スプリング・ガール~冴えない浪人生のもとに突如現れた女神~

明石竜 

第1話

「うおおお、きっ、聞いてねぇぞ極方程式と空間ベクトルが出るなんてよ! 頻出は微積と三角関数だろ? おかげで数学ほとんど白紙だぜ。数学の配点でけぇのに」      

 3月12日、大学入試後期試験終了後、俺は帰りの船の中で”心の中”で激しく喚いた。


「おかえり将晴ちゃん、試験どうだった?」

「うるせぇ!」

 俺が家に帰るなり笑顔で問い詰める母親に一喝入れ、俺はすぐさま部屋に閉じ篭った。

「百パー落ちたな。二浪かよ。いや、もう浪人は無理か……」

 俺の父親は俺が生まれる前に既に他界し、俺はずっと母親との2人暮らし。俺んちは農家。特産のオリーブやミカンなど、たくさん収穫しているが家計は苦しく、本来なら大学へは行かずすぐに継いで欲しいとお願いされていた。どうしてもというのなら国公立現役でと言われ、昨年受験に失敗した時には半分脅して浪人させてもらったのだ。きっと母親は今回の俺の失敗を喜んでいるのだろう。

 農業なんて爺婆のする仕事だ。俺はそんなクソみたいな事をやる気なんて全くねえよ。俺の将来の夢はゲームプログラマーなんだ。そのために情報系の学部目指してる。


「くっそ、今後どうすりゃいい」

 過ぎた事は悔やんでも仕方が無い。俺はTVの電源を入れ、続いてゲーム機を起動。 試験が済んだ時の定番、久しぶりのTVゲーム解禁である。

 恥ずかしながら俺が好きなのは美少女が活躍するゲームだ。恋愛シミュレーション、アイドル育成、アクション、RPG……美少女キャラが活躍すればどんなジャンルでも楽しめている。

 なんていうか、この子たちの眩い瞳に見つめられるとその日あった嫌な出来事が全て忘れ去られるのだ。受験勉強中はポスター眺めて代用してた。


「将晴ちゃん、これ食べて元気だし。ウチで今日収穫した美味しいミカンよ」

 プレイしてる最中、ノックもせずいきなり入ってきやがった。

「いらねえよババア、出てけ!」

「はい、はい」

 俺は母親を部屋の外へ、大相撲の決まり手で言うなら送り出した。

「結局置いてきやがって。この種類のは甘過ぎるきん大嫌いじゃのに」

 こんなもん速攻捨ててプレイ再開だ。つーか二浪させてもらおっかな? 俺の言う事何でも聞いてくれるし。

     

                           ◆    

              

 いつの間にか日付も変わり、俺は真っ暗な部屋でゲームに夢中。

「お兄さん……」

「んっ? こんな呼称で呼ぶキャラなんていたっけ?」

「ここです、ここです。助けて下さい」

 よく耳を傾けてみるとテレビ画面からではない。テレビ横のゴミ箱からだ。

 俺は恐る恐る中を覗いてみた。

「うおっ!」

 そこにはなんと一寸法師サイズの幼い女の子が。寝ぼけてるのか俺?

「初めましてお兄さん。私、このミカンから生まれました。自力で外に出ましたよ」

「……桃太郎のミカン版かよ? ってか桃太郎ならお隣岡山だぜ。香川は浦島太郎だ」

 いや、突っ込むとこはそこじゃねぇが。事実、何の変哲も無いミカンの中から女の子が出て来たのだ。とりあえず素性を明かしてみよう。

「君、名前は? いくつ?」

「名はございませぬがお年は8歳です。実が結ばれるまでは木の中でじっと篭っておりました」

「そういや8年前っていうと、俺がゲームにのめり込み始めた頃だ。懐かしいな」

「その頃です。徐々に落魄れてゆくお兄さんの醜態を見るに見兼ねたお兄さんのお母さんがお兄さんのためにミカンの種を一生懸命研究し改良し私の素を作ってくれたのです。来る日も来る日も枯らさぬよう真心込めて育ててくれた。私のようなかわいい女の子が果実から出て来るとお兄さんが農業に関心を持ってくれると信じて……」

 女の子は母親の影でのいろんな努力話を長々と聞かせてくれた。

「そっ、そんなに俺の事……」

「お兄さん、この事知らずにお母さんに無礼な態度とり過ぎですよ! ババア呼ばわりしちゃ”めっ!”なのです」

「俺は今まで何て悪い事を……俺、気が変わったよ」

 

 

 その日の朝。

「バッ……母ちゃん。俺、農家継ぐよ」

「まっ、将晴ちゃん……」

 母親は涙を流して喜んでくれた。


「私も野良仕事一緒にお手伝いしますよ」

「ありがと!」

「うふふ、将晴ちゃんったら誰とお話してるのかしら? よくあることだけど」

 この子の姿は母親には見えず声も聞こえていないようだ。

 それから約十日後、予想通り不合格通知が届いた。これでいいのだ。

 

 この子の名前は、ここ小豆島特産ミカンの品種名”スイートスプリング”から生まれた女の子なので『スイートスプリング・ガール』と俺が名付けた。単純だが桃太郎もそんな感じの名付け方だろ?


「ちょっとお兄さん、鍬を持つ時へっぴり腰じゃないですか! 真面目に畑耕す気あるのですか?」

「分かったよ。次から気をつけるよ」

 性格は名前のように甘くはなく、厳しい事ばかり言う子だが、俺にとってゲームの

美少女キャラ達と共に最高の推しキャラなのだ。

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