第3話 北海道 札幌東区
「舐めていいの!?」
「ああ、好きに舐めると良い。舐め放題だ。舐める専用のギターだ」
「この世にそんな贅沢品があるなんて……!」
「同感。私もそんなものがこの世に存在するとは思わなかった」
こちらの店では「ぜひお試しください」と書かれたポップが掲げられた隣にあるギターが無料で貸し出されていた。それは試奏をお試しくださいという意味ではなく、自由にギターを舐めていいですよという意味だという。意味が分からん。店員さんに話を聞いたところ、始めた店長は既に何年も前に他店舗に異動したとのことで、なぜこのようなサービスがこの店にあるのかは誰も分からないという。また、店でこのサービスを始めてから今年で12年になるが、誰も舐めたことはないそう。一応サービスなので、いつも綺麗に手入れしており、専用オイルなどを使って毎日準備万端にはしているとのこと。なんでまたそんな奇行を。それでは普通の人間も当然、変態ですら手に取ることを躊躇するだろう。そしてこの私の感想は当然の如く正しいであろうとも思えた。
「持ってみますか?」
「まあ、持つだけなら。舐めるのはそこの犬みたいな女がやりますので」
「師匠! 師匠! さっと鑑定してください! はやく舐めさせてください!」
変態である。
「えーっと、これは中古ですね。傷があります。使い古されたというよりは、やはり何度か試すように使われてますね。年数は……けっこう経ってる。昔のギターか。十年以上だが、そこまで古くないか。ヴィンテージという程ではない。あれ? 誰も試奏したことなかったんじゃ」
「舐める専用の前は普通の試奏用でしたから」
「なるほど」
「続きをお願いします」
「昔からあるとのお話通り、このギターは少し古い型、いや初期ですね。そして安い。フレットの処理が荒いですね。ざらざらしている。指板の木材が少し特徴的。特殊ですね。つまりこのギターはバスカーズです。現行のはなんとかウッドを使っているけど、これもそれに近い何か。フレットの横が丸くなっている、というギターはいくつかあったはずですが、おそらくこれは中国製だから絞り込めます。最近の中国製の上の価格帯は質の良いギターが出てきていますが、この当時は質が安定していなかった。安いギターは本当にギターを始める人に触らせるレベル。作りが少しお粗末で、ギターみたいな音が鳴る何か。当時は日本とかアメリカと違って品質管理がイマイチだったんでしょうね。今は安い入門編のギターはであっても幾分か安定してきましたから、そういう意味では新品のギターなら使い始めるに買って使うのはは問題ないでしょうが。改めて言いますが、このギターはバスカーズ。島村楽器さんのブランドのギターです。ネックが細くて、とても軽い。少し粗末にも思える作りと先ほど述べた他の特徴から、これはバスカーズ。カラーは黒。バスカーズの中古です」
「お見事。目が見えないのにすごいですね」
「私はギターを当てる超能力を持っていますが、だいたいは使わず、握るだけでだいたいわかります。ありがとうございました。さて、弟子よ。お店の好意に甘えて舐めなさい」
「はい! いただきます!」
弟子である少女はギターを受け取るとヘッドからネックを経由してボディへと味見するとまたヘッドに戻るという順番に、それは楽しそうに舐め始めた。
「うーん、この味。この古くて雑なところがいい味ですね。この類いは久しぶりです。最近は新しいのしか舐めて無いので。ボディは……うーん、ナイステイスト! 見た目通り黒色の味がします。やっぱりストラトは違いますね。おいしい、おいしい」
何度見ても変態である。ギターを折るとかなら見たことあるけど、これはさすがにプロでもアマチュアでも見たことがない。やっているバンドがあれば知りたい。こいつを連れて行く。
「弟子よ、せっかく来たのだから何か食べていこう。人並みだが、寿司かラーメンが食べたい。他になにかあれば検討に加えるが」
「なんでもいいでぇすよ。あっしはこれで満足なので。もちろんご馳走も美味しくいただきますが。師匠のお好みに任せます」
「そうか。では寿司とラーメンとラーメンサラダを食べに行こう」
こうしてふたりはそれぞれの特技を披露し、各々の欲望を満たした。ふたりの変態を極める旅はまだまだ続くことになる。続くったら続く。次はあなたの街に行くかもしれない。迷惑になること間違いなしだから怯えるか、覚悟するが、無意味に歓迎してください。またどこかで。きっと次回に続きます。
目隠しギター師匠、将又弟子舐めて候う〜視力を犠牲にギターを判別できる超能力を手に入れたらギターを舐めまわす変態少女を弟子に取ることになったので二人の欲望を満たすための全国行脚の旅を始めました〜 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
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