第2話 小蘭の決心

 北の離宮は、後宮の中でも、後嗣である蒼龍太子に宛てがわれた一区画。

 その中のこじんまりした一室で、いつも元気のいい太子の愛妾、小蘭は珍しく黄昏れていた。


 ……蒼龍は、予定どおりに王都を発って行ってしまった。

 王都に居る最後の日は、蒼龍に会うことが出来なかった。

 耳を塞いでいたから分からないが、きっと彼は凛麗のところへ行ったのだと思う。


 蒼龍が、凛麗にどんなふうに触れ、何を囁くのだろうと考えると、胸を焼かれるような、吐きそうな気持になる。どす黒い蛇みたいなものが、自分のに巣くっていて、うねうねと暴れ回っている想像をし、これが嫉妬という感情なのだと理解した。


 苦しいけれど、これを凛麗に置き換えれば、彼女こそずっとこんな気持ちでいたのだろう。彼女の性根がちょっとばかり捻じ曲がってしまうのも、致し方ない。


 あの、桃園での夜が明けた朝、私は、自分の室の寝台で目を覚ました。

 その時は、もしかしてあれは夢だったのかしらと思ったが、月のさわりのような出血と下腹の鈍痛で、それが現実にあったことなのだと解り、なんとも言えない気恥ずかしさに襲われた。


 私が目を覚ましたのを、計ったかのように現れた婆やが、その夜の事を教えてくれた。

 その夜、いつまでも帰ってこない小蘭を、ホウキで叩き回してやろうと考え、得物を持って待ち構えていたところに、私を抱きかかえた蒼龍皇子が現れたという。


「それはもう、大事そうにこう」

 お姫様抱っこの手振りを交え、話す婆やがとてもウザい。早く教えてと促すと、婆やは嬉しそうに言った。


「蒼太子は、婆やにこうおっしゃいました。“どうか叱らないでやってほしい。夜中まで無理に付き合わせたから、少し疲れているようだ。目覚めるまで、ゆっくり寝かせてやってくれ”と」


 それから後は、いつも荒っぽい婆やに、食欲はあるかだとか、無理せず寝ていろだとか、珍しくお姫様らしく扱われて、それがかえって気恥ずかしさに拍車をかけた。


 部屋の掃除がてら、婆やが話してくれたことには、蒼龍太子が初の総大将を務めることになった出立の行軍は、それは煌びやかなものだったそう。


 蒼龍は、しばしば街に出向いていたから、市井の評判も高く(どうせ日頃から、酒家楼閣の姑娘おんなのこ達と戯れてたんでしょ?だって、女の子の扱いに慣れすぎてるもん!)武道会の優勝や、その見目麗しさも相まって、民からの人気も高かった。それで、今回の行軍を描いた絵図は、飛ぶように売れているのだという。


 婆やが自分用に(?)手に入れたというそれを見せてもらったが、かなりゴテゴテしい飾鎧の彼を見て、これじゃあ馬にも乗れないわ!と思わずツッコミを入れたほどだった。

 ただ、その様子を民に混じって見つめる自分を想像してみたりして、ほんの少し、きゅんと胸がときめいた。


 あの夜以来何となく身体がだるくって、日がなダラダラ過ごしていたけれど、こうしてばかりも居られない。

 私には、少し前から自分の中で決めていたことがある。


 黎貴妃様にお会いする。


 蒼龍が今でも愛しているその妃が、どんな方で、今何を、誰を想って過ごしているのか、それを見極める。


 今日がその決行の日だと、ついさっき決めたのだ。



「よし!」


 みれば、お日様はもう窓枠の上の方まで上がってる。

 私は、一旦身体をぎゅっと縮め、勢いをつけて寝台から飛び上がった。

 くるんと一回転して、床に着地する。

 ちょっとだけ下腹に響くけれど、ちゃんと身体が元どおりに動かせることを確認して、私はへやを飛び出した。



 今日は先生、居るといいな。

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後宮恋歌II 佳乃こはる @watazakiaya

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