このクラン、本当に大丈夫!? ~ギルドの手違いで潰れかけクランに登録されました。冒険者学院卒業(※首席)でエリート街道まっしぐら――のはずがまさかの迷子でいばら道!?~
にょもね
第一章
第1話 プロローグ
春の柔らかな陽の光に照らされた学院の広場。
風に乗った祝福の花びらが舞い踊る中、会場には静かな緊張感が漂っていた。
今か今かと待ち構えるみんなの抑えきれない興奮が伝わってくる。
そして――、
「それでは、以上をもちまして――第72期レオラン王立冒険者学院、卒業式を終了します!!」
閉会の言葉に大歓声が鳴り響き、一斉に卒業生たちの帽子が宙へ投げられた。
魔力を込められたその紺色の帽子たちは、青い空へ高く高く舞い上がっていく。
その場で飛び跳ね、喜び合う卒業生たち。
俺――アストラン・フォン=グリムベルク――も、周囲の級友たちと軽く拳をぶつけ合い、人生一度だけの瞬間を味わっていた。
王立冒険者学院は、14歳から入学できる冒険者育成学校だ。
三年間の授業を修めた学院生は、一般の新人冒険者とは違いDランクからのスタートとなり、クランやパーティで即戦力として期待される。
学院は授業料の高さから貴族や裕福な家の者がほとんどであり、卒業後は冒険者にはならず王国騎士団に入団する者、宮廷魔術師見習いになる者なども少なくない。
いずれにせよ、この学院を巣立ち、名声を得た卒業生は数知れなかった――。
「おい、アスト! 結局お前はどうするんだよ!」
背後から声をかけられ振り返る。
立派なローブを祝いの小さな花びらまみれにした同級生の何人かが、落ちて戻ってきた帽子の埃を払いながら、また誇らしげに頭に乗せている。
「俺はやっぱり王都に行くことにした」
聞かれたのは進路のことだ。
自分の帽子はどこに落ちただろうか――と、辺りの地面を見回しながら俺は続けて答えた。
「王都で一番のクランに、入ってみようと思う」
みんなは早々に進路を決めている。
聞いてきた彼は、故郷の街の中堅クランに入団することが内定していて、この後すぐ学院を発つ予定だという。
俺も遅ればせながら、ようやく数日前に進路を決めていた。
「……え、王都トップの、大クランってことか? それ、大丈夫なのか?」
「アストくんがクランで働くとか、ちょっと……想像つかないんだけど……」
「一週間で『俺には合わない』とか言い出して辞めてそう……」
俺の意思表明に級友たちが即座に反応する。
「一週間どころか初日で辞めるだろそれ!」
「学院の授業みたいに遅刻続けてたらダメなんだよ、アストくん。そんなことしたらクビになっちゃうんだよ?」
「でもアストじゃフリーの冒険者でやってくのも……、無理そう……」
「えっと……、君たち? 言い方ひどくない? 首席だよ、俺……」
おかしい。
普通ここは門出を祝う言葉が来るもんだろう。
これじゃあ、まるで俺が社会不適合者みたいじゃないか。
「アストはどう考えたって研究職が向いてるだろ」
「まあそうなんだけどね。学院に残る方向とか考えてたんだけど……」
「アスト、お金使いすぎるから、魔導具研究室の教授いつも悲鳴上げてたよね。『頼むから研究室に残らないでくれ』って言ってたって聞いた……」
「うん。未来ある若者にひどい言いぐさだよな」
「アストの開発した魔導具、すごいのにね……」
「だよな」
「役に立つの少ないけど……」
「……ん?」
研究室に所属した二年生の時、眠っていた高価な素材を次々と実験に投入し、結果的に年間の研究費を一ヶ月で使い切ってしまったのは確かに反省している。
その後は節制に次ぐ節制をして、三年生の時は前年の半分くらいの出費に抑えたんだよ?
なのに、卒業後も残りたいって言ったら蒼白な顔をされ、「アスト、お前がいると研究室が潰れてしまう……」と退室を懇願された。
教授は「お前の案は面白いんだが、もう少し実用的でないとスポンサーが……」とぼやいていた。
「研究はすごいお金がかかるし。後ろ盾がないと難しいんだよね……。アストくんも卒業後は仕送り無くなるって言ってたもんね」
「うん。それ」
本当は研究室にこもって生きていきたいところなんだけど、それはもっと実家が太い人でないと難しいらしい。
うちは貴族としては中流だし、俺はその四男坊だし、まあ無理だよな。
「王都に行くっていえば――、王都の『最優秀冒険者賞』欲しいって前に言ってたよな? もしかしてそれ狙いでトップクラン入ろうとしてるのか?」
級友の一人が言う。
以前、少しだけ将来の話をした時のことを覚えていたみたいだ。
「うん。正確には、その――”副賞”ね」
「副賞って、勲章の他に貰えるおまけだよね……。『高レア武器』とか『エリクサー』とか『貴重な魔導具』とかあるんだよね」
「む、それは確かに欲しくなるな!」
「アストくん、欲しいの魔導具でしょ。すぐ分解してダメにしちゃいそうだけど。ふふ」
「ん、まあ――、ね」
狙っているのはそれではなく――と言いかけた。
貴重な魔導具にも当然惹かれる。
けれど、欲しい副賞は――『聖域探索権利』というものだった。
王国で管理をしている、許可を持たなければたとえSランク冒険者でも入ることが許されない禁忌の森の調査権利。
幼い頃からずっと気になっている、“アレ”に繋がると思われる場所――。
だけど口にしてしまうと目標が遠のいてしまうような気がして、俺は曖昧に流した。
その副賞――最優秀冒険者賞を獲るには、王都のトップクランに入団するのが最も近道になるだろう。
研究のほうで王国に何か認められれば、そちらのルートから『聖域探索権利』がもらえるかもしれないと思ってたんだけどな……。
研究室に残れないのであれば、こっちの案でいくしかない。
まあ、討伐クエストなんかも嫌いじゃないから、それはそれで楽しみなんだけどね。
◇ ◇ ◇
何人かの級友が声をかけては「またな」と去っていく。
大きな荷物を背負って学院を出ていくみんなの姿は、まるで明るく開けた未来への道を歩み始めたかのように見えた。
まばらになっていく広場の卒業生。
俺は人の流れとは逆に、学院のほうを向いた。
卒業式は終えたのだが、新年度が始まる前日までは学院の生徒扱いである。
つまりどういうことかというと、もう授業も無ければ課題も無いけれど学院の施設を自由に使えるという、最高の状況なのである。
「へへへ」
思わず顔が緩む。
大クランに入って忙しくなったら、好きなこと――魔導具の開発とか、魔法の再構築研究とか――をする時間は減ってしまうだろう。
春休みいっぱい残っていたら教授にはまた泣き言を言われそうだけど、これは学院規則にのっとった正当な生徒の権利である。俺、悪くない。
そして、その先のことを考える。
クランに入ってクエストを受けたら、どんな面白い魔物が待っているだろう、どんな不思議な素材が待っているだろう――。
想像で胸がトクトクと高鳴る。
これから自分を待っている無限大の世界を想像しながら、俺は高い空に向けて大きく背伸びをした。
と、視線の先で、魔力を込められ過ぎたらしい誰かの帽子が一つ、いまだにくるくると上空を舞っているのが見えた。
(あー、いるんだよな、毎年一人くらい)
卒業で浮かれて魔力込めすぎて暴走させちゃうやつ。
…………。
……あれ?
そういえば、俺の帽子ってどうしたんだっけ? ん?
改めて見上げると、はぐれ鳥のような帽子は落ちてくるどころか、上空の風の流れを取り込んだかのように急激に加速上昇を始めた――。
あれ!? やっぱり俺の帽子っ!?
俺の風魔法!?
ちょっと改良したの試してみたけど、そんなに出力良くなっちゃってた!?
「あ、バカ! ダメだって! ストップ! ステイ、ステイ!!」
そんなに上行ったら、学院の上空結界にぶつかっちゃうでしょうが!!
また警報が鳴って俺が怒られちゃうでしょうがあああぁっ!!
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