3 .終



 あっというまに一週間が過ぎ、クリスマスイブがやってきた。あれから三田くんとは会えていない。今日は土曜日で学校は休みだ。僕はどうしようか考えていた。今日の深夜零時、三田くんは屋上で待っていると言っていた。もし学校に忍び込んだことがばれたら先生も親も大激怒間違いなしだ。《いい子》どころか完全に《悪い子》である。部屋で怖気づいているうちに、時計の針が十一時半を指した。あと三十分で日付が変わる。クリスマスがやってくる。約束の時刻が迫る。約束? これは約束なのか? 僕は行くとは言っていない。でも、三田くんはきっと待っている。僕が来るのを。星空の下、白い息を吐きながら一人佇む彼の姿を想像する。ふと窓を見ると、雪が降り始めていた。


『――君は、優しい人だね』


 気づけば僕はコートを羽織って家を飛び出していた。

 夢を見たいがために三田くんをサンタクロースだと決めつけて近づいたのは僕だ。そのせいで彼が屋上で凍えるようなことになっては寝覚めが悪い。罪悪感に苛まれるのが嫌だった。それだけじゃない。優しいと言ってくれた彼の言葉を裏切りたくなかったのだ。家から学校までは歩いて三十分程。屋上までいくことを考えたら急いだほうがいいだろう。僕は雪の染み入るアスファルトの上を滑って転ばないよう注意しながら速足で駆けた。校門は締まっていたが侵入は容易だった。裏門へと回り、塀の凹凸を利用してよじ登る。中へ飛び降りてそのまま下駄箱のある正面入り口へ向かう。普通なら鍵がかかっているはずだが、なぜか開いていた。三田くんの仕業だろうか。校舎に入り階段を上がっていく、屋上へ着くころには少し息も切れて体もあったまっていた。鍵が開いている。三田くんがいると確信した。扉を開け屋上に出る。そこにはよく見るサンタの恰好をした人物がいた。真っ赤な厚手の服と帽子。生地の端を沿うように白いファーがあしらわれている。彼がこちらに気づいて振り向く。三田くんだった。


「やぁ、きたね」

「どうしたのその恰好?」

「そりゃ、サンタさんに決まってるじゃないか」

「いや、それはわかるけど……コスプレ?」

「はは。僕がサンタだって言ったのは君じゃないか。信じているんだろう?」

「確かに言ったけどこれは流石に……」


 三田くんが指笛を鳴らす。するとどこからかしゃんしゃんと鈴のなる音が聞こえてきた。


 それは、目を疑うような光景だった。


 夜空を駆けながら現れたのは。大きなソリを引いたトナカイだった。

 トナカイは軽やかに屋上の周りを一周すると、僕と三田くんの間に着地した。御伽噺の世界にでも迷いこんだ気分だ。戸惑う僕をよそに三田くんはよいしょとソリに乗ると、たずなを握って言った。


「それじゃ、行こうか」

「行くってどこに?」

「決まっているだろう? プレゼントを配りにさ」

「え、いや、これっていったい……」

「ほら、時間が無くなっちゃうよ。はやく!」


 三田くんは愉快そうに笑った。こんな顔もできるんだと思った。鼓動が高鳴る。僕は覚悟を決めてソリに乗りこみ、三田くんの隣に座った。トナカイが走り出す。銀の粒子をまき散らしながら宙を駆ける。月が近い。街の明かりと雪のきらめきが混ざり合う。僕がその景色を余すとこなく目に焼き付けていると、三田くんが大声で言った。

 

「範野くん、プレゼントを!」

「どうすればいいの?」

「後ろの袋を開けるんだ!」


 ソリの荷台には大きな白い袋が積まれていた。僕は言われた通り袋の口を縛る紐をゆるめる。すると、袋の中から勝手に中身が出てきて次々とどこかへ飛んで行った。どうなっているのかは分からないが、まるでプレゼントが意思を持ってあるべき場所へと向かったように僕には見えた。


「すごい……! やっぱり、三田くんはサンタさんだったんだね!」

「驚いた?」

「そりゃ驚くよ! サンタさんは本当にいたんだ!」

「いるよ。君が忘れないでいてくれる限り、ずっとね」

「なにそれ! 意味わかんない! わかんないけど! 最高!」


 もう細かいことなんてどうでもいい。今は目の前の奇跡を堪能することでいっぱいいっぱいだった。三田くんが少し申し訳なさそうな顔をした。


「残念だけど、範野くんへのプレゼントはないんだ。ごめんね」

「いいんだ。こんな体験ができただけで満足だよ。最高のプレゼントさ! ありがとう!」

「そっか。ならよかった」


 そう微笑む三田くんの表情は、どこか寂しそうに見えた。

 しばらく夜空を旅して、学校の屋上へと戻ってくる。ソリから降りると、トナカイはどこかへと消えていった。幻想は終わりを迎え、名残惜しさが胸を包む。


「今のって、夢じゃないよね?」

「どうだろうね。誰にも内緒だよ?」

「もちろん! 言っても絶対信じてくれないよ」

「ははっ、確かにそうだね」


 その顔を見て、悟った。夢が夢であるために必要なこと。誰にも信じてもらえない存在の寂しさを。どんなに素敵なものでも、誰とも共有できないのはきっと悲しい。だから三田くんは、僕を誘ってくれたんじゃないだろうか。同じ景色を見て欲しくて。でもどうして、僕だったんだろう? 

 その時、ポケットのスマホが鳴った。見ると母さんからだった。どうやら深夜に抜け出したのがバレたらしい。


「ごめん。もう帰らないと」

「ああ」

「今日は本当にありがとう! 素敵な体験だったよ。また学校でね!」

「……うん。じゃあね」


 僕は急いで自宅へと帰った。母さんにどこ行ってたのかと聞かれたが、適当に友達のうちと言ってごまかした。

 そういえば、三田くんに学校へ来てない理由を聞くのを忘れてた。まぁ、次会った時でいいか。そして、僕は今日あったことを思い返しながら眠りについたのだった。



 X X X X



 あれから、三田くんには会えていない。先生は家庭の事情による急な転校だと言っていたが、実際のところは分からない。僕はそのまま高校を卒業し、大学、就職と平々凡々な人生を送っていた。

 三田くんは今でも、サンタクロースとして子供たちにプレゼントを配り続けているのだろうか。もしそうだとしたら、僕だけは忘れないでいよう。信じ続けていよう。あの日見た景色は、決して夢なんかではなかったのだと。


 今年もまた、クリスマスがやってきた。


 きっと今日もこの夜空のどこかで、ジングルベルが鳴っている――







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隣の席の三田くんは、もしかするとサンタクロースかもしれない 神宮 筮 @mayo9029

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