第3話 そのケンシ
日が昇っているうちは目的地へ歩いていたが、私の要望で途中にあった市場を見て回ることになった。
「この世界には五種の種族がおってな。それぞれ国を持っているのだが、種族が混ざりあって物を売り買いしているのは市場だけじゃ。」
「そうなんだ。皆仲悪いってわけじゃないんだね。」
「まあ、天界がなくなってからは市場の数も減ったがな。」
「ってことは…。」
「仲の良さはそこそこじゃ。」
「そ、そっか…。」
「ちなみに人間に一番近い姿形をしているのは、鬼族、鵺族と呼ばれる者たちじゃ。」
「ふたつあるんだね。えーっと、鬼とぬえ? 不思議な名前だね。覚えにくい。」
「まあ覚えずとも良い。」
「でも覚えなきゃ、小さなことでも覚えて、知識つけて、強くなって、この世界に適応して、おばあちゃんの大切な人救わなきゃ。」
「そうじゃな。強くなるには知識が一番じゃ。」
「だよね、いっぱい覚えるよ。おばあちゃんのために。…そういえば、白椿鬼はその大切な人に心当たりあるって言ってたけど、どんな人なの?」
「まだ確信がついておらぬ。確信もなしに誰かに話すのはあまり好きではない。」
「そ、そっか。じゃあ確信が持てるまで待っとくね。」
「ああ、きっと天界に行ったら全てわかる。それまでじゃ。」
(天界…どれくらいかかるんだろう。)
白椿鬼にこの世界について教えて貰いながら、市場に売っている食べ物や飾りを見ていた。
「この椿の髪飾り、付けたら白椿鬼とお揃いだね〜。」
「お前には似合わぬ。」
「なんて酷いことを言うの。」
一緒に見て回っているうちに、こんな軽口を叩けるくらいに打ち解けていた。
───────ソレカラソレカラ───────
「あーっ、疲れた。」
そんな独り言を吐き捨てた。
あれから歩き続けて三日が経った頃。
夜には焚き火を炊いて野宿。ご飯ははそこら辺にいる食べられる虫とか果物。
田舎暮らしに慣れていた灯織だったので、虫は平気で触れる。
ぱっと捕まえて、さっと火にかける。
(こんなの慣れっこだけど。)
でもやっぱり味気ないし、お腹にたまらない。文句を言いたいところだけど、白椿鬼は虫が嫌いなのかなんなのか、三日間一度も食べ物を口にしなかった。
(白椿鬼は食べなくても生きていけるのかな、羨ましい。)
野宿と言っても、土に直寝はキツいので、近くの市場から藁をかき集めて寝る。本当は宿みたいな所で寝たかったけど、市場の宿は高いからダメだって白椿鬼が言うので仕方なしだ。
肝心の白椿鬼は、明日も朝から歩く。さっさと寝ろ。と先程私に吐き捨ててどこかに行ってしまった。
また変な人に絡まれるのが怖いから、なるべく離れて欲しくないんだけれど。
(まあでも、帰ってきてくれるよね。)
ポニーテールにしていた髪ゴムを取って腕にはめる。
そういえば、白椿鬼はちゃんと寝ているのだろうか。いつも白椿鬼は、私が寝た後に寝て、私が起きる前に起きていると思っていたが、考えてみれば白椿鬼の寝顔とか見た事ない。
(寝ず食わず…? でもこの世界ならなんでもありか。)
考え事はやめよう、と、灯織は目を閉じて眠りに入った。
─────ソレカラソレカラ─────
眠りについてから数時間が経過した頃。
サッ、サッ、サッ
「……?」
なにか音がする。なにかに呼ばれている気がする。
音が気になって眠るどころではなくなってしまい、仕方なく体を起こす。
「ひぇぇっ、さむう。」
(白椿鬼に呼ばれてこの世界に来た時も、たしか何かに呼ばれている気がしたんだよね。また白椿鬼が私のことを呼んでるのかもしれない。)
体をさすりながら、キョロキョロと辺りを見回す。藁は思ったより暖かかったが、さすがに冬の夜に野宿はきつい。
(白椿鬼、やっぱりいないや。)
灯織は呼ばれた方向へと目線を向けた。
(……あっちの、林の方からか。)
私は起き上がり、何かに導かれるように雑木林へと迷い込む。
月は雲に隠れていて辺りはよく見えない。何を目印に歩いているのかも分からない、ただ呼ばれているような気がして、引っ張られている気がして、歩いていた。
歩く足音が森の静けさにかき消され、私ははふと足を止めた。迷子になったわけじゃない。夜の冷たさが肌にしみるだけだと思っていたけれど、次第に不安が膨らんでいく。
ふと立ち止まり、暗闇の中で手を伸ばすと、冷たい木の幹が触れる。自分の周りに広がるこの広大な雑木林は、一体私に何を伝えようとしているのだろうか。
そんなことを考えながらふらふらとしていると、何かを私の耳が拾った。
最初は小さくて、何かが空を切るような音だった。でも、次第に力強い音に変わっていった。
カツン、カツン、ガツン、ガツン、
不規則なリズムで、流れてくる音の方向へと一歩ずつ歩みを進める。
近づけば近づくほど、その音は次第に私の体を震わせた。
木の影からそっとのぞくと、そこにいたのは白銀の髪をした深く青い目をした少年。
(誰だろう。)
おびただしい程の傷が浮かぶその木の幹に、木刀を打つ音だった。
目の前で繰り広げられるその動きは、ただの鍛錬には見えなかった。
「はぁっ────!!!!!!!!!!」
彼がそう叫び樹を叩いた瞬間、その樹は真横へ、ガン、と重い音を立てて倒れた。
その時、雲に隠れていた月が、ゆっくりと顔を出した。
彼の放つ気配が、銀色の髪が、青い瞳が、汗さえも月光に照らされて神秘的に光るたび、私の胸の奥が熱くなった。どこか夢のような、現実とは思えないような感覚が、私を包み込んでいく。
あまりの美しさに見惚れ、ぼーっとしていると、彼は木刀を真横に投げた。
ガンッ
その木刀は、私の隠れていた樹に刺さる。私は木刀が目の前に刺さった事に驚き、声すらも出せないでいた。
「な…。」
「誰。」
彼はギロリとこちらを睨みつける。先程の美しさとは反転し、氷のような冷たい視線で睨みつける。
「えっと…あ、あの、凄く、凄く綺麗で、そっそれに…凄くかっこよくって! み、見てるだけで心臓がドキドキしちゃって、それで、えっと、あれ、あれってどうやるんですか! 速くて、力強くて、なんか、まるで魔法みたいで、だって、月明かりが、ふわーってキラキラし始めて、なにもかもが神秘的で、満月でもないのに、すっごく綺麗で! それに、木が倒れた瞬間、現れたりして、なんというか、もう、ほんとに素敵で!」
「は? ちょ、ちょっと、止まれ、お前誰?」
「す、すごくて、すごい! 鉄じゃないのに、木刀なのに! 樹が斬れるなんて!」
「聞いてる?」
「あぁ、えっと! 私、日向灯織って言います。なんていうか、あなたの鍛錬が本当にすごすぎて、たまたま通りかかっただけなんですけど、つい見入っちゃって。あんな風に木刀で木を折るだなんて、なんか本当に感動しちゃって…。あ、でも、あの、何か教えて欲しいんです!どうやってそんなに強くなれるんですか? それとも、なにか魔力とか使ってるんですか?」
おばあちゃんの大切な人を救うためにも、私はこの世界で強くならなきゃいけなかった。おばあちゃんのためなら、何だってしたかった。
この時私は、つい気が動転して、知り合ったばっかりの子に変な質問をしている事に気が付かなかった。
「は? 何言ってんの、魔力? バカかよ。」
私は目の前の樹に刺さった木刀をぐっと引っ張ってみせる。
いくら引っ張っても、木刀は樹から離れようとしない。
力いっぱい、全身の力をかけて引っ張ってみせるも、全く抜ける様子は無かった。
「だって、ほら! 投げただけなのに、こんなにも深く突き刺さって、かっこよくて、すごくて、だから絶対魔力か何か使ってるに違いないでしょ! だって木を折るって、普通じゃできないし! それともこの木刀に何か仕掛けがあるんですか! どうやって手に入れたんですか?」
「うるせえな。僕に構うな。」
彼はこちらへやって来て、片手で木刀をすっと抜いた。
「す、すごい! あっ、じゃなくて、違う、私はただ、感動して、どうしても伝えたかっただけなんです! こんなに強い人、初めて見た。絶対他の誰とも違う! 凄い秘密があるはずなんです! 教えてください!」
「呆れた。」
すると灯織は目をぱっと見開いて、さっきよりも目を輝かせながら彼に近づく。
「わ、わぁ。すごい…。とっても綺麗な目してるんだね! こんな綺麗な青い瞳、初めて。 私の世界には青い瞳の人なんていないから!」
「なんなのお前。」
彼は付き合いきれないと言わんばかりに、灯織に背を向けて歩き出そうとする。
「あ…あ、ちょっと待ってください! そ、そんな事言わないで! もう少しだけ! なにか聞かせて欲しくて!」
「うるさい帰れ。」
彼は背を向けたままスタスタと距離を開けるように早足で歩く。
灯織は彼の手に持った木刀を目にし、腕を掴んで引き止めた。
「ねぇ、なんなの? まだ僕になんか用?」
「えっ…や、もしかして、剣士かなって。」
「は? だから何。」
「えっと…っ、私の知り合いが、剣士を探してて!」
「…あのさ、それ僕に関係あるの? 帰っていいかな。」
彼女は最初の勢いとは打って変わって、段々焦りはじめていた。
「まじでなんなの。」
「ねぇ、白椿鬼って知って……あれ!?」
それほど遠くもない場所から、そんな声が聞こえる。
林の中から、叫ぶような声も響きわたる。
ザッ、ザッ、ザッザッザッ、
少し遠くで、そんな風に追いかけるような足音も聞こえた。
朝日が昇り始めの頃、彼は彼女との距離を離そうと足音を早めていた。
変わり果てた神の世界で ヨナ @Yona__22
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。変わり果てた神の世界での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます