第2話 魔法剣士エステル①
★エステル視点
私は西大陸のとある街のそれなりにお金持ちの家に生まれたお嬢様だった。
両親と妹がいて、小さい頃から英才教育をされてきた。
すくすくと純粋に育っていった私は、10歳のある時、紙芝居に出会った。
それは街を訪れていた旅芸人が気まぐれに行っていた紙芝居。内容は勇者と魔王の伝説の話だ。
その話によれば、数百年ごとに現れる魔王。そしてその時期に合わせるように現れるという伝説の勇者。勇者は特別な力を持っており、伝説の武具とその特別な力を使って魔王を討ち倒し、世界を救うというものだ。
小さかった私だって知っていた。魔王は魔族や魔物の頂点にいる存在で、人間を襲って世界を悪で支配しようとする悪者。
だから私は憧れた。そんな敵に立ち向かう勇者に。いつか現れるという伝説の勇者に。
自分は勇者ではないから、魔王を倒すなんて大きな夢は持てない。でも、どこかで勇者を支えることならできるのではないだろうか。そう思い目指した冒険者。
両親は当初反対したが、私は一度決めたことは曲げない性格だった。だから最後には折れてくれて、私の旅立ちを許してくれた。
勇者は魔法と剣技どちらも使う者だと聞いた。だから私も同じようにどちらも使えるようになろうと魔法剣士を目指した。魔法が使えるが故に通常の剣士よりも剣技の威力は劣るが、魔法を纏わせた魔法剣が使えるため、威力の弱点も補えた。
そうして私が20歳になった時だ。
もうすぐ勇者が現れると街の占い婆さんがそんなことを言い出したという噂を耳にした。
流れるような深い青色——紺青の髪を持った少女。それが目印だと私は聞いた。
しかし魔王は数年前には現れており、各地で魔族が猛威を振るっていた。それなのに一向に勇者は現れず、このまま世界が終わってしまうのかと、恐怖した。
私が22歳になった時だ。
ついに勇者が現れた。
占い婆さんが言った通りだった。紺青の髪を持った少女が突如としてどこからか発見され、勇者として祀り上げられた。
初めて見た時、こんなに小さな子供なのかと感じた。彼女は18歳で私よりも4歳も年下だった。
覇気がなく、オドオドしていて、とてもじゃないが魔王を倒せるようには見えなかった。
名前はステラ。星のように輝く名前。そのはずなのに、彼女には輝き一つ見えず、私は失望した。何のためにこうして仲間を集め、勇者を支えようと今まで頑張ってきたのだと。今までの私の頑張りは何だったのかと。
しかし一ヶ月が過ぎた頃のこと。
久しぶりに見た勇者は見違えるような出で立ちになっていた。
身長はさほど変わらず小さいままだったが、内から漲る何かが彼女を強くさせていた。これが勇者だと、彼女しか持ち得ない特別な力なんだと、一度は失望した心を入れ替え、再度彼女を陰ながら支えようと思った。
私はこの時初めて怪しげな街の占い婆さんの下へ行こうと思った。
『あなたの言っていたことは本当でしたよ』と、伝えるために。
占いの館へ入るとその占い婆さんは、顔も手もしわくちゃで、頭までローブを被り「イッヒッヒッヒ」が口癖の怪しい人物だった。
そして私が勇者のことを伝えようとした時のことだ。
「ぬぬっ!? お主……死相が出ておる……このままでは確実に死ぬぞ」
会って早々、目の前の水晶を見つめながら唐突にそう言われた。
勇者のことを当てた本人から言われた言葉だ。
私はその話を信じてしまった。
しかし、何をどうすれば良いかわからず、そのままどうすればその未来を回避できるのかを占い婆さんに聞いた。
「ふむ…………ワシから言えることは、お主の運命の相手は黒髪黒瞳の青年ということだけじゃ」
と、聞いた答えとは別の答えが返ってきて、私は理由がわからず問い詰めた。
そもそも黒髪の人間など、この世界には数えるほどしかいない珍しい髪色なのに、探し出すことは無理だろうとも考えた。
占い婆さんは、別名『孕みババア』と呼ばれているらしく、彼女が水晶を通して運命の相手の特徴を教えてくれるとか。
そして、その人を見つけることができ、いつまでも離さないでいれば、その相手との子供を孕み、産むことで幸せになれる、ということらしい。
実際に何組もそういった相手を言い当てたらしく、感謝の声が後を絶たないとか。本人が言うには、だけど……。
結局、私が死ぬ運命を回避する助言は得られなかった。
そのことを仲間に話すと、勇者を支えようとしているのだからいつか必ず死んでしまう、なんてことを言われ、それもそうだとあまり気にしないことにした。
そして、その時がやってきた。
勇者が現れてから約三ヶ月後のことだ。
ちょうど訪れていたテラミシアの街に滞在している時、既に使われなくなった古い『エルジアの遺跡』という場所で何者かが怪しげな儀式をしているとの情報が出回った。
そこで、私たちが調査にし行こうとした時、同じくテラミシアに滞在していた勇者パーティが、先んじて遺跡へ向かったと耳に入った。私たちはすぐに動き、彼女たちの後を追った。
その遺跡は迷路のように入り組んでおり、しかし勇者パーティが先に進んでくれていたお陰か、元々は開かなかったらしい扉も私たちは立ち止まることなく突破し、先に進むことができた。
そうして最奥の部屋まで到着した時だ。
勇者パーティの四人全員が床に倒れていて、血みどろの満身創痍だった。
人が変わったように凛々しくなっていた勇者ステラ。彼女も頭部から血を流しており、もう戦えないと一目でわかった。
目の前にいる謎の敵を見た時、私の体は硬直した。
魔法で何かされたわけではない。その威圧感に気圧されたのだ。見ただけでわかる圧倒的実力差。
勇者ですら敗北した相手だ。まだ私たちの方が勇者パーティよりも実力が上だったが、それでも勝てるわけがないと瞬時に感じた。
覚悟した——私は今日ここで死ぬんだと。
でも、私は思っていた。
今の勇者なら命を投げ出しても良いと。10歳の時に聞いた、あの勇者の伝説の話。それが真実なら、ここで彼女を、勇者ステラを絶対に死なせるわけにはいかない。
勇者はこれから強くなって、将来必ず魔王を倒すのだと。
そう信じて、私たちは魔王軍四天王——『複魔』のテジャトへと立ち向かった。
——持ったのは数分だった。
いや、手加減されていたのかもしれない。本来なら、もっと早く終わっていたかもしれないのに、最後の方は手のひらの上で人形劇をしているように私たちを弄んだ。
奴隷にして一生働かされる、そう言われた時、絶望した。
まじまじと自分の未来を想像してしまい、これ以上何もできない無力感に悔しさを滲ませた。
もし奴隷にされたのであれば、純粋な労働力の他に、何者かに孕まされ、泣きながら魔族に従い、いつしかゴミのように死んでいくのだろうと恐ろしい想像をしてしまった。
そうしてヤツの手が私に向かって伸びてきた。
勇者を生かしたことだけが、これまでの自分の人生最大の幸福だと、そう思い込み、全てを諦め、だから外道の手を受け入れるしかないと——、
そう思った時だった。テジャトの左腕が宙へと飛び、私の眼の前に黒髪の青年が割り込んだのは。
見えなかった。
それなりに研鑽してきて、仲間のレベルも平均20は超えていた。それなのに、ほとんど動きを目で終えず、その青年はさらにテジャトを圧倒し、剣神となってヤツを切り刻んでいった。
しかしあと一歩だった。
撤退を決めたテジャトは時空の穴を作り出し、魔族領へと逃げようとしていた。
黒髪の青年は逃がすまいと迫ったのだが——倒れて動けない私が狙われてしまった。
「クソっ! クソっ! 間に合えええええっ!!」
必死な叫びが迫り、そして蹲っていた私は彼に抱きしめられていた。
「ぐああああああああああっ!?」
彼の背中が見たこともない超級魔法によって無惨にも切り刻まれる光景を目の当たりにした。
何が起きたのか意味もわからなかった。なぜ彼が初対面の私を助けてくれたのかもわからなかった。全てが私の理解を超え、そして、彼は必死になって、革袋の薬草を取り出し、私に渡した。
「……君を助けられて、よかっ————」
最後まで声を聞くことができなかった。彼はそのまま気を失ってしまったから。
「なぜ……なぜ私を……っ」
涙ながらに私は薬草にかぶりついた。苦くてマズい、とても食べられるものではない薬草。だからほとんどの人は魔法で傷を回復し、薬草を持つ人など上の冒険者になるほど少ない。
そのはずなのに、私より圧倒的に強い彼が持っていた薬草。最初から誰かの魔力が尽きているとわかって持ってきたような革袋に大量に入っていた薬草。
私はまだ息のあったアトリアとメイベラにも薬草を食べさせて傷を回復させた。
体力も削られている中、私は彼も必ず救いたいと再度倒れている場所に近づいた時だった。
なぜかわからないが、『孕みババア』の言葉を思い出した。
『——ワシから言えることは、お主の運命の相手は黒髪黒瞳の青年ということだけじゃ』
トクンと心臓が跳ねた。
そして、しばらく鳴り止まず、うるさく鼓動し続けていた。
いや、まさかそんなことはないと。あんな怪しげな婆さんの話を鵜呑みにするなんて、絶対に間違っていると。
確かに勇者のことは当てたかもしれない。それでも他の全ての占いが当たるわけではないだろう。『孕みババア』なんて卑猥な異名で呼ばれている人物だ。信じることなんて……。
私たちは死にかけ、今目の前にいる彼も死にかけていて。
それなのに、そのはずなのに————私の下腹部は熱く熱く、疼いてしょうがなかった。
助けたい……絶対に助けて、この人と会話して話を聞きたい。
なんで私を助けてくれたのか、なんでこの場所に来てくれたのか、なんでも良いからこの人と仲良くなりたい。
本能でそう感じてしまった。
だから、ここで絶対に死なせるわけにはいかない。
名前だってまだ知らない黒髪黒瞳の青年。
この人がもし『孕みババア』の言った通りの人なら、絶対に生かして、もう一度会うんだ。
——私を孕ませて、幸せにしてくれる、運命の人かもしれないのだから。
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