初めてのことばかり。

秋月一花

ある意味一種の試験?

 とあるレストランの一角。制服姿のわたしと、きれいな格好のお母さん。


 目の前には他校の制服を着ている男の子と、ピシッとしたスーツを着ている男性。


 要するに、お母さんの再婚相手との初顔合わせだ。


「は、初めまして。田所たどころ大和やまとです」


 緊張した面持ちで、頭を下げる男性。その緊張がこちらにも移ったのか、わたしまで緊張してきたけれど、なんとか自己紹介をする。


「初めまして、松本まつもとさつきです」

「さつきちゃん、だね。萌花ほのかさんからよく聞いているよ、家事を手伝ってくれてとてもありがたいって」


 まさかそんなことを話していたとは思わず、びっくりしてお母さんを見ると、照れたようにはにかんでいた。


「……田所はじめ、です」


 わたしと同じくらいか、年上か年下かわからない。ただ、わたしよりも背は高いみたい。


「よろしくお願いします?」


 疑問系になっちゃった。でも、仕方ないよね。


「えっと、わたしは高一なんだけど……」

「中三」


 ……今年度の受験生じゃん! そんな大事なときに再婚の話をして大丈夫なの!?


 わたしの戸惑いを気付いているのか気付いていないのか、お母さんと田所さんはにこやかに話しているし、少年――始くんは大人しくジュースを飲んでいる。


「それで、ね。始くんがさつきと同じ高校を受験する予定だから、勉強を教えたらどうかなって」

「えっと、わたしが教えるの……?」


 今年、高校一年生になったばかりのわたしに頼むかな、普通。


 ちらりと始くんの様子を見ると、ぱちっと視線が合った。でも、すぐにそらされちゃう。


「ダメかしら、始くんとさつきが仲良くなれたらいいなって思って……」


 頬に手を添えてこちらを見るお母さんに、田所さんは困ったように微笑んだ。


「いきなり大きな弟ができるから、さつきさんにも心の準備が必要だよ」

「それもそうね。でも、お母さん、仲良くしてくれると嬉しいな」


 ……うん、田所さんと再婚するのは確定っぽいから、その息子である始くんと仲良くしてほしいと願っているお母さんの気持ちはよーく伝わった。


 でもね、でもねお母さん、わたし、クラスの男子としか話したことないよ……?


 物心がついた頃から母子家庭だったし……血の繋がったお父さんは、わたしがまだ一歳か二歳の頃、病気で亡くなったらしい。それからずっと、お母さんはわたしを育ててくれた。そのことにはとっても感謝しているよ?


 感謝しているんだけどね、なんだか急な展開すぎて混乱しちゃうよ!


「あの、勉強はひとりでできるから、気にしなくていいっスよ」

「でも、ずっと部活をがんばっていたから、勉強のほうは……」


 始くんは肩をすくめてみせたけど、田所さんが心配そうに彼を見た。そうか、部活をがんばっていた子なんだ。


「なんの部活をしていたの?」


 興味がわいてたずねてしまった。始くんは、「……吹奏楽部です」と教えてくれた。そして、どうしてわたしが通っている学校に進学を希望している理由がすとんと理解できた。だって、吹奏楽の強豪校だもん。


「楽器は?」

「トランペット」


 今度聞いてみたいなぁとぼんやり考えつつ、こほんと咳払いをひとつ。


「合格圏内?」

「……ちょっと足りない」


 その顔がすごく悔しそうに見えて、そっか、と心の中でつぶやいた。


「じゃあ、スパルタでいかないとね」

「!」


 弾かれたように顔を上げる始くんに、わたしはいたずらっぽく笑う。


「さつきさん、部活は?」

「わたし、部活に入っていないんです。代わりにバイトしています」


 バイトOKの高校を探して、自分の学力と通学を考えて決めた高校だ。バイトが終わったら、仕事でくたくたになっているお母さんの代わりに、家事をしている。


 掃除、洗濯、料理……身体が大きくなるとともに、いろいろなことができるようになった。


 そう話すと、田所さんは感心したようにわたしを見て、質問してきた。


「得意料理は?」

「玉子焼き。甘いのもしょっぱいのも作れるよ」

「オレ、甘い玉子焼き好き」

「じゃあ、今度作ってあげる」


 始くんはびっくりしたように目を丸くしてわたしを見た。……積極的に声をかけすぎたかな? と不安になっていると、彼は照れくさそうに頬をかいてそっぽを向く。


「ごめんね、こいつ恥ずかしいみたい」

「あ、いえいえ。ぐいぐいいっちゃってごめんね?」

「変なこと言うなよ、親父! あと、別に気にしてない……」


 田所さんがフォローするように手を振ると、始くんは田所さんに反射的に言葉を返し、わたしに対しては小さな声でつぶやいた。反抗期なのかな?


「とりあえず、受験までまだ時間あるし、さつきは始くんの家庭教師として関わっていくのはどう?」


 お母さんがにっこりと微笑みながら、提案した。


 まぁ、いきなり家族に……よりは段階があったほうがありがたい。


 だって急に弟ができました! なんて、心の準備が……。家庭教師として関わることで、それなりに話せるだろうし、ね。


「……本当にいいの?」

「わたしでよければ。ただ、人に教えたことってあんまりないから、下手でも怒らないでね」


 両手を合わせてちらりと始くんを見る。彼は「ん」と短い返事をした。


 たぶん、わたしが家庭教師になることを、了承してくれたんだろう。


 ――お母さんが幸せになれるのなら、わたしもこの人たちと家族になれるようにがんばろう。


 これも一種の試験なのかもしれない、と心の中でつぶやいて、みんなの顔を見渡した。


「それじゃあ、連絡先交換しようか」


 すっとスマホを取り出すと、「わかった」と素直に教えてくれた。田所さんも。


 まずは、得意な教科と苦手な教科を教えてもらうこと、かなぁ。



 ◆◆◆


 それからわたしは、始くんと時間を合わせて勉強を教えた。


 割とスパルタだったけど、始くんはわからないところはわからない、と主張してくれるのでどうやって教えようかと考えを巡らせているうちに、わたし自身の勉強にもなった。理解力を深めるって、こういうことなのかも?


 たくさん勉強して、勉強して……受験が終わったときの始くんの顔は、『やりきった』感があったから、きっと大丈夫。


 ……と、信じて待った発表の日。わたしまでドキドキしながら合格発表の日を待った。


 ぎゅっと手を握って目を閉じ、受かっていますように……! と何度お祈りしたことか。


 スマホが震えてびくっと肩が跳ねた。


 そろりと目を開けて、確認すると――……。


 ピースサインの始くんの姿! すっごくうれしそう!


 良かったぁ、受かったんだ!


 ずっと勉強がんばっていたもんね。これで来年度から始くんは後輩だ。そして、それと同時に弟になる。


「さつき、本当にいいのね?」

「うん、田所さんも始くんも、良い人だと思う」


 勉強を教えているうちに、ふたりと話すようになって、わたしが作った甘い玉子焼きも食べてもらった。始くんはすごく気に入ってくれたみたい。


 家庭教師として田所さんの家にお邪魔するときには、毎回作って持っていった。


 わたしの作る甘い玉子焼きは、焼きたてはおかずとしてちょうどいいしょっぱさが残っているんだけど、冷めると甘みが強くなるもの。


 いつか焼きたても食べたいと話していたので、合格祝いに作っちゃおうかな!


 お母さんと田所さんは話し合って、始くんの入学前に入籍することにしたらしい。


 そして、わたしたちは田所さんの家に引っ越すことになった。高校に近くなるので、そこはとっても嬉しい。


 バイト先にも近いし……なんて便利なところにあるんだ、田所さん家。


 お母さんと一緒に田所さん家にいって、合格祝いパーティーをして……こうしてわたしたち、家族になっていくんだなぁとしみじみ思った。


 なんだかすっごく不思議な感じだけど……せっかく受験という試験に始くんが合格したんだし、これから家族として仲良くなれたらいいな。


 田所さんのことを『おとうさん』って呼べるようになるには……どのくらいの時間がかかるかはわからないけれど……いつかきっと、言える日がくると思う。


 とりあえず、今は始くんの合格祝いとお母さんと田所さんの入籍祝いを考えないとね! バイトがんばっていて良かった! 自由に使えるお金があるって最高!


 来年度からどんな生活になるのか、ワクワクしながら過ごすことになりそうだ。

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初めてのことばかり。 秋月一花 @akiduki1001

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