負けイベで推しキャラを全力で救ったら、激重の愛が着いてきた

藤白ぺるか

第0話 プロローグ

「——勇者! ここは私たちに任せて早く逃げるんだっ! 今ならまだ間に合うっ!」


 古代遺跡の最奥——祭壇が置かれ、何かの儀式を行うために用意された石造りの場所。


 レイピアのような細身の剣を持った美しい女性が、頭部から流血しボロボロになっていた相手——勇者に向かって言葉を飛ばした。


「いや……それでも! 君たちを見殺しになんてできるわけが!」

「魔王を倒すんでしょ! 世界を救うにはあなたたちが必要なの! いいから早く!!」


 世界のため、目の前にいる強大な敵を倒さなくてはいけない。

 しかし、実力が伴わない今、撤退するしかなかった。


 その理由は明白だ。


「逃がすわけがありません。この私、魔王軍四天王であるテジャトから逃げられた人間など、今までにいないのですから……」


 そう人間の言葉を話す魔物——濃紫こむらさき色のローブを纏った魔法使い風の魔族——テジャトが余裕そうに不敵な笑みを見せていた。


 四人の勇者パーティは既に満身創痍。勇者の他に、戦士、魔法使い、僧侶全員が血を流しており、既に尽きてしまった魔力から回復魔法も使うことができなかった。


 一方のテジャトはほぼ無傷でまだまだ魔力が残っていた。勇者パーティは彼に圧倒的な実力差を見せつけられていたのだ。


 そんな時に現れた別の冒険者パーティ。

 女性のみで構成されたそのパーティは、魔法剣士、魔法使い、武道家という三人組だ。


 この場所に辿り着いたばかりだったため、彼女たちはまだ無傷だった。


「すまないっ! 本当にすまないっ! 必ず……必ず生き残ってくれっ!!」


 長い紺青の髪を持つ勇者は苦渋の決断をし、彼女たちに頭を下げた。そうして四人の勇者パーティは互いに肩を支え合いながらその場所から撤退していった。


「逃がしませんよ——フルフレア」


 テジャトはその様子を見て、持っていた杖から上級の火炎魔法を放ち、勇者パーティの無防備な背中を狙った。


「——させるかぁっ!!」


 しかし立ち塞がったのは、先程の女性剣士。レイピアを一振りすると火炎をぶった切り、勇者パーティへのダメージをゼロにした。


 しかし——、


「ク————ッ」


 全てかき消すことができず、体に火傷を負ってしまい、苦悶の表情を見せる。


「フルリケアッ!」


 その様子を見ていた魔法使いの女性が上級の回復魔法を唱える。光に包まれた女性剣士の火傷がみるみるうちに消えていった。


「エステル! 大丈夫!?」

「ええ、アトリア……助かった」


 女性剣士——エステルは魔法使いアトリアに向かって感謝を告げる。

 レイピアを構え向き直ると、近くにいた武道家——メイベラに向かってアイコンタクトをした。


「同時に行くよ!」

「わかった!」

「サポートします!」


 二人同時に走り出し左右からテジャトへと迫る。研鑽し鍛え上げられた上級の剣閃と拳撃がほとばしる。後方で構えていたアトリアも魔法を詠唱し——、


「先程の勇者よりはやるようですね。ですが——」


 テジャトが持っていた禍々しい杖。その先端に装飾されていた赤い宝珠が鈍く光る。


「見せてあげましょう。これが魔王軍四天王の力です——フレアゴルン」


 エステルたちの攻撃がテジャトに届く直前、テジャトの杖から超級魔法が放たれた。冥府の極大火炎が絨毯爆撃となって、エステルたちを襲う。

 攻撃モーションに入っていた二人に加え、後方にいたメイベラにまで、その灼熱の火炎が届き、そして——、


「ぐあああああああああッッ!!」


 古の遺跡に悲鳴が轟いた。



 ………………


 …………


 ……



「クックックック…………やると言ってもこの程度ですか。やはり私に勝てる人間など、存在するわけがありません」


 数分後、エステルたちは全員床に伏していた。流血し火傷を負い先程の勇者パーティ同様に満身創痍になっていた。

 着ていた鎧や法衣もほとんど焼け焦げて見るに耐えない姿。戦う気力も奪われ体を動かそうとしても痛みで動かなかった。


 それを笑いながら見下ろすのは、魔王軍四天王の一人であるテジャトだ。


「あなたたちは良い奴隷になるでしょう。これから一生、魔王軍の採掘場で死ぬまで働かせられるのです」

「クッ…………貴様……っ」


 エステルはまだ息があった。それは他の二人も同様だ。

 テジャトは元々三人を殺すつもりはなかった。動けなくしたあと、彼女たちを魔王軍の管理する採掘場へと連れ去り、奴隷として扱うために生かしておいたのだ。


 そして、もう十分に痛めつけた。

 それ故に彼女たちを連れ去ろうと近づいていったのだ。


「——では、人間の国とはお別れです。名残惜しいでしょうが、覚悟してください」


 笑みを見せるテジャトがエステルに緑色の左手を近づけ——、


「くぁッ!? 何者ですかッッ!?」


 その瞬間、テジャトの左腕が宙を舞った。



 ◇ ◇ ◇



『アステリア・クエスト』というゲームがある。


 主人公の勇者が魔王を討伐するために仲間を集め、旅に出るRPGゲームだ。


 どこにでもあるような王道のファンタジーRPGなのだが、この作品のシリーズは長く愛されてきた。


 そして最新作である『アステリア・クエスト7』をプレイし終わったあとのこと。

 気付いた時には『アスクエ7』の世界へと俺は転生していた。


 詳細は省くが、俺は『アスクエ7』の脇役キャラの一人である『カストル』という剣士になっていた。スタートは自分の暮らす村からだった。

 時系列を確認すると、勇者が自分の街から冒険をスタートした時期と同じだとわかった。


 当初は戸惑ったが、しばらくしてそれを受け入れ、この世界で生きていくことを覚悟した。

 そしてこのゲームの中に転生したなら、やりたいことがあった。


 それは『推しキャラを救うこと』。


 こんな経験はないだろうか。息子を守るために攻撃を受けるしかなくなり最後には殺されてしまった父親。大人気のはずなのに物語序盤に退場したヒロイン。終盤まで仲間だったのに恋人を人質にとられ再登場した時には敵となり、最後には元仲間を助けるために死亡したり……。


 ゲーム世界では、名残惜しいことに死にゆくキャラが大勢いて、それはストーリー上絶対に救えないというもの。


 俺にも推しキャラがいた。

『アスクエ7』のとあるパーティに所属する『エステル』というキャラだ。


 ゲームの序盤、殺されそうになっていた勇者パーティを逃がすため、悲痛な運命を遂げるキャラだ。


 その運命とは魔王軍四天王であるテジャトに敗北した結果、その後パーティの三人全員が魔王軍の採掘場へと奴隷として送られ、勇者が魔王を討伐する最後の時までずっと解放されないキャラ。


 いや、最後どうなったのかはゲーム内では語られていない。なので、その間に奴隷のまま死亡したのかもしれないし、もっと酷い扱いを受けていたかもしれない。

 そんなことは考えてもしょうがないが、悲痛な運命を辿っていたのは確実だった。


 エステルが推しキャラの理由は顔がタイプで胸がデカいこと。そして勇者を逃がすために敵に立ち向かうその姿勢がかっこよかったこと。不順な理由もありはするが、推しキャラには変わりなかった。


 だから俺はこのゲームでやりたいことは、エステルを救うことだった。


 そして、来る日のために俺はレベル上げに勤しんだ。


 勇者パーティとは違い、俺は自由だった。ストーリーイベントを進める必要もなく、ただ魔物と戦うことだけをしてレベル上げに没頭できた。


 そして、序盤の魔王軍幹部を倒せるほどまでレベルまで上げたのだ。


 今の俺のレベルは40。正直、このレベルでもギリギリ魔王に挑めるレベルだ。このゲームの仕組みは理解していたので、どこに経験値の高い魔物がいるかは把握していた。そのため、最速でレベル40まで駆け上がったのだ。


 そして来たる時がやってくると俺は走った。


 走って走って走って、ようやく辿り着いたのが、『エルジアの遺跡』と呼ばれる魔王軍が管理する遺跡だ。

 勇者はその遺跡で怪しい儀式をしているという情報を最寄りの街から聞いたため、遺跡に向かうのだが、そこで遭遇してしまったのが、魔王軍四天王のテジャト。


 そして負けイベントであるため、絶対に勝てない相手だった。


 でも、ゲーム知識がある俺なら勝てるのではないか、そう思いエステルを救うため、走った。


「ちょっ……君! そっちは危険だっ!」


 遺跡の中を走っていると途中、通路から外に出ようとしていた勇者パーティに遭遇した。

 血みどろになっていた勇者パーティ。そしてパーティの一人が俺を見るなり、忠告をした。


 そんなのもちろんわかっている。

 でも、俺はエステルを助けたいんだ。


 だから勇者を無視して、走り続けた。


 到着した時、既にエステルたち三人は地べたに這いつくばっていた。

 今にも殺されそうな状況。そして相手は魔王軍幹部のテジャト。


 さすがにこのレベルの相手とは戦ったことはないので、俺は手に持った剣が震えた。見るだけで背筋が凍るような相手——しかし、目の前の遊びに夢中で、ヤツは俺の存在に気づいていなかった。


「——では、人間の国とはお別れです。名残惜しいでしょうが、覚悟してください」


 テジャトはエステルに手を伸ばしはじめた。

 あの手に触れられると強制転移させられ、一生奴隷生活だ。


 俺は間に合えと、遺跡の床を駆けた。

 そして、瞬時に懐に入ると、そのままテジャトの腕を斬り上げた。


「くぁッ!? 何者ですかッッ!?」


 宙を飛んでいくテジャトの左腕。俺は一撃でヤツの腕を刈り取ることができたのだ。


 テジャトは黒い血が流れ出る左腕を抑え、そして回復魔法を使おうとしていた。 

 しかし俺はそれをさせまいと追撃する。


「————ッ!」


 言葉はいらない。ただ目の前にいるエステルを助ける。

 鍛え抜いたレベル40の剣閃をテジャトに加える。すると持っていた魔力を向上させる特別な杖が手を離れ、魔力が低下した。


「あなたッ! 答えなさいッ! 何者なのですか!」

「お前に答える名前なんかねーよ!」


 迫り、濃紫のローブを斬りつけ、続いて体の中心に剣閃を入れた。


「くああああッ!?」


 硬いはずの皮膚すら通す斬撃。

 血しぶきが舞い、テジャトは苦鳴を漏らす。


「ゆ、ゆるしませんよ……黒髪の剣士。あなたのことは覚えておきましょう——」


 するとテジャトは少しずつ後ろに下がり、逃げようとしていることがわかった。

 そして、次の瞬間には漆黒の穴が魔法によって作り出される。


 しかし俺はそれをさせまいと、テジャトに迫る。その時だった。


「ふ——ビュラルオ」


 杖を失ったとはいえ、そもそもの魔力が高い。

 テジャトは俺ではなく後方で動けないエステルに向かって超級の風魔法を放ち——ニヤリと笑みを浮かべながら穴の中へと消えていった。


「てめえっ!!」


 間に合え、間に合え!


 あの風魔法に切り刻まれれば、絶対に死んでしまう。

 奴隷落ちすることと死亡すること、どちらが良いのか。最悪死んだほうが良いと思うかもしれない。


 けど、俺はどちらもさせたくなかった。


「クソっ! クソっ! 間に合えええええっ!!」


 俺は剣を捨てエステルの前へと飛び込んだ。

 そして、エステルを守るように彼女を抱きしめた。



 ——無防備な背中に強力な風の刃が突き刺さった。



「ぐああああああああああっ!?」


 レベル40と言えども、無防備な状態で超級魔法を受けることは、死に近い一撃となる。


「ぐっ……ぅ…………」


 俺はあまりの痛みにその場に倒れ込み、意識が薄れてゆく。


「おい大丈夫か!? ……なぜだっ! なぜ私なんかを……!」


 動けないエステルが俺を心配している。

 しかし彼女は俺が助ける理由を知らない。ゲーム内では会うことはないし、どんなイベントでも関わることのない存在だ。


 でも、これで良い。

 これで良いんだ。


 助けたかった相手をこれで助けることができるのだから——。


 俺は地面に倒れた状態で、腰に巻いたベルトにつけていた革袋から傷を治す効果のある薬草を一つ取り出す。


「これ……これを食べてくれ……まだ中にいっぱいあるから……仲間にも……っ」

「なぜ……なぜだっ! これは君が先に食べるべきだろう!」

「早く……あいつが戻ってこないとも限らない。だから、早く……」


 美しい金色の髪と青色の双眸がこちらを見つめていた。

 初対面なはずなのに、泣きそうな顔をしている。


 やっぱりエステルは俺の思った通りの人だった。

 正義感が強くて、初対面の俺ですら心配してくれる……。


 そのエステルの顔がぼやけ、頭が真っ白になってゆく。

 魔王に挑めるはずのレベル40になったとしても、結局一人ではテジャトを倒すことはできなかった……でも、それでも——、


「……君を助けられて、よかっ————」


 そこで俺の意識は途切れた。



 ◇ ◇ ◇



「んん……ぁ…………」


 眩しい光が差し込み、背中は柔らかい何かに埋まっているような感覚があった。


「——カストル様カストル様カストル様カストル様カストル様っ!!」


 急に大きな声が聞こえた。


「ぁ————エステル…………」


 視線を動かすと、ベッドのすぐ横にいたのは推しキャラであるエステルだった。

 俺は助かったらしい。そしてエステルも助かったらしい。


 しかしなぜか、目の前のエステルは泣いていて、まだ力の入っていない俺の手を強く握っていた。


「カストルさん、おはようございます。あなたは一ヶ月も寝ていたんですよ」

「そうそう。エステルなんて毎日毎日ここに来て看病してたんだから」


 エステルの後ろには、彼女のパーティであるアトリアとメイベラも立っていた。


 ああ、そうか。

 俺はエステルだけではなく、この二人も助けることが出来たんだ。推しキャラにばかり心を奪われていたが、二人も生きていてくれて、良かった……。


「カストル様っ! 私、一生あなたに尽くします! もう絶対にあなたをこんな目に遭わせません! そして、あの外道魔法使いは私が必ずぶち殺して見せます!!」



 ————あれ?



 エステルってこんなキャラだったっけ。


 いや、俺はストーリー序盤のエステルしか知らない。もし生きていたらなんてことはゲームには存在しない。


 少し重い——そう思ったが、俺はこの時、目覚めたばかりで脳みそにまだ栄養が足りていなかった。だから彼女にこう言ってしまったんだ。


「——ああ、頼んだ……」


 そう言った瞬間、俺の手を握るエステルの手の力が強くなった。


 そして——、


「カストル様カストル様カストル様カストル様カストル様っ……カストル様ぁぁぁぁぁっ!!」


 エステルは叫びながら俺の胸へと涙をこぼした。


 俺はこのあと、推しキャラを救ってしまったことに、少しだけ後悔することになる。

 それはエステルの愛が異常に重すぎる、ということなのだが、それでも彼女を救って良かったと思うのだった——。


 

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