パリスグリーン

みあ

第1話 オフィーリア

 水中に横たわる流木と青い葉がLEDに照らされている。曇りない透明な硝子の箱に入れられたそれらは、何を語るでもなく息をしながら静止した世界を保っている。誰にも邪魔されない小さな森の良さは、身近に良さを分かる人はいない。魚がいない水槽なんて何処がいいのか、と。魚が邪魔なことがなぜわからないのか。一から作った小さな僕の森は部屋の至る所に存在する。90cmほどの大きさのものから、手のひらに乗るようなコップに入っているものもある。


「こんだけあるなら一つくらい魚入れればいいのに。熱帯魚、かわいいよ? 」


 そう言う彼女は、隣の家に住んでいる幼馴染。僕のアクアリウムに影響を受けて彼女も一つ水槽を持っているが、彼女は水槽に熱帯魚を入れている。


「あんなもの、水槽が汚くなるだけじゃないか。それにこの中が煩くなるのは嫌なんだよ」

「ほんと、変なの。グッピーとかネオンテトラとかきらきらしてかわいいのに」


水槽が汚くなる話をしているのに、どうして魚が可愛いという話になるのか。そもそも僕は魚を飼いたくて水槽を作っているんじゃなくて、アクアリウムという森を作りたくて水槽を作っているのだ。


「あ!そうだ、これお土産ね」


そう言って彼女が見せてきた絵葉書は、草木の中にある池に女性が浮かんでいる絵画だった。不吉な印象を持たせる絵だ。先日美術館に行くんだと言っていた。そこで買ってきてくれたのだろう。


「『オフィーリア』っていう絵なの。ちょっと怖いけど綺麗でしょ?こういうの、作れないの?」


もちろん、人は入れないでね。と彼女は笑って言った。


 彼女と別れた後,あの絵を検索して描かれていた植物やあの絵の詳細を調べた。同じものを水槽で作るのは不可能だと思った。山に行けば何かしらいい素材があるかもしれない。


 実際、いい素材があるどころではなかった。あの絵画そのままの場所があったのだ。小さな池で、蒲や藻の生え方や、白山吹の咲き方なんてそれは見事だった。(恐らく誰かが植えたのだろう。白山吹が自生している場所は少ない)

 ここがいいと思った。翌日、幼馴染と約束を一週間後に取り付けて僕は満足していた。花の状態が変わるのは良くない。


 当日、花屋で数本花を買った。絵画の通りの花の色の。準備は完璧だった。

 彼女は、例の場所を見てひどく喜んだ。


「あの絵そっくり!よくこんなところ見つけたね」

「あと少しで完成するんだ」

「これでいいじゃない」


駄目だよ、と答えて彼女の肩を押した。よろけて転び、ずぶ濡れになった彼女は怒った。


「何すんの!危ないでしょ! 」


起きあがろうとする彼女の肩を押さえつけて顔を池の中に浸ける。案外重労働で、僕も水に入らざるを得なくなった。大人しくなった身体を仰向けにし、池の中央に移動させる。どちらにせよずぶ濡れになることは避けられなかった。配置に満足したので一旦池から上がり、買ってきた花を包み紙から出す。


あの絵では、花冠を持っているということらしいが、生憎花冠は作れなかったのでそれっぽく並べた。ひどく殺風景な池の中に赤や黄色、青の花が散っている。


「……完成した」


これぞまさしく『オフィーリア』そのものである。


「あーあ、やっぱり生き物なんて入れるもんじゃないな」






『オフィーリア』

1851年から1852年にかけて制作されたジョン・エヴァレ

ット・ミレーによる絵画である。

ロンドンのテート・ブリテン美術館所蔵。

オフィーリアは、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物であり、この作品で彼女がデンマークの川に溺れてしまう前、歌を口ずさんでいる姿を描いている。

ミレーは、この絵のモデルとなった女性に服を着た状態で、水を満杯に張ったバスタブの中に横たわらさせて描いたという。

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