転生してました。

二 一卜

私、転生してました Ⅰ


ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


    熱い!!    熱い!


  ああああああああああ!!  熱い!!!!


     あつい!! 熱い!!!!!!



   ────────あ




  ☇


「私、転生してました…」


 ネロ・オルミルフは、つまり私は目を覚ますなり呟いた。

 そんな声を聞いてか、お嬢様が目を覚まされたぞ!と途端に騒がしくなる部屋の中。

 使用人の1人が慌てて出ていくと、しばらくして両親が駆けつけた。


「これはお父様にお母様。おはようございグヘッ────」

「ネロぉ!!大丈夫か!!?」


 相変わらずの大きな声で父が問う。いつも剛胆な父が不安そうにしているのは珍しい。


「大丈夫も何も…。申し訳ありません、記憶が混乱しているようです。私に何かあったのですか?」


 話を聞くと、どうやら私は数日前に雷に打たれて寝たきりになっていたらしい。

 体温や脈は正常なのに目を覚まさない状態が続き、両親は私が二度と目を覚まさないのではと心配していたという。

 父はマシな方で、心配性な母の気苦労は想像してあまりある。実際、母は部屋に入ってくるなり私に抱きついたままである。


「…お母様。そろそろ離れて下さい。苦しいです」


 母がビクりと跳ねたかと思うと慌てて離れた。


「く、苦しいの!!?」

「あ、いえ。身体はすこぶる元気ですよ。私、本当に雷に打たれたんですか?」

「びっくりさせないでよ〜〜〜!」

「はいはい、私は大丈夫ですからね。すーぐ私に抱きつかないで下さいねー」 

「ネロちゃんお願い〜〜もうちょっとだけ〜〜」


 母の目が腫れていたので、私は2度目の長いハグを受け入れた。

 母による軽い診察が終わると、「念の為に安静にしておく」と言ってようやく部屋に1人にしてもらった。部屋の外に侍女はいるが。


すこぶる元気なんですけどね」


 正直、心はちょっと混乱してます。

 我ながらよくいつも通り振る舞えたものだと感心する。あるいは、不測の事態にいつも通りの行動しか取れなかったのかもしれないが。


 ベッドから出ると、姿見の前に立つ。

 映るのは見慣れた姿だ。

 ネロ・オルミルフ、12歳。オルミルフ子爵家の長女。

 頼れる父とやたら甘やかしてくる母、2人の兄の下に生まれた末っ子。

 それが私のはずだ。

 だけど────今の私は、私の中にがいるのを自覚していた。


 前世の記憶なのだろう。

 俺はどこにでもいるような社畜の男だったと思う。

 沢山働いて、そしてその分の給料を貰って。

 恋人はおらず、趣味らしい趣味もない。

 たまの休日は昼過ぎまで寝て、それから学生時代の友人と飲みに行くか、都合が合わなければ家で流行りのゲームをする。

 味気がないと感じてしまうのは、ネロとして生きてきた12年が恵まれていたからだろう。俺の人生は、それなりに幸せだったと思う。


 幸いにもの人格が破綻したりすることはなかった。

 不思議と、既にが両方自分であることに納得がいくのだ。

 幼い頃から利口だと言われて育ったが、精神がある程度成熟していたと考えれば説明がつく。今まで記憶に封をしていたのも、あまりに大きな記憶から幼い脳を守る為なのかもしれない。

 雷のショックで記憶の封が解かれ、そして膨大な記憶の処理で寝込んだのではないだろうか。

 そんな仮説も立てた。根拠のないただの想像だが。


 ここまできて私、ないし俺はようやく異世界転生ライフのスタートラインに立った。

 異世界転生。

 前世の記憶を持ったまま、剣と魔法の異世界で新たな人生を始めること。

 そして私の場合も例に漏れず、前世の記憶が役に立ちそうだった。

 私だけが知る世界の秘密やこれから起こるであろう歴史の知識を使って「俺つえー!」するのだ。

 その為に私はの記憶の整理と、この世界についての情報収集をしなければならない。

 異世界転生、始めるだけで大変なんだな。突然溢れた記憶の膨大さを実感し、そんなことを思った。


 ついでに今後一人称に関しては内心でも基本「私」で貫こうと決めた。咄嗟の時や焦った時に「俺」と口にしてしまわないように。そして前世の自分を指して俺とすることにする。


「にしても…」


 私は、改めて姿見に映る自分を見る。

 顔はそこそこ良い。というか前世の記憶を持った今ならはっきりわかるが、この世界の人間は大概顔が良い。生まれもあって思い浮かぶのが貴族の顔ばかりだから、世界全体基準では違うのかもしれないが、ともかく私の顔のつくりは悪くない。

 体付きも、12歳の貴族の令嬢としては普通だろう。身長は150cmほど。体重は秘密。デブではない。胸がないのは、まあこれからだ。

 総じて、未だあどけなさの残るナイスロリだろう。スカートでこそないが、フリルで装飾された部屋着は私の可愛いらしさをこれでもかと引き出している。

 しかし…しかしだ。

 茶髪ロングに、同じく茶色の瞳。これはなんというか…モブだ。

 私は…俺は…どうせなら白髪とか金髪とかオッドアイとか碧眼とか、そういうのが欲しかったよ。厨二心も異世界転生の時くらい目覚めさせてくれたって良いじゃないか。

 モブに転生するタイプの異世界転生でも漆黒とか灰色とか、他と差別化するものじゃないだろうか。茶色って。

 と言うかだ。母は綺麗な金髪をしているし、父も瞳は翡翠の色だ。どうして。どうしてなんだよ!!

 しばらく悶えて、しかし愛情をたっぷり与えられて育った私という人間の底なしの自己肯定感が崩れることはなかった。


 翌日から、私は習い事の合間の時間を使って、家の、つまりオルミルフの蔵書を漁るようになった。

 オルミルフ子爵家は王国において、言ってしまえば地方貴族だ。

 ルーツはこの国ではないようだが、曾祖父の代の戦争でかなり大きな戦果を挙げた結果地方に領地を与えられたらしい。また曾祖父の代以降も一族は優秀な騎士を輩出し、国の防衛や戦争で勲章ものの活躍を何度もしている。

 またオルミルフ領は国境に近くであり、私兵団であるオルミルフ騎士団も優秀だそうだ。位こそ低いが、ほぼ辺境伯なのではないだろうか。

 まとめると、オルミルフ子爵家は優秀な騎士の家系だ。ただし野蛮な外様は地方にすっこんでろという事で国境近くに領地があり、他の貴族達からは田舎者と馬鹿にされている。

 あれ、まとめた途端に悪口が増えた…。

 閑話休題。

 オルミルフ子爵家は地方貴族とはいえそれなりに富と力のある貴族であり、オルミルフ館はかなり大きい。そしてそれはつまり、蔵書が多いことを示している。

 私は今まで年相応に物語の絵本なんかを読んでいた訳だが、例の日────落雷の日とでも名付けようかな────以降は歴史書や地理書を漁るようになった。この世界について知る為だ。

 半月経つ頃には、期待は確信に変わった。

 この世界はただの異世界ではない。


 エルダー・ワールドの世界だ。


 エルダー・ワールドは、いわゆるRPGロールプレイングゲームだった。

 人気作だったと思う。俺も一通りプレイした。

 ざっくり言えば、剣と魔法の世界を救うという話だ。

 しかしその世界救済という本筋以外のイベントやダンジョンが豊富で、エンディングまでの行動の自由度が高いのが人気な理由のひとつだった。あまりにイベントが多く何かのイベントを進めるとゲーム内の時間が進み他のイベントのフラグに影響が出るので、全てのイベントを一度のエンディングまででクリアするのが不可能で、全てのイベントを消化しようとすると何周も繰り返して遊ばなければいけないほどだった。メインストーリーもマルチエンディングだったので、全てのエンディングを見るだけで何周もプレイする必要はあるのだが。

 RPGの一要素である戦闘における職業や装備、扱う技や魔法の多さも自由度に拍車をかけていた。高火力だのネタだのと沢山の装備テンプレがプレイヤーによって開発されて楽しまれた。

 ゲームとしての難易度は死にゲーにしてはマイルド────つまり一般的にはやや高めだったが、それもほどよい歯応えとなってイベントに達成感を与えていた。

 イベントの多さに比例して登場NPCの数もかなり多い。出番が少ない者も割といるが。

 推し…というほどではないにしても、良いなと思えるキャラが俺にもいた。

 ともかく、エルダー・ワールドは情報量が莫大なゲームだった。

 王国内の世情から、今私が生きている時代がストーリーが開始するより前なのはほぼ確定している。またゲーム内で数世代前の英雄として名前が出てくるゲルシウスが私の読んだおとぎ話になっていたことから、それほど時代が離れていないのも確かだ。

 ゲーム内のイベント内容や装備の入手方法といった知識は、そっくりそのままこの世界の真実、あるいは近い未来の出来事となりうる可能性がある。

 私は何か思い出すたびに手帳に簡単なメモとして残していった。


「暗器使い装備ゲル地下ボスドロップ、と…」


 私が書き込んでいる手帳、それにペンはかなり上等な物だ。目を覚ました後、父にお願いして使ってないのを貰った。

 父は剣術こそ好きではあるが、子爵である以上政治は必要だし執務も普通にこなす。当然紙やペンは持っており、、「貰い物で高級だから使っていなかったがくれてやろう!」と良い物をくれたのだ。前世でも普通に使いやすそうなペンと手帳だ。ペンはとても軽く、手帳の方は黒い革製のカバーがついている。


「しかしネロ!知識を増やすのは構わんが体を鍛えることを怠ってはならんぞ!」


 手渡しされる時の父を思い出して内心で少しだけ辟易する。

 オルミルフ家の家訓のひとつに「力は力なり。智は力なり」というものがある。

 前世の言葉で表すなら文武両道というやつだ。

 剣を振るうのが好きな父も書を嗜みペンを握る。同じように私は書ばかり読んでないで体を鍛えろ、という訳だ。

 この世界に社会的性別差が存在しない訳ではないのだろうが、家訓が家訓なので女の私も平気で剣を握らされるのだ。幼馴染は「えぇっ、剣なんて持ったことないよ私!?」とか驚いていた。

 しかしエルダー・ワールドのNPCには女剣士なんかも存在していたから、前世における前時代的な男女の差はないのかも知れない。社会や風習によって性別という理由が適性のある道を進む邪魔にならないのならば素晴らしいことだ。

 そして私はその風習を歓迎している。

 私は剣があまり得意ではないのだ。

 エルダー・ワールドにおける人離れした剣技や体術は、この世界では魔力によって実現している。

 魔力で身体能力を強化し、速度やパワーを底上げするのだ。

 私は魔力による身体能力強化自体はそこまで苦手ではない。出力も、その歳にしては悪くないと父も言っていた。

 ただし、継続的な強化の持続が苦手だった。

 持久力不足である。

 児戯とはいえ一瞬だけはエルダー・ワールドのように派手な剣技を繰り出せるが、本当に一瞬だ。1時間も稽古を続けようものならブッ倒れて1日動けなくなる。

 継続は力なりということで剣を続けてはいる。それなりに持久力が伸びた結果がこれなのだ。

 12歳で言うことではないかもしれないが、実戦レベルになる未来は不透明だった。才能がないことを自覚せざるを得なかった。

 大体さあ!この世界の剣ってば魔力で強化した肉体で振り回す前提なのか知らないけどクソ重いんだよ!!前世で剣握ったことないから比較できないけど!!!

 …落ち着こう私。


 魔力についても触れておこう。

 魔力は、簡単に言えば「この世界が前世の世界と違う理由の全て」だ。

 人間離れした剣技も、魔術も、神官の奇跡も、そして恐らく竜種その他この世界にしか存在しない生物や、地下迷宮といった環境も。全てが魔力のお陰で存在している。

 ファンタジーを存在させる為のファンタジーな舞台装置。それが魔力だ。

 その存在理由や仕組みは解明されていないし、人間には解明できない気がする。それは万有引力がなぜ存在するのか、みたいな問いなんだろう。

 人々に探求できるのはその使い方だけだ。

 そして魔力の使い道のうち身体能力強化と並んでメジャーなもの、つまりは魔術が私は得意だった。


「やはりここでしたか、お嬢様。そろそろ魔術指南のお時間ですからお着替えを」

「もうそんな時間ですか。今行きます!」


 使用人の1人が書庫に籠もっていた私を呼びに来た。

 鼻歌混じりに書庫を後にすると、剣の修練の時もそれくらい素直にしてくれると良いんですけど、なんてボソリと小言を言われた。

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