魔術指南 Ⅰ

流水の剣ウォーターソード!!」


 大剣をかたどった水流が奔る。

 物凄い衝突音。

 鎧型の金属製の的を見れば、見事にひしゃげていた。


「どうですか師匠!私の新しい魔術です!」


 オルミルフ邸から少し離れた草原地帯。

 オルミルフ家は地方貴族とはいえ子爵家。そのお膝元であるからオルミルフ邸の南にしばらく行くと町があるのだが、結局は地方貴族であるので北には森と草原が広がっている。

 周囲に何もない私有地であり、魔術指南にはもってこいの場所だ。オルミルフ家の歴々も子供の頃はここで剣術や魔術(というかもっぱら剣)の稽古をつけてもらっていたそうだ。

 草原にポツンと立てられた杭に的をくくり、そこに向かって魔術を放つ、というのがここ最近の稽古。

 今さっきは力任せに魔術を打ったが、的を狙う精度を鍛えたりするのにも使っている。

 さて今回の的は今やスクラップとなってしまった。というか私がやった。やってやったぜ。

 私はドヤ顔で、興奮しながら魔術の師匠を見た。


「どうです?師匠」

「うーん…良いですね。そしてとても悪いですね…」

「あれ?」


 私の魔術の師匠は、オルミルフ騎士団の魔術師をしている女性だった。かなり頭が良く、魔術師としても腕が良いらしい。平民出身なのだが、実力主義で身分を気にしない父に拾われて私兵団に入った人だ。父の私兵団であるオルミルフ騎士団には割とそんな人がいる。

 そしてそんな師匠の反応は思ったよりも薄かった。まあ普段からダウナーというか気力があまりなさそうではあるけれど。


「師匠。私の魔術、どこか駄目でしたか?」

「そうですね…。その前に、そもそもネロお嬢様はどうして先ほどの魔術を?」

「先週師匠の仰った私の弱点を、私なりに克服しようとした結果です」


 落雷以前からそうであったように、私は5日に1回のペースで師匠から魔術の指南を受けている。

 私は毎日でもお願いしたいのだが、師匠はあくまで騎士団が本業で、私の指南をするのは副業だ。

 …そもそも私自身も貴族の令嬢であり魔術以外の教育を受けたり、訪ねてきた幼馴染の相手をしたりと、毎日好きなだけ魔術に取り組めはしないのだが。

 そういう訳で、5日に1日指南を受け、残りの空き時間で与えられた課題に取り組んだり自主的に稽古したり、というのが私の魔術習得のルーチンだった。


「では先週の復習からしましょう。ネロお嬢様の魔術師としての強みはなんでしたか?」 

「私の強みは、体内魔力の多さと、魔術の出力の安定性の高さと、水属性の魔術が得意なことです」

「では弱みは?」

「水属性しか得意ではないことです。水属性は利便性は高いですが、攻撃に使うのが難しく、攻撃力を上げるにはどうしても水の体積に頼らざるを得ません。そして水の体積に頼った魔術は周囲を巻き込みやすく、使える場所も限定されます」

「100点の回答です。水属性魔術についてよく勉強してきましたね。それでその弱点を克服するのが先ほどの魔術ですか?」

「剣術の稽古中に閃きました。今までは水をそのまま叩きつけたり押し流したりして攻撃しようとしていましたが、剣にして斬りつけたら良いのではと」

「良い着眼点です。形以外にも工夫がありますね?」

「はい。私かしたいのは“斬る”という行為なので、水そのものというより水流を剣にするイメージにして切れ味を上げました」


 私が説明するごとに頷く師匠。


「問題の本質を見定め、解決へのアイデアを出せています。アイデアの具体化も上手で素晴らしいですね」

「えへへ」

「ただし問題が大きく2つあります」


 師匠の落ち着いた口調は変わっていないが、私は少しだけ身構える。師匠は多少厳しくなっても欠点ははっきり言うという方針を取っているからだ。


「1つ目は…実際に試してみましょう」


 師匠は魔術を使うと、草原に岩石柱を出現させた。柱は私の体より一回り太く、高さは私の倍ほど。


「あの柱は先ほど的にしていた鎧の3倍は丈夫です。あれを同じ魔術で壊してみましょうか」

「わかりました」


 私は返事をすると、柱から数メートル離れた位置に立つ。

 小杖ワンドを構えて、目標の柱を見据える。

 目を閉じて深呼吸する。

 あの柱を剣閃が壊すイメージを描く。それを水を使って再現する。

 3倍硬いのか。となるとさっきと同じ威力では駄目だ。


 より鋭く、より速く。より力強く。

 息を吸う。

 全身の魔力が迸る。

 目を開け、真っ直ぐに杖を向ける。


流水の剣ウォーターソードッッ!!」


 刹那、現れた水の巨剣が閃く。

 先ほどよりも鋭く大きな音がして、水が弾けた後には柱がほとんどなくなっていた。


「おー」

「師匠!!やりましたよ!!」

「…では確認ですが」


 一瞬感心したかに見えた師匠だが、いや実際感心はしているのかもしれないが、その物言いは私の不安を掻き立てた。あれ、何か間違えたのだろうか。

「今、お嬢様は何をしましたか?」

「えっと…。師匠がとても硬い的を用意して、私の魔術がそれを粉々にしました」

「そうですね。単純計算、今の魔術は先ほどの3倍の威力でしょう。ではお嬢様は、3倍の威力を出す過程で何をしましたか?」

「魔術の出力を上げました。具体的には、より形を鋭く、流れを速くして、何より────あ!」


 そこで私は気付いた。


「私はさっきより多くの水で大きな剣を生成しました…」

「気付きましたか。ネロお嬢様は、水の体積に頼らない魔術の威力を上げる為に水の体積を増やしてしまった訳です。これを世間では本末転倒と言います」


 師匠の言う通りだ。

 しかし水の量を増やさなければさっきの石柱は破壊できなかった。大剣の形状や水流の速さの調整では、出力に限界があるのだ。


「…こればかりはさっぱりです。私はどうすれば良かったでしょうか?それとも次までの課題ですか?」

「課題でもいいのですが、私から答えを言いましょう」


 師匠がさて、なんて前置いて咳払いをするので、私も姿勢を正す。


「はっきり言ってしまいましょう。使う水の体積を増やさずに先ほどの柱を破壊するのは、多分無理ですね」

「…え?」

「もう一度言いましょうか?無理です」

「そ、そんな殺生な…」


 師匠の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。では流水の剣の威力はあれ以上強化できないのだろうか。


「ではどうやって威力を上げよう、と考えていますね?まさにそれが2つ目の問題です」


 私は思っていたことを当てられてドキリとした。


「ネロお嬢様は水属性に囚われすぎなのです。先ほどの柱も、それこそ火球の魔術であればもっと規模が小さくても破壊できますよね」

「しかし…私の火属性の魔術は未熟で、あの柱を壊すほどの火力は出せません」

「勿論今すぐは無理でしょう。しかし今から他の属性の魔術も磨いていけばいいのです。火や風の魔術だって充分伸びしろはあると思いますよ」

「むう…」

「お嬢様は出来ないことから目を逸らそうとする悪癖があります。剣術も、水以外の属性魔術からも完全に逃げはしていませんが、水属性の魔術ほど真摯に向き合えていないのではありませんか?」


 師匠の説明はひどく合理的で正しいのだが、正直納得できていない。

 結局私はまだ子供なのだ。前世の記憶こそあるが、精神は肉体に引っ張られている。

 しかし私は指南を受けている立場で我儘を言うのは間違っている。不満は無理やり飲み込む。


「…師匠の、言う通りです」


 師匠が微笑みかける。


「お嬢様は焦りすぎなのです。時間をかけてやれることを増やしていけばいいのですよ」

「やはりそれしか、ないんですね」


 私が人生で初めて魔術に足踏みを感じた瞬間だった。

 もっとも、今までが駆け足で進みすぎていただけなのかもしれないが。


「安心して下さい。お嬢様は充分天才です。私はたった12歳で自己流の魔術を生み出した人間は他に知りませんし、あの規模の水魔術の威力としては歴史で一番でしょう。しかしお嬢様の何よりも凄い部分は、魔術の才能ではなく問題解決能力や工夫のアイデアで────」

「わ、わかったから!もう結構ですっ!!」


 師匠が慰めなのか沢山褒めてくれるのだが、どれも本気で言っているのが伝わるので私は段々恥ずかしくなってきて中断させてしまった。

 勿論嬉しくはあるのだが。

 私は深呼吸して落ち着きを取り戻す。

「では師匠、今日からは主に水属性以外の魔術を鍛えることにします」

「そうしましょう。次の指南はお嬢様の苦手な土属性を中心にやります」

「う、…。わかりました」


 さて土魔術だ、と思っていると、こちらに人影が近付いてくるのが見えた。


「やあ、ネロに師匠」

「ロル兄様」

「ロルディ様、ご機嫌よう」


 ロルディ・オルミルフ。兄だ。

 私より4つ上の16歳で、母譲りの金髪と父譲りの翡翠色の目を持つ美男子。

 剣、魔術、学となんでもできる完璧超人なのだが、自信家で少しばかり高慢だ。

 今年になって半年ほど全寮制の王国立剣術学校に通っていたのだが、「つまらん」と帰ってきてしまった。

 それ以降は形式上オルミルフ騎士団に所属しているが、実際は王都に行って何かしていたり部屋に籠もって書を読み耽ったり…何をしているのかよくわからない。

 正直私はこの兄は前世でいうところのニートだと思っている。才能の無駄遣いだ。

 ロル兄とは距離感が難しいというか私が勝手に気まずく感じており、私から近づくことはしない。

 (ニートのクセに)1ヶ月間家にいなかったり逆に部屋に引き籠もっていたりするので会話がない期間が続いたりもするが、話しかけられたら普通に会話はするし、仲が悪くはないのだが。昔はいつもくっついていたし。

 ちなみにロル兄は次男で、上にもう1人兄がいる。


 草原に現れたロル兄は軽装で、腰に剣を帯びていた。


「剣の鍛錬をしていたのだが、大きな音が聞こえたのでな。またネロが魔術の才能を爆発させたのかと思い至り、一区切りついたので見にきたのだ」

「ええもう、それは凄かったですよ。今回は魔術を創作なさいました────お嬢様、どうせならロルディ様にもお披露目されてはいかがですか?」

「師匠!?師匠私の魔術にダメ出ししてましたよね!!?」


 何故かノリノリな師匠に乗せられて私は流水の剣ウォーターソードを兄に披露した。ヤケクソ気味に放った大剣は本日2本目の岩石柱を粉々にした。

 ロル兄は魔術においても天才で、そんな人から見たらこんなもの児戯だろう。師匠が自慢げにしているのが私にはたまらなく恥ずかしかった。


「火や風は拡散してしまって剣の形を保てず、土では逆に脆くなる。剣を再現するのは流水のみに許された特権だろう。ネロ。やはりお前は天才だ。」


 しかしこの兄は真面目な顔でこんなことを言う。


「に、兄様ほどでは…」

「いいや。このような水の使い方は俺が100年頭を捻ったとて出てこない」


 それはその必要がないからだ。この兄であれば水の剣なんて考えなくても高威力の火球が打てる。


「コンパクトで威力の出る水の魔術としてはネロの創ったものが最適解だろう。剣の形なのも我々には馴染があって良い」

「でも…コンパクトにしようとすると威力が出なくて実用性に欠けます」

「ふむ…」


 反論は師匠からの受け売りではあるが、兄は考え込む様子を見せた。


「水の体積以外────形状や水流に注目した着眼点は間違っていないだろう。俺の計算では、水の形状や流れだけだろうと、極めればそれこそ直剣ほどの大きさでも実用レベルになり得るはずだ。次は風属性の魔術を鍛えると良いだろうな」

「風属性ですか?」

「風の魔術は速度や形状のコントロールを最も必要とするからな。ネロが風魔術をマスターしたあかつきには、流水の剣は全世界に知られる魔術になることになるだろう。そしてお前は天才だ。すぐできる」

「なるほど…。あ、ありがとうございます、兄様」

「可愛い妹の為だ。礼には及ばん」


 謎のベタ褒めはともかく…風魔術を鍛えた方が良い、という意見は参考になった。


「ロルディ様は流石ですね。私は一旦諦めてもらおうとしてしまいました」

「それは師匠が現実的なだけだろう。しかし俺はネロの可能性を、ネロがこの世に生み出した魔術を信じてみたいからな」

「素敵ですね」


 ロル兄の魔術の師匠もこの師匠だから、ロル兄も師匠を師匠と呼んでいる。…ややこしいな!


「魔術指南もそろそろ一区切りだろう。俺はこの後お茶にしようと思うのだが、ネロと師匠は一緒にどうだ?」

「申し訳ありません。私はこの後は予定がございますので、ネロお嬢様とロルディ様でお楽しみ下さい」


 師匠!?

 咄嗟に師匠を見ると、バッチリとウィンクをしてきた。なんだそのウィンクは!!!!逃げるなぁ!!


「では…一区切りついたら向かいます」

「ああ。中庭で待っているぞ」


 ロル兄はヒラリと手を振ると去っていった。


「師匠!なんてことしてくれてるんですか!」

「良いじゃないですか。お嬢様とロルディ様、仲良いですし。お茶に私がいる時のお嬢様会話全投げしてあまり喋りませんし」

「それは…」


 ロル兄は、端的に言ってしまえばシスコンだ。

 タチが悪いことに、心の底から私のことを世界一可愛くて、世界一の天才で、世界一美しいと思っている。

 そんな兄のことは嫌いではないけれど、正直接し難い。

 だと言うのに、師匠はそれを分かっていて2人きりにさせたのだ。もっと仲良くなってほしいとか思っているのかもしれないが、余計なお世話である。


「では今日の指南はここまでにしましょう。楽しんでらっしゃいませ〜」

「勘弁して下さい師匠〜〜〜!!」


 ということで私は魔術で軽い水浴びをした後に着替え、中庭に向かわなければいけなくなった。


 中庭で待っていたのはロル兄1人ではなかった。


「お疲れ様、ネロ」

「ミナス兄様もお疲れ様です」


 ミナス・オルミルフ。オルミルフ家の長男だ。

 歳は私より6つ上。真面目で、父の政務の手伝いをしている。

 明るい茶髪と翡翠色の瞳は父譲りのものだが、気性が穏やかで、剣術よりも政治や学問が好きなタイプ。

 剣術がそれほど得意ではないらしく、私は親近感を抱いている。

 ちなみにロル兄は同じ血を継いだ兄妹なのに、超人的すぎて私にとって親近感とは一番遠い人である。

 私が空いている席に座ると、ロル兄、ミナス兄と3人でテーブルを囲ってちょっとした茶会になる。


「ミナス兄様を廊下で見かけてな。一緒にどうかと誘ったのだ」

「兄弟3人でお茶なんて暫くしていなかった気がしてね」

「確かにそうですね。いつぶりでしょうか」

「3人だけでとなるとここ最近ではないんじゃないかな。…ロルディが剣術学校を辞めて帰ってきた時かな?」

「いや、その後にもう一度あっただろう。ネロの誕生日の前だ」

「う、…その時の話はもうしないで下さいねー…」

「うん?これからするところじゃないか」

「ちょっとミナス兄様?」

「その通りだ。いや、あのネロはそれはもう可愛かったな…」

「ほら!!ロル兄様が便乗するじゃないですか!」

「いやぁ僕は悪くないんじゃないかな?」

「こっちは思い出すだけで恥ずかしいですよ!!!」


 そんな感じで始まった茶会は沢山の会話があって。

 なんやかんや、穏やかで楽しい時間が流れていく。

 結局、私は兄達が好きなんだろう。

 昔話で始まった話題は過去から現在に追いついてきて、やがて私の魔術についてになった。ロル兄がさっきの師匠よろしくミナス兄に「ネロが新しい魔術を創った」と自慢げに語ったのだ。


「ネロは魔術のことになるととても楽しそうだよね」

「私は魔術が好きですから」

「しかも最近は特に熱が入っているようだな」

「私は魔術が好きですから」

「あれ?ネロ壊れた?」


 魔術のことは、以前から好きだった。

 私が魔術が得意だったからだ。

 他の習い事に比べて才能のある魔術は実力が目に見えて伸びていくのが楽しかったし、得意なことをすると家族や師匠に褒めてもらえるのが嬉しかった。

 将来は沢山の人に褒めてもらえるような魔術師になりたい、なんて夢も持っていた。


 落雷の日、前世の記憶が戻ってからは、魔術そのものが好きになった。

 この世界における魔術とはイメージの具現化であり、極論イメージさえできればどんな事象も実現することができる。

 言わずもがな、制約は存在する。

 一番大きな制約は、抽象的なイメージが魔術として行使できないというものだ。

 生まれた時から身の回りにあり触れてきた水や火は魔術として使える一方で、前世の知識として存在は知っているだけの核融合爆発なんかは魔術として行使できない。仮にただの爆発だったとしても、実体験として爆発を目の当たりにしたこともない私には不可能だ。燃え盛る火の魔術の威力を上げることはできるが、それはどこまでいっても火であり、爆発の魔術にはならない。

 魔術に水や風といった自然現象が多いのは、それが人間にとって身近なものだからだ。普段から触れるものほど具体的なイメージが可能なのは言うまでもない。

 鎖を実体化させる為に鎖を触り続けるのと大体同じである。

 思い返せばゲームだったエルダー・ワールドにおいて魔術の習得条件の中に「イベントを通してその魔術と同じ現象を体験する」というものがあったのは、魔術学的に合理的だったのだ。

 あれは実体験を通してイメージが湧くようになったから使えるようになっていたのである。


 話が逸れた。ともかく、制約こそあれど、イメージさえできればあるいはどんな夢さえも叶えられるんじゃないかというワクワクは、私が魔術を好きになる理由には充分だった。


「私は魔術が好きです。可能ならば、将来は魔術師になりたいです」

「良い夢だと思う。僕は応援するよ」

「俺もだ。『可能ならば』なんて考える必要はない。ネロ、お前は天才なのだ。やりたいことを全力で為せば、この世界の全てが答えてくれるだろう」

「兄様方…私頑張ります」


 温かい雰囲気になったところで、お茶会は解散になった。


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