帰省
成阿 悟
帰省
コロナ禍もあり、帰省するのは三年ぶりだった。
大学生活に追われていたのもあって、実家に帰る機会をなかなか作れなかったことを少し申し訳なく思いながら、僕は大晦日の夜行電車に乗っていた。
車内はさすがに混み合っていて、僕の背負ったリュックが他の乗客に当たらないように気を遣いながら、扉の近くで立っていた。
途中駅で大勢の乗客が降り、車両内はだんだんと落ち着きを取り戻した。
最寄駅が近づくころには、座席もほとんど空いていて、乗客はちらほらとしかいなかった。
車窓には、見慣れた田舎の風景が広がる。
遠くの山は薄く雪化粧しており、夜の静寂がその美しさを一層際立たせている。
懐かしい家路の風景に安堵を覚え、僕は立ち上がり、降りる準備を整えた。
そのときだった。
「……っ!」
「あっ!」
ほぼ同時に僕と誰かの声が重なった。
次の瞬間、視界が一回転し、僕は床に派手に転んでいた。
鈍い音と共に、リュックの中身が少し飛び出しているのが見える。
驚きと痛みで顔をしかめていると、頭上から優しい女性の声がした。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると、そこには心配そうにこちらを覗き込む女性が立っていた。
長い髪が揺れ、柔らかい光に包まれたその表情は、僕の言葉を奪った。
「え、あ、うん、大丈夫……だと思う」
言葉にならない声で返すと、彼女はほっとしたように笑みを浮かべた。
「すみません、私のせいで……」
彼女は少し申し訳なさそうに、自分の足元を見た。
僕がつまずいたのは、彼女の靴だったらしい。
その後、降りるはずの駅を過ぎてしまった僕たちは次の駅まで電車に乗り続けることになった。
車内はほとんど無人だったこともあり、僕たちは自然と並んで座り、会話を始めた。
「偶然ですね。同じ駅で降りるはずだったなんて」
彼女の名前は菜美。
僕と同い年で、大学生らしい。
控えめな笑顔が印象的で、話しているうちに僕の緊張もどこか和らいでいった。
「ごめんなさい、でも本当に痛くなかった? 転び方がちょっと派手だったから……」
「いや、大丈夫。むしろ君の心配そうな顔に癒されてるくらいだし。」
思わず口にしてしまった言葉に、僕はすぐに赤面した。
菜美も少しだけ目を丸くした後、照れたように微笑む。
その笑顔に、僕の鼓動はますます速くなっていった。
電車を降りた後、僕たちはしばらく一緒に歩いた。
外は雪が舞い始めていて、地面にはうっすらと白い薄膜ができつつある。
「ねえ、このままちょっと寄り道しない?」
菜美が提案した。
どうやら駅から少し離れた場所に、彼女のお気に入りの景色があるらしい。
道中、彼女は自分のことを少しずつ話してくれた。
小さい頃のこと、大学での生活、そしてこの冬休みの短い帰省のこと。
菜美の喋り方はちょっと舌足らずで、それも余計可愛かった。
「ここよ」
彼女が示した場所は、小さな神社の鳥居の前だった。
雪化粧した神社の階段を二人で上がり、小さなベンチに腰掛ける。
空を見上げると、満天の星空と降り注ぐ雪が一緒になり、息を呑むほど美しかった。
「ここから星を眺めてると、なんだか懐かしい気持ちになるの……」
やがて僕は、勇気を振り絞って彼女の手をそっと取った。
「菜美……、僕と付き合ってくれませんか?」
彼女は驚いたように僕を見つめた後、少しだけ目を伏せ、静かに首を横に振った。
「ごめんなさい……」
最初から覚悟はしていた。
菜美みたいな可愛い子にカレシがいない訳がない。
それでもやっぱり世界が崩れ落ちるような気がした。
でも彼女の手はまだ僕の手を握りしめたままだった。
「でも、今日はとても楽しかった。ありがとう」
別れ際、彼女は僕の顔を見上げて微笑んだ。
僕は思い切って、彼女を抱きしめた。
その温もりを一瞬でも感じたかった。
そして――キスをした。
最初はただ温かい唇の感触だった――が、彼女の方から舌を絡めてきた。
僕の舌に彼女の舌が激しく絡みつく。
無我夢中で彼女のキスを味わっていると、急激に彼女の身体から力が抜け、地面に崩れ落ちた。
そうして――彼女の舌だったモノは、そのまま僕に寄生した。
帰省 成阿 悟 @Naria_Satoru
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