第6話 クエスト(下)

「大丈夫っすか!」




 遠くから聞こえるシャミーの声に俺は軽く返事をして、ぐにゃりと曲がった刀を無理やりイノシシのお腹のあたりにねじ込んで切ろうとするが、当然切れない。


 差し込む分には柔らかいが、繊維がある方向にしか裂くことができず、とても斬ったと言える出来栄えではなかった。


 剣を引き抜くと、そこからは血だまりならぬ溶岩だまりが漏れてきて、俺は一旦後退った。




「おおぅ……倒しちゃったっすね……」


「すみません……剣これ曲がっちゃって」




 俺の持っている剣を見て、シャミーは「ええ……」という声を上げた。


 全く同意見だ。


 剣を剣として使わず盾のように使っているのだから。




「とりあえず、剣に関しては合格出しとくっす……。冒険者はルール無用でも魔物を狩ることが使命っすから……」


「いやぁ、でも魔法を使わないと流石に手ごわいかな、これをシャミーは狩るんだろ? 本当に凄いよ」




「いや、アタシ狩れないっすよ?」


「でもこれ、Eランククエストなんでしょ?」


「何言ってるんすか?」




 どうやら、俺はどこかで間違えてしまったらしい。


 何かおかしいところはあっただろうか。




「アタシが昨日失敗したクエストって言ったじゃないっすか……。アタシはCランクだから、Bランクのクエストまでは受けることができるんすよ」


「でも俺のクエストは……」


「ただの植物採取っす。昨日見た感じ特殊なスキルを持ってそうだからお手並み拝見したんすよ――特殊魔法が使えるなら、それ以外の技術に長けていてもおかしくないっすから」




「その理論はおかしくないか?」


「おかしくないっす。特殊魔法を持っている人は決まって血のにじむような努力を続けてきた人か特殊な血統の人だけっす。特殊な血統で奇異な経歴を持っているのなら、それに見合った実力があるかもしれない――そう思うのは不思議っすか?」




 溶岩を垂れ流すイノシシに夢中になっていたシャミーは、俺に向き直って。




「アタシは、弱い人を街に連れ帰ってギルドに誘い込むほどお人よしじゃないっす」




 猫のように目を光らせた。


 


「コイツはBランクモンスター、『火山イノシシ』っす。街の中で堆く募る“殺気”に当てられて何度も外壁に突進してきたので討伐対象になったんす。アタシはケルンの実力が見たかったっすけど――どうやらコイツじゃ足りなかったらしいっすね」


「過大評価しすぎ、俺は剣すらまともに振れないんだぜ?」


「そうかもしれないっすね――でも、そうじゃないかもしれないっす」




 何を言っているのだろうか――俺にはシャミーが言いたいことが何も伝わらなかった。




「あそこで放置したのは、少なくとも昨日のスキルがあったから死ぬことは無いだろうと思っていたっす。それは悪いと思ってるっす」


「じゃあそんなことさせるなよ……」




「ただ、どうしてコイツが討伐対象になったか、その理由が分かるっすか?」


「まだ3歩も歩いてないぞ? 何度も外壁に突進してきたからだよ」




 あれだけ分厚い、まるでどこぞの城壁のように強固にしっかりとした外壁は何度見ても壮観だ。


 どこを見てもモンスターが突破できるような隙間はない。


 案外内側は風通しが悪いだろうが、魔物に襲われるよりはマシだろう。




「そうっす――あの分厚い外壁に突進して、討伐対象になったんす」


「さっき自分で言ってただろ」


「なのに、な・ん・で・こ・の・剣・の・凹・み・だ・け・で・済・ん・で・る・ん・す・か・?」




 俺からいったん回収した剣を矯めつ眇めつ、シャミーは尋ねる。


 なんで、と言われても。




「足元にある蔓に引っかかっただけだよ」


「……そうっすね」




 シャミーはふいと顔をイノシシの方へと向けた。


 何か見当はずれなことを言ってしまっただろうか。




「とりあえず、これを持って帰ってクエスト完了とするっす。今日はイノシシのとれたて生ステーキっすよ」


「俺のクエストは……?」


「これで代替したことにするっす。今更Eランククエストなんてやってもどうしようもないし、薬草ならギルドの倉庫に腐るほどあるっす」




 それで困る人がいないなら俺は良いんだけど……。




「とにかく、これ重たいんで一緒に持ってほしいっすよ……。倒せるとは思わなかったんで荷車も借りてないっすから」


「それなら」




 ある一つのアイデアが頭の中に閃く。


 俺が一言言った後に、シャミーも「ああ……」と納得とも不可解ともとれる返事をした。




 『青空迷宮』


 物体を空に浮かすことのできるスキルだ。




「こんな使い方していいんすか?」


「見えないところまでなら、いいんじゃないですか?」




 見られて困る、という代物でもないが。


 なるべく公にはしたくないだけだ。




「じゃあ、お言葉に甘えるっす」






 そうして朝早くにギルドを出た俺たちは、昼前にはもう戻って来てしまい。


 所用を終えた俺は、久しぶりにぐっすりと眠ることができた――。


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