冬眠
5時青い
AIの国と僕
そう遠くはない未来、地球は氷に閉ざされる。
生き残れる生物はほんの一握りだろう。その生存可能生物のリストの中に人間の名前は載っていない。
地球にはもう住めない。人類の大半は地球を去った。
地球に残った人々もいた。それが当人たちが望んだ選択だったのかはもうわからないが。
人類の大半が地球を去った100年後。
AIの国は人工知能が統治する人間の国だ。
人類の失敗。
それは己の豊かさを追求するばかりで自分たちの住む星への影響を軽視したことだ。
木を伐り、水を汚し、資源を掘りつくした。一時の熱と引き換えに舞い上がった排煙は空を灰色に覆った。
地球が取り返しのつかないところまで来ても繁栄への渇望を自制することはできなかった。
これは人類の性(さが)なのだ。
であれば、人類は己の判断で生きていくべきではない。その先に待つのは破滅なのだから。
そのような思想の末、第三者による人類統治構想が組み立てられ、運用されるようになって100年。
統治者として完璧に設計されたAIはマザーと呼ばれる。人々の幸福のため、そしてやせ細り余命幾ばくも無い地球を少しでも延命させるため、今日も人々を導く存在である。
僕はAIの国で生まれ、兵士として適性を見出され、国民および国土を守るため日夜訓練を行っている。
「本日の予定は朝食が6:00から6:30。今日は主人公の好きな焼き魚のフレーバーです。デザートはチョコレート味の焼き合成タンパク。サクサクしていておいしいですよ。身支度が6:30から7:00。昨日は右奥歯の磨きが不足していましたね。しっかり歯の一本一本にブラシを当てることを意識してください。午前勤務は7:30からです。ウォーミングアップのランニング、自重トレーニングを7:30から8:00まで。射撃訓練が8:10から10:40まで。その後全体ミーティングを20分ほど行い11:00から12:00までDOGとの連携訓練を――」
「……うん」
「ちゃんと聞いていますか?」
「……。うん。聞いてるよ。チョコレート楽しみ」
「それはよかったです。ではそろそろベッドから出ましょう。午後からの予定ですが――」
布団を持ち上げて素足を床に伸ばす。ひんやりと冷たい。吐く息が白くなったのは先週からだ。
ベッドの横に侍り今日の予定をよどみなく読み進めるのはDOGと呼ばれるサポートロボットだ。
昔存在していた犬という生き物がモチーフらしい。
四つ足で首と尻尾の代わりマルチタスクアームが伸びている。胴体の上部前方にはホログラム映写機が内臓されており、そこから黒いドレスに白いエプロンを纏った女性の像が投影されている。
彼女の名前はDOG。
彼女曰く、自分の性別は女であり、年齢は僕の5歳上。容姿は人間だった場合の姿だそうだ。もし彼女が人間だったらホログラムのような黒髪のきれいな美人らしい。
服装は何世紀も前に実際あったメイドという職業人が着る仕事着とのことだ。
カーテンはすでに開いている。
「今日もいい天気ですよ」
机の上に用意された訓練着を首のアームでつかみ僕に差し出す。
「さあ、起きてください。朝食まであと5分もありません。食事はしっかり時間を取らなければなりません。よく噛んで食べれば消化によく、栄養の吸収効率が上がります。さらに物を噛むという行為は脳の働きを活発にし一日の活力に繋がり――」
AIの国に住む人間はAIに管理される。
「たまにね……」
ぽつりと口をついて出た言葉。
「はい。なんでしょうか」
DOGが続きを待つ。
「ううん。なんでもない」
言い淀んで飲み込んで、僕は渡された服に袖を通す。
リビングには両親と妹。
「おはよう」
「ああ。おはよう。DOGも」
「おはようございます。お義父様。お義母様。エミも」
DOGの言う父、母のニュアンスが僕と違う気がするのはなぜだろう。
父さんは新聞を読んで合成コーヒーを飲んでいる。母さんは配給BOXから朝食を取り出し皿に並べていく。
二人はマザーにより配偶が決められ結婚した。気性や遺伝、職業などの先天的、後天的様々な要素を考慮するとベストカップルなのだとか。
二人も一目会った時に運命の人だと理解できたそうだ。
そうして生まれた僕たち兄妹は遺伝的疾患もなく五体満足にすくすく育った。
国民は子どもの内に様々な職業資質をテストされ7歳になると将来の職業を決定される。
僕の場合、環境ストレスへの耐性が高く、また高ストレス化の状況の中でも冷静な判断ができた。他に薬物投与時の副反応が軽微であることが評価された。
簡単に言えば心身ともに頑丈なことが強みでありそれを活かせるのは兵士だった。
妹のエミは6歳。来年職業が決まる。エミはお花屋さんになりたいと言っていたが、おそらく全く違う職業になるだろう。
僕も昔は配給食の調理師になりたかったのだ。
両親も子どものころになりたかった職業があったのだろうか。父さんは事務仕事、母さんは缶詰工場でライン作業に就いている。
「たまにね……」
「うん。なにか言ったか?」
「どうしたの?お兄ちゃん。お腹痛い?」
うつむく僕を心配してエミが顔を覗き込んできた。
「ううん。なんでもないよ。大丈夫」
頭をなでるとエミはふにゃりと笑った。
「あなたたちは本当に仲良しね。さ、用意ができたわよ。いただきましょう」
母さんの合図で各々自分の席について手を合わせる。
「今日もマザーの恵みに感謝を。いただきます」
「……いただきます」
たまに。
本当にたまになのだけれど。
「ごちそうさまでした」
心の中で黒いもやもやが広がっていくんだ。
「ほら今日も右奥歯の磨きが足りません。歯一本につき20回は磨くのです。力を入れてはいけません。エナメル質が傷つきます」
僕はどこにいるんだ?そう感じるんだ。
「標的30メートル。拳銃による射撃10発。はじめ!」
日が昇り、日が暮れる。昨日も今日も僕はなにをやっているんだ。
たまに。
本当にたまになのだけれど。
「両手を振り回してすべてを壊してしまいたい」
「なんですか急に?」
置換
主人公=
DOG=
冬眠 5時青い @masa0531
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。冬眠の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます