幽世空蝉の隠し事
藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中
「秘儀隠し事帳」は告げる。
古代史研究家の私は「
被葬者の人骨がなくなっている古墳では、副葬品、埴輪も消え去っていることが多い。
それは盗掘に遭ったせいではなく、「異界への転移」の秘儀が行われたからであると「秘儀隠し事帳」には記されていた。
力ある為政者は死に際して異界での復活を望んだ。彼らは異界にすぐれた科学が存在することを知っていたのだ。
なぜなら、人間は元々異世界である「
「
異界人は文明の発達に伴い、人口増加、資源枯渇、環境破壊、温暖化という社会問題に直面し、その解決を異世界転移に求めたのだった。
日本の古墳時代は、異界との交流が保たれていた時代であった。しかし、異界転移の秘儀は為政者だけの秘密となり、平安時代を最後に行われることがなくなった。
私は平安時代に失われたこの偉大な秘儀を、千年ぶりに復活させることをライフワークとした。
現代社会より千年以上優れた科学を持つ「
「秘儀隠し事帳」は告げる。
古墳は本来墓ではなかった。
エジプトのピラミッドも同じこと。王家の谷は「現世での復活」を目的とした肉体保存装置であり、ピラミッドは「異界での復活」を期した肉体転移装置だった。
そもそも墓があれほど巨大である必要などない。
ピラミッドや古墳の巨大さは「高さ」を求めた結果だった。「異界転移装置」としての構造がそれを必要としたのだ。
副葬品は被葬者への尊敬を表すものではなく、転移先での安全を図るための装備と資金だった。
埴輪や石像は殉死者の身代わりなどではない。ゴーレムとして使役するための「
幽世にはそれを可能とする法則が存在するのだ。邪馬台国の女王卑弥呼は「鬼道」と呼ばれる異能を発揮した。
それも幽世の力だったのだ。
そして「
「幽世空蝉の儀」とは異世界渡りの奇跡をおこなう秘法であった。
わたしには異界転移の秘儀を復活させなければならない理由があった。
わたしは生存の限界に近づいていたのだ。最先端医学を駆使して延命手術を繰り返してきたが、わたしの脳が限界に来ていた。
現代医学でも脳細胞の再生は不可能であり、死滅する脳細胞はこれ以上精神を保てない状態に近づいていた。
わたしには時間がない。是が非でも異界転移の秘儀を復活させる必要があった。
しかし、秘儀には失敗が多かった。だからこそ、成功を求め多くの古墳が築造されたのだ。
「幽世空蝉の儀」が失敗したのは、現世に人を束縛する力が働いていたからだ。人間の努力ではその束縛を振り払うことは困難だった。
束縛する力の正体は「重力」だ。重力の束縛から自由になるため、秘儀には二つの秘訣を必要とした。
秘訣の一つ目は儀式を行うタイミングだ。
重力が一年で最も小さくなる一月の新月に、それは行われねばならない。
一月とは地球が公転軌道上の「近日点」を通過する時期。すなわち太陽からの距離が最も短くなる時だ。
そして、新月は月の引力が最も強くなる日である。地球上では「大潮」として、満潮と干潮の水位差が最も大きくなる。
地球上の物体に対する重力は一月の新月の日に最小となるのだ。
もう1つの鍵はパワーだ。
異世界転移を為すためには「異界の扉」を開くパワーが必要だった。
古代人はそれに落雷の力を利用した。古墳やピラミッドは落雷を誘う装置なのだ。
落雷の電力を強力な電磁場に変換するのが古墳やピラミッドの構造だった。
問題は一月の新月という「時期」と落雷という「気象」の組み合わせにあった。日本の一月は年間で最も雷が落ちない時期なのだ。
第一の鍵と第二の鍵が重ならないジレンマ。古代人はその矛盾に悩まされた。
しかし、現代人である私には電磁場発生装置として落雷に変わるものがある。天才が残した発明品、その名はテスラコイル。
科学者にしてオカルト現象研究家でもあったニコラ・テスラは異界転移のためにテスラコイルを発明したが、哀れにも「空蝉の時」の秘密を知らなかった。
古代人の秘術にテスラの科学を組み合わせる。それにより完璧な異界転移術を確立した私こそ、人類史上最も偉大な研究者として歴史に名を残すことになるだろう。
今日は一月の新月。私はテスラコイルのスイッチを入れた。
次の瞬間、私の目の前に完璧な未来都市が姿を現した。
建築物に武骨なコンクリートや木材は一切使用されていない。建物の表面はつるりと滑らかで、すべてが一体成型されたように破綻のない造形だった。
「こんにちは。移し世からいらっしゃった方ですか?」
私はふいに話しかけられた。そこに立っていたのは、人間型のアンドロイドだった。
「この世界の住人のところへご案内しましょう」
「ありがとう。どこにいけばよいのか迷っていたところだ」
「こちらへどうぞ」
アンドロイドは人間に使役されるロボットであり、住人そのものではなかった。
電子的に操作しているのだろう。アンドロイドが近づくと建物の壁がスライドし、入り口が現れた。
建物の内部も継ぎ目のない滑らかな構造であった。長い通路を進むアンドロイドはやがて足を止めた。
我々の目の前で建物の内壁に扉が現れ、音もなくスライドして入り口になった。
案内された部屋に入ると、明るい部屋の中央に水色をした半透明の物体が置かれていた。
「これは?」
「この建物の所有者です」
「何だと?」
水色の物体が体を震わせて私に挨拶をした。
『ようこそ、はじまりの世界へ。私の姿を見て驚いたかね? 我々はシリコンで肉体を置き換える技術を完成させたのだ。精神活動をすべて電子信号化し、シリコン回路に転写することによって脳細胞さえ我々には必要なくなった。我々は老いることなく、病気で死ぬこともない。喜びたまえ。君を仲間として受け入れよう』
私はポケットの中で非常ボタンを押した。携帯型のテスラコイルが閃光を発し、私は元の世界へと転移した。
「危なかった。危うくスライムにされるところだった」
元の世界に戻れたことを確認し、わたしは安堵のため息をついた。
「幽世空蝉の儀」が途絶えた本当の理由がわかった。平安人はスライムとなって永遠に生きるよりも人として限りある命を全うすることを選んだのだ。
私だってスライムになるのはごめんだ。私は自分の体をまじまじと見降ろし、嘆息した。
私にはまだまだこのアンドロイドの肉体で十分だ。<了>
幽世空蝉の隠し事 藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中 @hyper_space_lab
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