第7話 報酬と説得

「ケルン君をCランクに昇格? 出来ないけど?」




 ギルド長の言葉は冷たかった。




「望んでるわけでもないから、いいんだシャミーそんなに強く言わなくても!」


「でもでも、昨日は火山イノシシに対してドンバンガヒューンって言わせてたっす!」


「キャシー、君は新人を火山イノシシ狩りに向かわせたのかね?」


「えっ……いや、道すがらっす!」




 コイツ、めちゃめちゃな嘘を吐いたぞ。


 相手は『鑑定眼』スキル持ちだって言ってなかったか?


 信憑性は毛ほどもないが。




「ま、倒せたから不問としよう。だけど、これ以上ギルドの財産を減らすとどうなるか……承知しないぞ?」


「分かってるっす~~!!!!」




 ※




「いや申し訳ないっす」


「こっちこそ、わざわざ俺なんかのために」


「いや、でもあれは必要っすよ。正直Eランクなんかでうだうだしてる場合じゃないっす!」




 あのクエストから一晩明けて翌日。


 俺とシャミーはギルドの2階に集まっていた。




 周囲はたくさんの冒険者で賑わっており、下のレストランの賑わいが幽かに聞こえてくるがこの場所は至って静かだ。




「ランクが上がらないと収入も増えないんす。このギルドに勤める以上年俸っていうのもあるんすよ? あ、これ昨日の報酬っす」




 今朝方シャミーがクエスト終わりに受け取った麻袋だった。




「今回はアタシのクエストだったっすけど、全部ケルンがやってくれたのでそのまま渡すっす」


「こんなにいいの?」


「Eランクが貰うにはちょっと多いっすけどね。ただ、常に命と引き換えなのでその分高くつくっすよ、いい職業っす」




 中身は金貨が4つと銀貨が5つ。


 貨幣の中心にCという文字が刻印されている。


 なんて読むのか、どれくらいの価値を持つのかすら分からない。




「本当は、クエストに行くときはパーティを組んで行くんすけどね……気心知れたパーティを組むのがお勧めっすよ」


「シャミーはパーティ、組まないの?」


「アタシはほら……一人で何でもできるっすから」




 ははっ、と明るい顔をシャミーは崩さなかった。


 シャミーが俺の事情に踏み込んでこないように、俺も一歩線引きをした。




「今の内に盟友とも言えるメンバーを探しておくのも手っすよ? 冒険者として長く生きるのなら、っすけどね」


「そうだね、うん……」




 盟友という言葉についつい胸を突き動かされる。


 これ位の軽い言葉でトラウマが甦るほどに、俺は弱い。




「そーっす、そうっすよ!!」




 突然シャミーは叫び出す。


 静謐な空間だったため、今日もシャミーは周囲から冷たい視線を受けていた。




「メンバー探しと言えば学校っす! 確かまだ16歳っすよね!?」


「え、そうだけど……」


「まだ学校が始まるまで日にちがあるっすよ! 今からならまだねじ込めるかもしれないっす!」


「ねじ込むって……」




 シャミーの行動は勢いに溢れがちだ。


 さっきのギルド長に対する直談判もそうだし、火山イノシシに対する俺の吶喊とっかんもそう。


 とりあえず行動してから考える癖があるようだ。




 幸いにも、暦はルーナ島でもここでも同じみたいだ。


 俺たちの就任式があった日が年度が替わるその日だったため、学校が始まるまでは確かにほんのわずかだが日がある。




「でも俺、一応これでも学校は卒業したんだけど?」


「じゃあこれ、分かるっすか?」




 俺に渡した麻袋をごそごそと漁って、一枚の金貨を取り出した。


 金色のC。




「シー……、かな」


「これはセイン、この国のお金っすよ。ここでやってくにしても、日常の常識とか、剣術とかは教えてもらった方がいいっす」


「剣は実は俺使えるんだけど」


「昨日、アタシは見たっすけど……あのごり押しを剣術とは言わないっす」




 実際問題、俺が習っていたのは騎士剣――騎士が持つ長剣だった。


 浮島での戦いがそうさせるのか、空を飛ぶ魔物に対してはリーチが非常に重要となるからだ。




「郷に入れば郷に従え、そういうことっすよ」




 シャミーはやたらと進めてくるが、俺にとっての常識は士官学校が最終学歴というのが基本だったのでどうにも違和感がある。




「特殊魔法以外の基本魔法も見てないっすからねー……。何とも言えないっすけど、ちゃんと素質はあると思うっすよ!」


「ありがとう……褒められると悪い気はしないよ」


「褒めてるだけじゃないっすよ。底知れなさがあるって言ってるんす」


「底知れなさ?」




 シャミーの放った耳慣れない言葉に、一瞬脳がフリーズする。




「このギルドでは体系的に強さを測ることができないんす。完全結果主義で、モンスターを討伐したらオールオッケーでまかり通る世界なんすよ。でも学園は違うっす! 強さに応じた教育が施されるっす!」


「それ、何も違わなくない?」


「全然違うっすよ。このギルドで教育なんてしてくれないっすからね……。戦いの中で命を削って育っていくのは一握りっす……マジで死ぬからあれはやめた方がいいっすよ……」




 きょろきょろと目で周囲に人がいないか確認してから、小声でシャミーは俺に告げる。




「ふむ、私の教育方針が気に入らないのかね?」


「…………。」




 いくら首を横に振っても、人影は見当たらないはずだ。


 シャミーの真後ろに、その人はいたのだから。




 ギルド長は手に持ったコップの中身をズズズと飲んで、シャミーの隣に腰を下ろした。




「いや、あの……そうだ、アタシは用があったっす」


「私はシャミーに用があってここに来たんだけど?」


「人違いっす……」




 さすがにそれは無理がある。




 だが、ギルド長は怒ってはいなかった。


 シャミーに向けるその眼は明らかに据わってはいたが。




「ケルン君、君はこのギルドに今はいるが――私たちには君の人生を左右することは出来ない。もし君が学校に行きたいというのなら応援するよ」


「ギルド長!? あんだけ学校嫌いであそこから来た奴は皆半年で辞めていくって愚痴ってたじゃないっすか!」


「シャミーは後で談話室ね」


「ひぃぃっ!」




 口が悪いわけではなく、本気で思っていることを言っているんだろう。


 だからと言って可哀想だとは思わないが。




「それに、将来性のある若者を潰したいわけでもないしね。君が卒業後ここに来てくれるっていうのなら、大歓迎さ」


「でも……」




 唐突に出てきた「学校」という選択肢に俺は悩みあぐねていた。


 この島に来てまだ二日。


 傷心すらまだ癒えていない。




「君は――嫌なことがあってここに来たんだろう?」




 ギルド長の声音が変わる。


 母親のそれに似て、優しい声だった。




「シャミーといると私も気付かされるよ。自分の意思が弱かったんだってことにね。生まれてからやりたいことに従事してきたつもりだが――私もこの子くらい闊達になんでも取り組めればと思うこともある」


「……そう、ですね」


「萎縮しないでくれ。君は傷を負ってこの街に来た。そしてそれが今でも忘れられないでいる――当然だろう。新しい人間関係に増えるストレス、そして次から次に襲ってくる情報、気が狂いそうにもなる」




 ギルド長が訥々と話す言葉に、俺は口を挟めない。


 それは、正鵠を射ていたから。




「今、君が取れる選択肢は山のようにある。だけど、視野狭窄に陥っていると私は思うんだ。だからこそ、私は学校に行くべきだと思う。新しい人生を探すためには、うってつけの場所だよ、あそこは」


「そういう、ものなんですか」


「ああ、そうともさ。そこで何がしたいか、今一度考えてみるといい。改めて言うが、君は意志が弱いのさ。だから一度過去を取り払って――やりたいことを探してみるといい。ギルドって言うのは、ただ冒険者の組合ってだけじゃない。街の人間の幸せを願ってこその私たちだ」




 さぁ、どうする?


 ギルド長は俺に問いかけてきた。


 イエスかノーの二択で、俺の瞳をじっと見つめる。


 二択問題のようで、きっとこれは選ばせてくれる問題ではないのだろう。




 この人の持つスキル――『鑑定眼』というのを、俺は少し誤解していた。


 その本質は、ここにあったのかもしれない。




「わかりました。学校、行ってみます」

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俺が出ていったらこの島が墜ちるにもかかわらず、追放させられたので新天地で最強にでもなりたいと思います~島を浮かせる必要が無くなったので魔法が使い放題になりました~ 一木連理 @y_magaki

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