と断言できないのは、確かにそれっぽい威厳のある作りの部屋なのだが、所狭しと置かれた雑多な小物があまりにも生活感を醸し出しているからだ。
ローテーブルの向こうのソファでは、三人の少女が寄り添うように座っている。
自己紹介によると三姉妹とのことだった。
真ん中の背の高い少女は長女のマリアンヌ・クラウゼン。
このクランのマスターで、19歳――俺より二つ上だ。
先程の変なテンションは治まったようで、今は穏やかな笑顔を浮かべている。
左側で長女の腕にぴったりとくっついているのは次女のリセル・クラウゼン。
15歳で、柔らかそうな薄茶色の髪が腰まで伸びている。
そういえばこの子、俺に向けてはまだ一言も喋ってないな……。
名前すら姉のマリアンヌさんが紹介してくれたものだし。
右側は三女のクァリス・クラウゼン。10歳。
オレンジがかった髪を緑のリボンでポニーテールに結っている。
次女とは対照的に陽気なようで、来客を喜ぶ子犬のように目を輝かせている。
俺も一通り自己紹介を済ませ――この春レオラン王立冒険者学院を卒業したことなどを伝え――、肝心な話を切り出した。
「――それで、冒険者ギルドで、ここが王都のナンバーワンクランだと聞いたんですが。五年連続で年間最優秀クラン賞を獲っているとか」
物事は感覚や思い込みで判断してはいけない。
たとえ可能性が0.001%でも、それをゼロにするまでは確定と言えない。
「あー……、それは『
マリアンヌさんは頬に手を当てながら苦笑した。
うん、ですよね、やっぱり違うよね。
「じゃあ、おにいさんは、まちがって来ちゃったってことー?」
三女は首を傾げ、少し物憂げな顔で俺の瞳をのぞき込んでくる。
いささか申し訳ない気持ちになり「うん」とうなずく。
と、次女のほうは、
「ふ」
と今日一番の緩んだ表情を見せた。
◇ ◇ ◇
間違えて来たからといって、すぐに「はいさようなら」というわけにもいかない。
出されたお茶を飲み終えるくらいまでは――と、微妙な空気の中、会話を続ける。
彼女達のクラン『翠の丘と蒼い海』は、略称では『翠の丘』もしくは『グリーンヒルズ』と呼ばれているらしい。
で、クランランクは……「CE(Clan-E)」だ。
クランランクは冒険者ランクと同じように「F」――「CF」が一番下だが、この「CF」というのは、法令違反などによりクラン廃止の可能性が高い場合につけられるランクである。
つまりは「CE」というのは実質、最低ランクということ。
まあどう見ても本格的な活動をしている様子はないしな……。
「そうなんですか。……えーと、今日は、他のクランのメンバーさんは?」
「あはは……、今ここにいるのが全メンバーですー。クーちゃんはまだ冒険者になれないからお手伝いさん扱いだけどね」
やや自重気味に言うマリアンヌさん。
他に聞くことがなくなってきたのでつい口にしてしまったけれど、軽く地雷を踏んだ気が……。
「……あれ? でも冒険者お二人ですか? 確かクランって、最低三人の登録冒険者必要でしたよね」
疑問が浮かび尋ねると、マリアンヌさんは「あ! いけないっ、忘れてた」と部屋の隅のほうに顔を向けた。
「あともう一人、うちの昔っからのメンバーのオルドラッドさんです!」
見ると、小柄なおじいさんが椅子に沈みこみながらウトウトと目閉じて揺れている。部屋に散らばる雑多な小物たちと同化して、まったく気づかなかった……。
「オルじい、おきゃくさん来てるよーっ」
三女がソファから飛び降り、おじいさんの元へ駆け寄る。
俺も挨拶をと思い、ソファから立ち上がりその後に続いた。
「初めまして、アストラン・フォン=グリムベルクと申します」
起きているのかどうか分からなかったけれど、おじいさんの前で膝をつき自己紹介する。
しわしわの顔と細い腕――、何だかお年、かなりいってる気が……?
「……ぉ……?」
口から小さな音を漏らすおじいさん。
もう一度、今度はゆっくりと大きな声で自己紹介すると、おじいさんはようやく半分ほど目を開けて俺を見た。
「ぉー……? おお……。ハンスか。ひさしぶりじゃなぁ」
誰ですか、ハンス。
戸惑いながらマリアンヌさんを見ると、色々察してね――という苦笑いを浮かべている。
俺の脳裏にはふと、冒険者ギルドの壁に貼られていた標語が浮かんだ。
『 ―― 体力と 相談しよう その冒険 ―― 』
(※高齢者の冒険者カード自主返納は「総合案内窓口」まで)
◇ ◇ ◇
「えっと――……、このままうちに入る――、なんて、ことは……?」
カップの中の琥珀色の液体がもうあと一飲みで終わりそうになった時、マリアンヌさんがもじもじと上目使い気味の小さな声で聞いてきた。
「あ、ええ……。まあ……」
間違いだったことはお互い認識したが、その後の話は明確にしていなかった。
もちろん、このクランに入団する気はない。
というか、クランとして機能してない以上、選択の候補にはなり得ない。
ただ、話を聞けば聞くほどいたたまれなくなってきて、即答できっぱり断るのも悪くて言葉尻が小さくなる。
「あ、俺、仮入団しちゃってますが、入ってすぐに抜けるってやっぱりまずいんですかね? どこかでそんなこと聞いた気が」
ふと思い出し聞いてみる。
と、マリアンヌさんの左側から、
「…………『仮入団』、すぐ出てっても何にもペナルティ無い。…………うちも、別に新しい人、必要ないし」
と、今まで無言を貫いていた次女が口を開いた。
俺と目が合うと次女はぷいと横を向く。
どうやら俺と利害は一致するようだが、いらないといわれるとそれはそれで寂しい……。
「新人冒険者の特例があるから大丈夫よ。『正式入団』だとアっくんのいうように、入って半年以内に退団するとそれから半年は新しいクランに入れないけどね。でも新人冒険者登録から一年以内は『仮入団』することもできて、これだと入ったその日に退団しても何もペナルティ無くて、またすぐ別のクランに入れるの。ただし、二回まで」
マリアンヌさんは子供に勉強を教える先生のように指を立てながら言う。
そして、
「新人さんだと『良いと思って入ってみたけど思ってたの違うー!』ってこともよく……ある……、だろうし……」
と、今のこの状況がまさにそれだ――ということに自分で言いながら気づいたのか、しゅんと肩をすくめた。
「……ねえねえ、おにーさん」
「ん?」
「いつでもぬけられるなら、少しだけためしてみたらー?」
三女の”クーちゃん”は、純真そうな笑顔で俺の顔をのぞきこむ。
「うちもいがいとわるくないかもよー。お姉ちゃんたちかわいいし、おとくだよ?」
小さい子の提案を無下にするのも気が引けるので、曖昧な笑顔を返しておく。
「っていうか。お茶のんだぶんくらい、はたらいてかないのー?」
……あれ、もしかして俺、脅迫されてる?
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