第2話 最優秀クランのはずが……、農家?

 王都の城壁を抜けてしばらく歩くと、牧歌的な風景が広がっていた。


 小高い丘が幾重にも連なり、その向こうには手入れの行き届いた広大な麦畑が見える。街中の喧噪とは対照的な穏やかな空気の中、どこか遠くのほうから小さく鳥の声が聞こえてくる。


 そんなのどかな景色の中にぽつんと、目的の場所はあった。

 敷地の真ん中には二階建ての建物が一つ。

 その横には平屋が二棟。手前には広い庭。

 そしてそれら全体が、人の背丈より少し低いくらいの木の柵――ところどころ補修の跡がある――で囲まれていた。


 柵の入り口の横には、錆びの目立つ金属製のクランエンブレム――海と丘を模したデザインのもの――がやや斜めになった状態でぶらさがっている。

 俺は手にした紙と、そのエンブレムに刻まれている文字とを、二度、三度と交互に見比べた。



「『翠の丘と蒼き海みどりのおかとあおきうみ』……」



 間違いなく同じ文字。

 冒険者ギルドで紹介されたクランの名前だ。


(名前はあってる。……けど――、ここが王都ナンバーワンのクラン?)


 想像していたものとはだいぶ違う。

 けれど、見た目だけ判断してはいけない。

 まずは見たままのものを受け入れ、そこから何故そうなのかを考えるのが大事だ――と基礎魔法学の先生も言っていた。


 大勢の屈強な冒険者達がわらわらしているかと思ったけれど、誰一人いない日だってもちろんあるだろう。むしろ様々なクエストに引っ張りだこでみんな出払っているのかもしれない。


 手前に広がる庭の地面が妙に使用感が無くてそこらじゅうにほんのり雑草が生えているのも、大手クランだから、他に訓練場や倒した魔物の処理場があるという理由からなのかもしれない。


 その庭の三分の一くらいが後付けしたらしい花壇になっていたり、端のほうに何やら使わなくなったような壊れた家具や雑貨が立てかけられていたりするのも……、まあ、何人もの冒険者が生活しているんだからそういうこともあるのだろう……。



「あ」


 人影を探していた目に、動くものが映った。


 ……ニワトリだ。

 ……あと、ヤギ。



「……農家?」



 思わず口に出る。



 一週間ほど前に来た王都。

 王都に来るのは何年ぶりかだし全く詳しくないので、冒険者ギルドで近年最も優秀な成績を残しているクランを調べてもらって、そのままそこの仮入団手続きまでお願いした。


 同い年くらいの新人らしき初々しいギルド職員に、


『え? そのご希望のクランの入団試験と面接についてですか? えっと……、ちょっと待ってください……、どうだったかな……。あ、はい、大丈夫です! このクランでしたら試験も面接も不要ですよ!』


 と言われたときは、「あれ? そんなんでいいの? これだけで王都ナンバーワンのクランに入れちゃうの?」と若干引っかかったが、冒険者学院を卒業した生徒だから特別待遇になるのかなと、そのまま聞き流した。


 だけど、これはやはり何か違う気がする。

 クランの中の細かい情報は入団すればどうせ分かることだし、先に確認するのは二度手間になるから――と、さっさと楽しみだった王都の図書館にこもりに行ったのは間違いだったのだろうか……。



 半信半疑――というか、正確には「5%信95%疑」くらいの気持ちで思い切ってスライドゲートをずらして中に足を踏み入れると、いきなり、本館らしき建物の扉がバンッと大きな音を立てて開いた。



「きた! ほんとうにきたよっ! マリねえ!!」



 飛び出してきたのは、オレンジ色のポニーテールを揺らす、まだ冒険者登録できなそうな年頃の少女だった。

 少女は扉の前でクルリと振り返り、「はやくっ、はやくぅ!」と建物の中へ叫ぶ。


 続いて現れたのは、さらに二人の少女。

 一人は俺より少し年上かという感じの、柔らかそうな赤髪の持ち主。

 俺を見るなり目を丸くして口に手を当てている。


 もう一人は、先程の飛び出してきた少女よりは年上だけれど俺よりは年下に見える、淡い茶色の長髪の少女。

 他の二人の後ろに隠れるようにして、俺を観察するようにじっと視線を送ってくる。



「あ……、どうも――――」



 反射的に頭を下げる。

 だが三人は俺の挨拶は耳に入らなかったのか、興奮した様子で声高に喋り続けている。

 俺の存在置いてけぼり。

 え、なにこれ。


 俺は少し考えた後、指を耳に近づけ、軽くクイッと回した。

 小さな風魔法の流れに乗り、彼女たちの声が鮮明に聞こえ始める。

 魔法を盗み聞きに使うのはマナー違反だけど、今俺の話してるみたいだし構わないよね?


「ま、幻じゃないよね? 森から取ってきたキノコに食べちゃダメなやつ混じってなかったよね!?」

「うちに入ってくれる人って、五年ぶりくらい? やったねマリねえ!」


「ついに……、ついに、毎年この時期ギルドの前で頑張って勧誘してきた私の努力が実を結んだのね……!」

「……それはない」「それはないかなあ」


 不穏な単語がいくつか耳に飛び込んでくる。


(五年……ぶり?)

 え、クランの入団者のこと?

(勧誘?)

 いや、勧誘されたおぼえはないんだけど。


 などと思っていると、三人が一斉にこちらを向いた。



「……はぁ……はぁ……、――っ」



 一番背が高く年上らしき赤髪の少女の頬は紅潮していた。

 少女は唾を飲み込むと、一歩、こちらに足を踏み出した。


「マリねえ、まずはおちついて。おどろかすとにげちゃうよ!」


 一番幼そうなポニーテールの子が赤髪の少女の背中をぽんぽんと叩く。

 赤髪の少女は何故か「チチチ――」と口を鳴らし始め、手をわきわきさせ、野生動物を捕獲しようとしているかのようににじり寄ってくる。



「……あー…………。えっと――――」



 ここにいてはいけない――。

 逃げるんだ――。


 学院のクエスト実践でいきなり想定外のボス級魔物に対峙してしまった時のように、脳の天辺から警告の声がした気がして、



「すみません、間違えました!」



 と、俺は急いで頭を下げつつ一歩後ずさった。



「間違えてない、間違えてないよっ! ギルドから聞いてるよ君が来るって! アストラン君――、アストラン・フォン=グリムベルク君でしょ!? 今日からうちの子になるんだよ!」


 俺の名前が呼ばれる。

 フルネーム覚えられてるとかちょっと怖い。

 ここの子になっちゃうの、俺?



 どうやらギルドの手続きは間違い無いようだ。

 この場所も合っていた。

 ただ、冒険者ギルドで入りたいクランの希望を出してそれに適合するクランを紹介された、そこ時点で何か問題が発生している――。


 このままでは面倒事に巻き込まれそうな予感がひしひしとしている。

 何にせよ、一旦ギルドに戻って確認をしてからのほうが良い。



「確かに、アストラン・フォン=グリムベルク、なんですけどー……。多分、間違いというか……。ギルドでの手続きのときに、何か行き違いがあったかもしれなくて――」


 やんわりとクラン間違いだったことを伝えると、赤髪の少女の顔色が見る見る青ざめた。


「え? 間違い? え? うそ……。……あ、でも、そう! ちょっとだけお話をしましょう! とってもいいお話があるのっ!!」


 愛想笑いを浮かべながら会釈をし、また一歩後ずさる。


「あ――、待って――――」


 パニックになったようにあたふたとする赤髪の少女。

 その視線が、建物の壁に立てかけられていた壊れたテーブルらしきものの板のところでピタッと止まった。

 少女は何故か、それをがしっと掴む。

 ピンッ――とまた危うい予感が走り、さっさと立ち去ろうと踵を返した瞬間、



「――シールドバッシュ!!」



 背後から声が響き、その直後、俺の行く手を阻むように斜め前方の地面に木の板が突き刺さった。

 シールドバッシュ。盾を飛ばす壁役タンクの技だ。

 飛んで来たのは盾ほどの大きさの、ただの木の板だけど。


「ライトニングラッシュ!」


 次の声に振り向くと、赤髪の少女が10メートルほどあった距離を一気に詰めて俺のすぐ目の前にいた。


「ね、ね! お願い、お話だけでもしましょ! なにをもって間違いだと思っちゃったか分かんないけど、間違いだと思ったのが間違いじゃないかなって思うのっ! おいしいお茶もお菓子も用意してあるからっ! ねっ、アっくん!」


 物理的な距離だけでなく無理やり心の距離も詰めようとしてくる赤髪の少女。

 三人で並んでいると大きく見えたが、間近で見ると俺よりだいぶ背が低かった。

 少女は俺を見上げ、一切有無をいわせない勢いで手首を掴んでくる。


 確かに冒険者ではあるらしいけれど、その細腕や技の切れ味、着慣れた感のある村娘のような服装などからして、とても高位の者とは思えない。

 学院でいえば二年生程度の雰囲気だ。



 空は青く晴れ渡り、遠くから鳥の声が聞こえてくる。 

 穏やかな春の風が頬をなでる。

 庭では相変わらずニワトリが数羽、コッコッコッ――と鳴きながらカッポしている。

 その奥ではヤギがのんびりと草を食んでいる。

 そして――、いつの間にか建物の陰からウシまでもがひょっこり顔をのぞかせていた。


 いきさつを見守るようにしている他の二人の少女のほうへと引かれながら俺は、頭の中で一つだけ確信していた。



(ここ、絶対王都のナンバーワンのクランじゃない――)







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