第2話 2月半ばのある日

 二月半ばの高校はとても寒い。コンクリート製の校舎から放たれる冷気が私たち生徒に襲い掛かる。教室中を覆っている冷気を耐えながら過ごす昼休み。私はスマホを見るくらいしかやることがない。スマホでトイッターを見ていたら突如として推し作家の向日葵先生がサイン会を開くという告知が流れてきた。どうやら最新作『桜が散るころにはあなたがいない』の発売を記念したイベントらしい。場所は家からそれ程離れていない大型書店。参加条件は向日葵先生の著書を対象期間内に買うこと。開催日は二週間後の土曜日。

「神保さん、何をみているの?」

 クラスメイトの麻衣さんから声をかけられた。麻衣さんはクラスの中では人気者の方であるがなぜか目立っていない私のことを気に掛けてくれている。綺麗なストレートの黒髪に適度に着崩した制服。しかも誰が見ても美人と思う美貌を持っていた。対して(対するのも無礼な気がしてしまうが)私は、何の変哲もない髪の毛にかっちりと着た制服。顔は何の特徴もない。だからこそ彼女と関わっているのが何だか申し訳ないと少し思ってしまう。

「今度、向日葵先生がサイン会をするみたい……」

「向日葵先生って、神保さんが推している小説家さん?」

「そう」

「そうなんだ! その小説家さんってよくサイン会をするの?」

「いや、初めてだと思う」

 そうなのだ。向日葵先生がサイン会をするのはおそらく初めてなのだ。また、先生が表に出たこともないので、これが初めての公の場になると思われる。

「ほうほう。それで行くの?」

 麻衣さんから尋ねられた。答えは決まっている。

「もちろん、行く」

「じゃあ、楽しんできてね!」

「あ、ありがとう!」

 にっこりした麻里さんはすぐに他の人に呼ばれて私のそばを離れた。すると、教室の窓際の席に座っていた隆也と目が合った。隆也は左手でノートを押さえ、右手にペンを持っている。隆也は私に気づいたようでノートを閉じて立ち上がりこっちに近づいてきた。少しぼさっとした髪に中性的な顔立ち。つぶらな瞳が特徴的な私の幼馴染。隆也は明るい声で私に聞いてきた。

「加納さんと何を話していたの?」

 加納さんとは麻里さんのことである。どうやら話している様子を見ていたらしい。彼のこういうところが気に入らない。

「内緒」

「ええ、そんな」

「そんなって言われたって言いません」

「うーん。そうか」

 隆也は少しうなだれる仕草をする。彼は所作が少し映画でよくあるオーバーな演技じみているのだ。彼は姿勢を戻すと何かを思い出したように明るい顔に戻った。

「そういえば、二週間後の土曜日に来て欲しい場所があるんだけど……」

「行きません。その日は予定があるから」

 その日は向日葵先生のサイン会だ。幼馴染よりも推し作家。隆也よりも向日葵先生である。

「そ、そこをなんとか……」

「だめなものはだめ」

「しょ、ショック……」

 隆也はまたうなだれた様子で私のそばを離れた。どうやら彼は本当にショックを受けた様子だった。なんだか申し訳なくなる。すまない、隆也。だが、私には向日葵先生の方が大事なのだ。行くぞ、向日葵先生のサイン会へ!

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原稿を読ませないで!〜大好きな作家は幼馴染でした〜 石嶋一文 @Yu_Ishizima

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