あなた方のせいですよ
陸前 フサグ
ころしたのはあなたですよ
関係者及び出版社各位。これは僕の遺書です。
僕は作家になりたかったんでしょうか。多分違いますね。僕は何かになりたかったんです。
聞きすぎたフレーズですよね。でもね、エモいを探求すればありきたりで何番煎じかもわからない文章に辿り着くんですよ。
この言葉は何度目だとか、言い回しが似たり寄ったりだとか、嫌なところばかりに目が行くんですよ。嫌ンなりますよね。
自分の頭の中で創り上げた世界を文章にしてね、それをパソコンなり、原稿用紙なりに書くのは才能だと思うんですよ。
その才能を持った人間ってのは山程いるんですがね。じゃあ才能も何もないじゃないって。
結果出した人にね、どうして作家になれたか尋ねたら、運ですねって返されたんですよ。
ぶっ飛ばしてやろうかと思いました。拳を作って、ハァと熱い息を吹きかけてね、バカ言うンじゃないよって。
そんなもの欲して獲れるものでもないのに、人をバカにしてるンですねって。
じゃあ運の前にね、僕の作品は面白いんですかって話もあるじゃないかと仰るでしょう。
それはね、わかりません。読んでくださった方にね、どうですか、面白いと思いましたかとニマニマしながら待ってたんですよ。
そしてね、面白いと笑うから、どこがと返したんです。
僕はね、相手の方の作品の感想をツラツラ述べましたよ。あぁそこは……読者の方に考えて頂きたくて……とかね、その人の作品を語り合いましたよ。
けれどね、僕の作品には微笑むだけ。どんな内容でしたかと尋ねてもね、ふふと笑うだけなんですね。
こちらも蹴り飛ばしてやろうかと思いました。出来ればね、極寒の大しけの津軽海峡に落っことして、その帰りに憧れの文豪先生を堪能して帰宅してやりたいくらいでしたよ。
読んでもらうだけにぴょこぴょこ寄ってくる人間も見極められないからね、こんな惨めな思いをするんですよ。
悲しいよりも、怒りが勝つんです。
だってね。こっちはね、まだ酒も飲めない青い尻の頃からですよ。
丸メガネをかけてね、わざとぼろぼろの着物を着て、文豪先生になりきったりしたんですよ。
いかにもって服装が筆を鳴らすもんで。
旅館やホテルに缶詰して創造神になる。
机には辞書や参考になる資料やらを山程積み上げて、世の中を驚かすような物を書いてやるんです。
でね、僕は昔の人がうんと好きでね。だから、戦国時代とか幕末とかを上手く使って遊んでね、人の感情をめちゃくちゃにしてやるのが得意なんですよ。
これが楽しくてね。異世界を作るよりね、人の世界をいじくるのがたまらんのですよ。
今度こそはと原稿を封筒に詰め込んで、わざわざ遠方の丸ポストから投函したりしてね。
途中で脱げた草履を拾いに戻ったりするのも含めて作品でしたからね。
そうやってね、形から入って意識まで高めてるんですよ。
僕は東北の港町で、娘1人と住んでいるシングルファザーってやつです。妻になる人には逃げられちゃってね、夢も希望もないんですよ。
金もなくってね、僕は港に浮かぶ海藻を採って来ては噛みちぎってるんです。
死んだらね、幾分か娘に金が残るようにしてありますがね、ただ働いて金を稼ぐよりも、憧れた文豪先生みたいに文章で食って行きたいんでね。
だからね、運とかなんとか言ってないで、どうか僕を見つけてくださいよ。
三陸の海に身を投げて、死んでやりますよ。僕はね、うんと本気ですよ。
憧れの人はね、死ぬ時は薬や心中でしたけど、僕は娘の事も考えて海で死んでやるんです。
海の亡霊になったら、いつでも会いに来られるでしょう。良くない父親だなとお思いでしょうけど、明日食う飯に困らない金が入るなら、それも家族想いってことにしてくれませんかね。
でもね。何度も言いますけど、あなた方が見つけてくださって、作家になりましょうと手を差し出してくれたら死なないんですからね。
僕を殺すのは寿命かな、それともあなた方かなって、競い合わせてるんですからね。
今日もポストやメールフォルダを眺めては、まだかまだかとろくろ首のようにして待ってましたからね。
また言いますけど、これは遺書です。
作家になりたい父親の最後の夢を綴ったものです。
これを読んでいるってことはね、私は死んだんですね。誰が読まれているかわかりませんけどね、僕の作品を読んで、面白いと言ってくださいね。
その作品は生きてますからね。
どうやら死んでから評価される事もあるみたいですから。そうしてくださいね。
あとね、娘に一つ。お前の名前は"要"だから、きっと誰かに必要とされなさいね。
生まれ出て、必要とされる。だから、生出要にしたからね。
沢山生きて、日の当たらない人を見つけてやれれば、要になれますからね。
さぁ。父さんは逝きます。名前の通り、全て出し切ったのでね。
――生出尽斗
あなた方のせいですよ 陸前 フサグ @rikuzen_fusagu
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