第1話 剣士カストル
あの後、俺が落ち着いてからエステルに事の顛末を聞いた。
エステルは俺から受け取った薬草を噛み締め飲み込み、傷が治ったことで動けるようになった。そのままアトリアとメイベラにも残った薬草を食べさせることができたとか。
でも、俺は意識を失っており、食べさせることができず、回復魔法を使えたエステルとアトリアも魔力を全て消費していため、俺を回復させる方法はなかったそうだ。
男の俺を遺跡から運び出すのはとても大変だったそうだ。
交代交代で背負い、帰路でも魔物と遭遇したため、この最寄りの街であるテラミシアに戻るまで半日以上はかかったとか。
街に駆け込むとそのまま教会に連れ込み、僧侶に回復魔法をかけてもらったとか。そのお陰か俺は一命をとりとめ、こうして一ヶ月はかかってしまったが、目覚めることができたらしい。
今俺がいる場所はエステルたちがとってくれた宿だ。
料金は払ってくれているそうだが、あとで返そうと思う。レベル上げしかしてこなかったから、大量にお金はあるしな。
「いっ……」
「カストル様!? 大丈夫ですか!?」
背中の傷は回復魔法でも全て治らなかった。
何か魔族特有の力が働いているのかわからないが、原作でも知らない何かがあるらしい。
徐々に傷は治っているが、背中の焼け跡は凄まじく、鏡で見た時にはグロくて吐くかと思った。
そんな俺をエステルはずっと心配してくれている。
俺の推しキャラが、まさかこんなふうに看病してくれているなど、嬉しいことこの上ない。
そう言えばずっと気になっていたエステルの俺に対する様呼び。
俺は現在二十二歳でエステルも二十二歳で同い年のはずだ。エステルは気にしないのだろうか。
「ありがとう。ちょっとまだ傷が痛むだけだから大丈夫だよ」
「いえっ……それでも……っ。その傷は私を庇ってできたものです……だから……」
「こうしてエステルが元気でいてくれてるだけで俺の元気の源だよ。だからそんな顔しないでくれ」
「カストルさまぁ……っ」
目覚めてから二時間ほどしか経過していないが、俺がこうして痛みを感じると、エステルは毎度のこと本気で心配してくれるのだ。
「朝ご飯持ってきたよー!」
すると、元気よく部屋に入ってきたのは、武道家のメイベラと魔法使いのアトリアだ。俺が腹ペコなのを見越して持ってきてくれたようだ。
メイベラは露出が多いどちらかというと盗賊職のような服装で、顎先までの短めの赤髪を持った人物。
一方のアトリアは魔法使いらしく、大きめの三角帽子を被り、長い綺麗な薄青の髪をその帽子に収めている。
メイベラが運んできたご飯をトレーごとベッド横の小テーブルの上に置いてくれた。
「カストル様……では、私が……」
「ななっ、なんで!? ご飯くらい自分で——」
「ダメです! カストル様は傷が治るまで私が面倒見るんですっ!」
「いや……その気持ちはわかるんだけど、俺が恥ずかしいんだよ……」
「あらぁ……私如きに恥ずかしがってくれるなんて……」
エステルは自分の美貌に気づいていないのだろうか。
これだけ美人なのに、俺のようなモブ顔の剣士にここまで……。
「じゃあ……お願い……」
「ありがたき幸せっ!」
主従関係じゃないんだから……。
するとエステルは、リゾット風のご飯にスプーンを入れ、それを持って俺の口へと運んでくれた。
「あーん」
「あむ……」
うお……体に沁みる……。ご飯ってこんなに美味しかったっけ。
それにしてもこの一ヶ月間、看病されていたのはわかるけど、飲み食いとか排泄はどうしてたんだろう。
「美味しいですか?」
「うん、めっちゃうまい」
「ふふふふっ。ありがとうございます」
俺がそう言うと、エステルは嬉しそうに微笑む。
笑顔がめちゃめちゃ可愛い。ゲームでは笑顔のエステルは見ることはなかった。だからこの笑顔は原作にないシーンだ。
「エステルが作ったんじゃないのにね〜」
「ふふ、良いじゃない。エステル、あんなに楽しそうなんだから」
後方では、アトリアとメイベラが微笑ましそうにエステルを見ていた。
ああ、これが幸せってやつか……と俺はご飯を噛み締めながらそう思った。
◇ ◇ ◇
エステルが後片付けをして、ご飯を下げに行ってくれた時のことだ。
残ったアトリアとメイベラが俺と会話することとなった。
目覚めてからはしばらくエステルとばかり話していたので、俺もこの二人とは会話してみたかった。
「カストルさん。本当にありがとうございます。あの時、あなたが助けてくれなければ、私たちはこうして元気で生きていることはなかったでしょう」
「うん。ボクも同じだよ。改めてカストル、ありがとっ」
メイベラってボクっ娘だったの!? 確かにセリフはほぼなかったような気もしたけど、髪型もショートだし、似合うけど……。
推しキャラであるエステルのついでに助けたなんてことは言えないが、奴隷ルートではなくなった元気な二人を見て俺も安心できている。
「どういたしまして。そういえば、よく俺の名前知ってたね。名乗らなかったはずだけど」
「一ヶ月もすれば身元だってわかるよ。それに勝手に荷物を見させてもらったけど、ギルドの身分証があったからね」
「そっか……まあわかるよな」
すると、少しだけメイベラがかしこまって、もじもじしはじめた。
「——エステルほどじゃないにしてもさ。分かりづらいけど、私も本気で感謝してるんだからね? あの時の絶望感……絶対に終わったと思ったから……だからさ、私にできることがあったら何でも言ってね?」
「私もメイベラと同じ気持ちです。できることなら何でもしますから……あとは傷の治りが早まるよう毎日魔法をかけさせてもらいますからね」
「はは……俺には勿体ないくらいだ。……でも、二人ともありがとう——」
確かにエステルは特に俺に対しての感謝が見えた。それは恐らく最後のテジャトの魔法から身を挺してエステルを守ったからだろう。その点だけは他の二人とは違うからな。
「——あ〜!! 二人して何カストル様と話してるの!? 私がいない間に変なことしてないでしょうね!」
「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでよっ! ただ会話してただけだって……ね、カストルっ?」
「メイベラ!? カストル様のことを呼び捨てで!?」
「いや……呼び方なんて好きにしてもいいでしょ」
「ダメです! カストル様はカストル様なんですっ!」
「めんどくさぁ……」
「メイベラぁっ!?」
まさに原作にはないやりとりだった。
ゲームではこの三人はとても仲の良いパーティだったはずだ。その故郷などバックグラウンドはほぼ不明だが、まさかこうやって好き勝手言い合える仲だったとは。
喧嘩はしていても、多分これはいつものことなのだろう。そんな雰囲気のやり取りに見えた。
「——あのっ!」
「ん?」
するとエステルとメイベラが喧嘩しているのを収めるためなのかわからないが、アトリアが大きな声を出した。
「私、ずっと不思議だったんです。だから、カストルさんが目覚めたら聞こうと思っていたことがあって」
「なんだ。答えられるものなら何でも聞くぞ」
アトリアは「ええ」と言ってから、その質問を口にした。
「カストルさんは、私たちとほぼ変わらない年齢だと思います。なのに、魔王軍四天王を退けるほどの力を持っていた。そして、あの場に私たちがいなければ、もっと戦えていたはずだとも思っています……」
真面目な話だった。でも、アトリアにとってはこの話は重要なのだろう。
「私たちは魔王を倒そうだなんて、勇者のような大それた目標はありません。でも、カストルさんを見て思ったんです。どうやってあそこまでその若さで強くなったのだと——」
アトリアはまっすぐに琥珀色の瞳を向け、真剣な表情で俺の強さの秘密を聞いてきた。
正直、俺がやったレベル上げはチートな方法だ。
どこにどんな魔物が出現するかを把握しているため、経験値が多くもらえる魔物だけを相手にすれば良かった。
しかし、もしもだ。この方法が広まってしまえば、良くないことが起きるかもしれない。
魔族がどうやってレベルが上がっていくのかはゲームでもわかっていない。しかし人間と同じような方法で魔物を倒しているとしたらどうだろうか。魔族がもっと強くなってしまうのではないだろうか——。
「……この話は、誰にも教えないでほしい。もし、魔族側に漏れることがあれば、それこそ世界の破滅に繋がる……大丈夫か?」
俺の言葉で緊張が走った一同。顔を見合わせ、そして同時に頷いた。
「カ、カストル様を裏切るなど絶対にしません。もうあんな迷惑はおかけしたくないですっ。ですから、私もその秘密、聞いてみたいです……!」
俺の推しキャラであるエステルにまでこう言われてはしょうがないか……。
覚悟を決めて、俺は説明することにした。
俺が、どうして最速でこの領域にまで到達することができたのかを——。
◇ ◇ ◇
青年カストルは、世界地図でいう東側の大陸、その中央に位置する辺境の村——ハクラビで生まれた。
この世界は左右に二つの大きな大陸が分かれており、南部の港町を経由して船で行き来できるようになっている。ただ、そこが最短距離というだけで、海に面する他の港町からも複数の船が出ており、時間はかかるが反対側の大陸へと移動することも可能だ。
そして中央には広大な海が広がっており、点々と島国が浮かんでいる。そのどこかに位置するのが、魔族が住んでいると言われている場所なのだが、この時点での人間は誰もその場所へと辿り着けてはいなかった。
東に位置するハクラビ村は、酪農が盛んな村でその村で生まれたカストルは農家の子供だった。両親と三人暮らしで、次第に成長すると町を警護する自警団に所属する剣士となった。
そんなある日のことだ。
突如カストルに何者かの魂が舞い込み、そしてカストルの意識を奪うようにして、人格が変わった。
しかし、何か強制的な力が働いたかのように、カストルの性格が変わっても、両親や村の人々はカストルの変化に対して疑問を持たなかった。
カストルは自警団を辞め、旅に出た。旅の目的を「助けたい人がいる」とだけ話し、彼なりに両親に感謝し、頭を下げてから村から出ていった。
本来なら、物語中盤で村で遭遇する勇者一行。そこでとある場所へ導く為に少しだけ同行するキャラだが、自警団を抜けて旅に出た現在、この先出会うかどうかはカストル次第となった。
元々剣士だったカストルは、レベル10ほどの腕前を持っていた。
弱い魔物は彼の敵ではなかったため、簡単に死ぬことはなかった。
そうしてハクラビ村から南方ヘ向かい、一番近い街であるミンカルの街という場所に辿り着いた。そして狩った魔物を素材として売れるように、街に構えてあった冒険者ギルドで冒険者登録をした。
カストルはミンカルの街近くのとある洞窟へ向かった。
そこは、ミンカルに滞在する冒険者であれば、誰でも知っている洞窟。最早、宝箱や拾えるアイテムもないため、その場所に向かう冒険者など皆無だった。
しかしカストルは一人その場所へと向かった。
奥へ進み、歩き回り、そして見つけたとある小さな空間。
そこに出現したのは『メタリカボール』という金属のような球体型の魔物。
地面を素早く転がるため、人の目にはなかなか捉えられない。しかしカストルは知っていた。五回に一度は様子を見るために、動きが止まるという特徴だ。
それまではずっと防御に徹し、五回目の行動時に畳み掛けた。それを何度か繰り返し、『メタリカボール』を討伐。膨大な経験値を獲得した。
それを一ヶ月ほど続けると、レベル30に到達した。
しかし、魔物を討伐して素材を売るには、他の魔物も倒さなくてはいけなかった。なぜなら『メタリカボール』は素材がなく、倒した瞬間にそこから消えてしまう魔物だったからだ。
しょうがなく取得経験値の少ない魔物も平行して討伐し、生活していった。
次第にカストルの目的の時間が迫ってきていたのと共に、レベル上昇のスピードがガクッと落ちてきていた。
そこでカストルは一週間かけて場所を移動した。
東の大陸の南部である港町シェラタン。そこで船に乗り西大陸に足を踏み入れ向かったのは、西大陸南部にあるセルペンティスの街。
その近くに連なっていた山の一つである鉱山。カストルはその場所へと向かった。
そして探したのは鉱山のとある場所にだけ生息する『ソーンメタル』。
『メタリカボール』と同じ球体で金属の体を持つが、その体を覆うように金属のトゲが生えているのが特徴的な魔物だった。
金属系の魔物には魔法はほぼ通らず、一部魔法も使えたカストルだったが、剣術のみで戦うことになった。
この『ソーンメタル』のヤバさは金属のトゲを飛ばしてくることだった。一度でも受ければ大ダメージを負ってしまうが、レベル30のカストルにとって、躱すことは容易だった。
ただ、こちらも素早さが異常だった。
『ソーンメタル』は『メタリカボール』と違い、空中で浮遊している魔物。空中でそれなりのスピードで動かれると、攻撃がなかなか当たらない。逃げられることだって多かった。
しかしここは鉱山。カストルは岩を削り取り、地形を利用し、『ソーンメタル』を取り囲んだ。逃げ場のなくなった『ソーンメタル』はトゲを飛ばすが、レベル30のカストルには意味がなかった。
そうして『ソーンメタル』を討伐し、膨大な経験値を得たのだ。
この魔物の討伐にしばらく時間を割き、そして来たる日、カストルはレベル40となった状態で、西大陸南西部のテラミシアの街近くにある目的の遺跡へと向かった。
◇ ◇ ◇
俺は掻い摘んでどこからどう旅をしてきて、どんな魔物を倒してきたのかをエステルたちに説明した。
「俺はズルしてたんだよ。だから褒められることじゃな——」
「——カストル様カストル様カストル様っ!! やっぱりカストル様はすごいです! レベル40だなんて、そんな人間聞いたことありませんっ!」
謙遜して話したつもりだったが、エステルは感動し、称えてくれた。
「そんな名前の魔物聞いたことがありませんでした……」
「てか、そこまで素早いのによく倒せたよね」
アトリアとメイベラも驚きの表情をしていた。
どの魔物からどのくらいの経験値が入るか、この世界の住人はどれだけ把握しているかわからない。
でも、メタル系の魔物がどこに生息しているかまで把握している人はおそらく一握りか、存在すらしないだろう。
「はは……俺は俺で必死になってやってたからな……」
エステルを救いたくて、な。
今思えば、セルペンティスの街では、俺はちょっとした有名人になっていた。
『ソーンメタル』を倒してからも別の魔物を討伐していったのだが、その討伐数と倒した魔物の強さ故にギルドに素材を持っていく度に驚かれた。
ただ、俺には時間がなかったため、話しかけてくれた人たちに素っ気なくしてしまっていたかもしれない。いずれ戻る時があれば、ギルドに顔を出してみよう。
「カストル様っ!」
エステルが大きな声で俺に近づく……とても近い。彼女の良い匂いが鼻腔をくすぐり、少し恥ずかしくなる。
「私を……私たちをその場所に連れて行ってくれませんかっ!? 強くなりたいんですっ!」
「カストルさん、どうでしょうか?」
「私からもお願いっ!」
まあ、こうなることは予想はしていた。
ただ、近くには『メタリカボール』はおらず、今の状況だと『ソーンメタル』がいる鉱山に向かうことになる。あのトゲは結構危険だからな、今の彼女たちの実力が知りたい。
「……わかった。ただ、まずは俺の背中の治療をさせてくれ。その間に皆の実力を見せて欲しい——どこか修練場や実力を見せるのに良い場所はあるか?」
「カストルさまぁっ! ありがと〜〜〜っ!」
「いだだだだだだだっ!?」
承諾すると、エステルが俺に飛びつき、その豊満な胸を押し付けた。
しかし、背中が痛すぎて堪能するどころではなかった。
いつかちゃんと堪能できる日が来るのだろうか……。
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