第4話 実力

「ク————ぅぅ…………っ」


 カストルとの戦いで撤退を余儀なくされたあと、魔王軍四天王の一人である『複魔』のテジャトは、魔王領にある魔王城近くに転移ゲートを通して移動していた。


「ヤツは何者なのですか……この私を、魔王軍四天王である私の左腕を一撃で刈り取るとは……」


 失った左腕。血を零し、苦痛の表情を見せながら、魔王城に向かって歩いていた。

 城の前まで来ると二人の門番の魔族が出迎えたのだが、


「テ、テジャト様!? どうされたのですか!?」


 切り落とされた腕を見て、門番は驚きの表情を見せながら、彼を心配した。


「いいから通しなさい」

「は、はい! 直ちに!」


 答えをくれなかったが、門番は大きな扉を開け、テジャトを中へと通した。

 

 向かったのはとある部屋だ。

 赤い豪奢な飾りが特徴的なその部屋には中央に大きなテーブルに四脚だけ用意された椅子があった。


 三脚は既に埋まっており、残す一つはそのままテジャトが座った。


「どうしたその腕は。お前ともあろう者が手傷を負うとはな」


 言葉を発したのは、金と黒の法衣を纏う怪しげな魔族。


「早く治してください」

「貸しだぞ——リケアラー」


 欠損すら治す超級回復魔法を行使した。

 するとみるみる内にテジャトの左腕が復活し、そして緑色の腕が再生した。


 生えた手を握りしめ動くのを確認——テジャトは一息ついた。

 テジャトは魔法に長けている。しかし回復魔法だけは使えなかった。


「——して、お前をやったのは誰なのだ?」


 次に言葉を発したのは、鬼のように赤い魔族。この中では誰よりも筋骨隆々で近づこうものなら一捻りされそうだった。ただ、その顔は鎧兜を被っており、表情はわからない。


「ただの人間です。突如現れた黒髪の剣士……一振りで私の腕を切り落としました」

「ほう……剣士か。ならいつか私も相まみえてみたいな」

「何を言っているのですか。ヤツを仕留めるのはこの私に決まっているでしょう」


 テジャトは赤色の魔族に少し怒りを見せた。

 やられたのならやり返す。当たり前のことだった。


「ふぅん。それで、次は勝てるのかしら? 一振りで腕を斬り落とされたなら、次戦ったら本当に死ぬかもしれないのに」


 続いて声を出したのは、赤紫色の肌が特徴的な灰色の長い髪を持つ女性のような魔族。妖艶なその雰囲気は見るだけで心が吸いつくされてしまいそうだった。


「私も考え無しで迎え撃つわけではありません。作戦を練って戦いますよ」

「まぁ、あなた次第ね。精々死なないようにするのね」

「ふんっ」


 仲間なのか仲間ではないのか、微妙な会話だった。

 しかし、彼らが頭を垂れる存在はただ一人のみ。その一点だけは共通している。


「——魔王様の手を煩わせる前に必ず仕留めてみせましょう……」



 ◇ ◇ ◇



 エステルたちに看病されつつ、実力を見るため街の外で魔物との戦いを観ることにした。


 街には修練場のような施設はなさそうだったので、結局外に出たというわけだ。


 今、俺たちが来ているのはテラミシアの街近くの草原。

 その場所に出現する魔物と戦う予定で、四人で一緒に歩いていた。


「…………あの〜」

「なんでしょうかカストル様っ」


 それは良いのだが、エステルがぴったりと俺にくっついて非常に歩きにくい。

 彼女が俺に感謝しているのはわかるのだが、距離感がバグっているのだ。


 俺はアトリアとメイベラの顔を見つめた。

 すると軽く眉を上げただけで、どうするつもりもないように思えた。


 俺は軽く息を吐き、魔物が出てくるまでこのまま歩くことにした。

 彼女は推しキャラなのでかなり嬉しいのだが、こんなこと前世でも経験したことがなかったので、どう反応すれば良いかわからないのだ。


 歩いている途中、彼女たちのレベルを聞いた。


 エステルは23でアトリアは24、そしてメイベラは22という話だった。

 しかも魔法使いのアトリアは上級魔法も使えるそうで、相当に強いと思われた。


 ゲームではプレイヤーキャラではないため、三人のレベルはわからなかった。だが、おおよそこのくらいだろうと目星はついていたが、大体当たりだった。ただ、ゲームと現実は違う。実際に目で見て確認する必要がある。


「お……あそこに『氷炎鳥ひょうえんちょう』の群れがいるぞ。行けるか?」

「はい! もちろんです!」



『氷炎鳥』とは、飛べない鳥の魔物で口から炎と冷気を吐くのが特徴だ。

 スピードはそれほど早くはないが、魔法に換算すると中級魔法レベルの息吹を放ってくる。油断すればレベル20程度ならやられてもおかしくない相手だ。


 三人は剣を抜いたり構えたりして戦闘体勢に入る。


「——行きます!」


 エステルの掛け声で三人は同時に動いた。


 先制攻撃をしたのはメイベラ。武道家はリーチが極端に狭いが、その分スピードで補っている。軽々と『氷炎鳥』の懐に入り、胴体を手に嵌め込んだグローブで強打。『氷炎鳥』は悲鳴を上げながら仰け反った。


 一方のエステルは器用にも左手で魔法を発動し、レイピアに中級の雷魔法『アルジオン』を纏わせた。


『アスクエ』では魔法ではないスキルのような技のことを『法技ほうぎ』というのだが、エステルは『雷撃突らいげきとつ』を発動。メイベラとは別の『氷炎鳥』の首をブスリと突き刺し、さらに纏った雷魔法が追加ダメージを与えた。


「下がってください!」


 後方でタイミングを見計らっていたアトリアは上級の土魔法『フルグレブ』を放った。飛び退いたエステルたちの足下——『氷炎鳥』の足下に複数の槍のように地面の土が隆起し、空を飛べない『氷炎鳥』を串刺しにした。


 それによりエステルとメイベラが攻撃した『氷炎鳥』は絶命。残ったのは二体だった。しかしその時、『氷炎鳥』がそれぞれ口から炎と氷を吐き出す。


 息吹が近くにいたエステルとメイベラに直撃しそうな時、アトリアが『マホルド』という属性魔法攻撃を軽減してくれるバリアを張った。全てを軽減してくれるわけではないが、動ける時間が確保できたため、二人はその場から移動。


 その隙に二体の『氷炎鳥』に迫ったエステルとメイベラ。

 エステルは『アルジオン』を今度はそのまま『氷炎鳥』に放ち、ダメージに加え雷で硬直したタイミングでレイピアで連続斬りを入れた。


 一方のメイベラは空中へジャンプ。その様子を見た『氷炎鳥』は再び息吹を吐こうとしたのだが、次の瞬間『奈落落とし』の法技を発動。空中で急激にスピードアップし、『氷炎鳥』が息吹を吐く前に頭部にかかと落としを食らわせた。


 それにより残った『氷炎鳥』も全て討伐することができたのだった。



「——カストル様っ! どうでしたか!?」



 トコトコと俺の前まで戻ってきたエステル。仕草すら可愛い。


 エステルもそうだが、他の二人もそれほど息が上がっておらず、ダメージだってなかった。この程度の敵なら問題なさそうだ。


 ただ、『ソーンメタル』を倒せるかと言われれば正直かなりきついだろう。

 となればだ、彼女たちに必要なのは戦術である。


 俺はこのあと三人に、俺なら今の『氷炎鳥』相手ならどう戦う、といった話を説明した。


 簡単に言えば、ここは草原だし今回は『氷炎鳥』は固まった状態でいてくれたが、そうではない場合もあり得る。空を飛べないなら、周囲を囲んでしまえば逃げ場はなくなる。だからアトリアの『フルグレブ』を使うなら、土槍で囲んでから戦った方が良いと答えた。まあ……正解なのかはわからないけどな。


 見た限りはやはり俺が『ソーンメタル』討伐に着いて行って、後ろで指示しながら戦ってもらったほうが安全だと感じた。


 どの程度でちゃんと剣を握って動けるようになれるかはわからないが、正直勇者の様子も気になる。

 ちゃんとストーリーを進めて、攻略すべき場所を攻略し、魔族の手に落ちかけている街を救っているのか、その点が特に気になっていた。


 俺は一人しかいないし、やれることは限られている。結局は手の届く範囲でしか、何かを守れないということなんだろう。


 元々の目的はエステルを救うという話だった。でも、救った今、やはり勇者の後を追うのが良いと考えた。


「カストル様? どうかしましたか?」

「ああ……ごめんごめん。ちょっと勇者のことを考えていてね」

「ゆ・う・しゃ…………?」


 その名前を出した瞬間、なぜかエステルの目が鋭くなった。なんだなんだ勇者に恨みでもあるのか?


「まさか……勇者が好き……だとか言わないですよね!?」

「は、好き!? なんで好きとか出てくるんだよ!」

「何度か見ましたけど、時間と共に勇者は美人になっていっています! カストル様もああいうのがタイプなのかと……」


 いやいや、今エステルはなんて?

 勇者が美人?


「——は? 勇者は女なのか?」

「そうですけど、今や結構有名な話だと思いますが……もしかして勇者のお姿を知らなかった、とか?」

「いや……すれ違いはしたはずなんだが。そうか……そうだったのか……」


 ゲームでは男主人公と女主人公を選べた。

 そしてこの世界では勇者は女主人公だったというわけだ。


 あの、遺跡ですれ違った時、俺はエステルの下へ行くことに必死で、勇者パーティの顔など一切見ていなかった。あそこから出てくるのは勇者しかいないからと、そう認識していただけだ。


 女主人公だからと言って、強さは変わるわけではないが、まさか女性だったとはな……。


「それなら好き……というのは私の勘違いだったみたいですね。すみません」

「いや、良いんだ。エステルの言っていることがよくわからないけど、勇者がいなければこの世界は大変なことになるからな。お前たちを見守ったあとは勇者を追おうと思ってな」

「私を見捨てるんですかああああっ!?」


 びっくりしたぁ。急にエステルが俺の胸元に飛びつき、瞳を震えさせたのだ。

 なぜこうなったのか、全く理解できなかった。


「見捨てるとかじゃない。『ソーンメタル』を俺がいなくても討伐できるくらいになったなら、俺が近くにいなくても大丈夫だろうって話だ」

「それを見捨てるっていうんですううううううっ!!」

「ぁ……え?」

「カストルさん。エステルはこう言いたいんですよ。『ずっとあなたと共に行動してい』と……」


 理解不能に陥っていた俺にアトリアが補足してくれた。


「カストルっ。エステル言ってたじゃん。一生尽くすって。それに、私たちの目的も勇者を支えるってことだからさ、あんたが嫌じゃなければ、これからも一緒に行動して行こうってこと」

「あ……あぁ……」


 そうかそうか。俺の旅に着いてきたいということだったのか。

 一生尽くすというのはあまり覚えていないが、そんなこと言ってたか?


 まあ、いい。

 ただ、彼女たちの『ソーンメタル』討伐にずっと付き合っていてもしょうがない。

 どこかで止めなければいけなくなる。


「カストル様! 一ヶ月だけください! それで自分たちが満足するくらいにレベル上げしてみせます! そうしたら、一緒に勇者を追いましょう!」


 エステルが俺の胸を涙と鼻水で濡らしながらそう言った。


 一ヶ月か。俺の傷の治り的にも確かにそのくらい掛かりそうだからな……。


「——わかった。一ヶ月だぞ」


 それに勇者がゲームとは違ってイレギュラーな行動をしていたら困るからな。

 早めに出発できるなら、それが一番良い。


「カストルさまぁぁぁぁぁぁっ!」

「そんなに泣かなくてもいいじゃないか……」


 俺はちょっと大げさに考えすぎているエステルの頭を自然に撫でた。

 同い年とは思えない、子供っぽさがそうさせた。


「うぅ……もっと撫でてください……」

「しょうがないやつだな」


 綺麗な金髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でてやった。








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