皮に着られた兄

もぐもぐしてるよ(牛丸 ちよ)

皮に着られた兄

 私はアイスティーにしようかな。

 あなたは何にしますか? ココア?

 じゃあ、アイスティーとココアで。注文は以上で大丈夫です。はい、おねがいします。


 さて、今日は来てくださってありがとうございます。

 不思議な話を集めるサイトがある……と、友達から紹介されて、あなたを知りました。

 ぜひ、「私」の話もそこに加えてください。

 いつか答えを教えてくれるひとが現れるかもしれないので……。


 それにしても、見知らぬ人からの呼び出しメールにほいほい来るなんて、本当に変わり者なんですね。趣味のためとはいえ、少しは警戒心を持ったほうがいいですよ。なんて、余計なお世話ですよね。


 本題に入りましょう。

 ──私、「どっち」に見えますか?


 性別のことを聞いているのかって?

 ……そうですね、みんなに言われますよ。「男にも女にも見える」って。


 今の時代的に答えにくい? あはは。じゃあ、答えなくて大丈夫です。大切なのはそこじゃないですから。


 それに、「答えにくい」んじゃなくて「答えられない」んじゃないですか?

 気にしないでください。私自身、身体も服装も、判断できないくらい中性的だなって思ってますから。



 私、双子なんです。

 けれど妹は身体に問題があったようで、生まれてすぐに亡くなりました。

 一方の私も、ほとんどの皮膚を持たずに生まれてくるという大問題な状態だったそうです。


 で、私は妹の皮膚をもらって奇跡的に生き延びました。


 そんなことが現代の医療技術で可能なのか、疑わしい? そうですね。でも確かに私はこうやって存在しています。いろんな奇跡が重なった結果だと、通院のたびに言われますね。


 イチかバチかで移植手術を強行したものの、他人の皮膚を全身に張り付けた赤ん坊が生きられるとは医師たちも思っていなかったみたいです。皮膚がちゃんと生着するかもわからないし、感染症を起こしたら終わりだし、問題は山積みでしたから。

 一日、二日、一週間と、何のトラブルも起きず、大人たちはただただ驚いたそうです。

 結局、大きな病もせずに一歳を迎え、二歳になり、小中高と問題なく卒業して、大学まで通っちゃって、おかげさまですくすく育っちゃいました。


 拒絶反応がなかったのは、皮膚の提供者が一卵性双生児だったからかもしれない……とは先生も言っていました。

 性別が違う一卵性の双子も極稀だそうですし、見た目もこんなに自然で綺麗なのも、稀尽くしの奇跡の子だと賞賛……というか、ちょっとヒいてましたね。

 両親もなんていうか、私のことは気味悪がっていると思います。あんな状態で生んだ負い目があるのか、いつも優しいですけどね。


 赤ん坊のときに双子から全身の皮膚を譲り受け、成長した──それだけでも不思議な話として成立しそうですね。

 まだ続きがあるんですよ。


 私は、妹の皮膚と一緒に成長しました。


 


 ……どういう意味だか、わかります?

 子供のとき、私の身体の成長痛は筆舌に尽くしがたい痛みでした。

 まるで肉体の性別通りに育つことを拒絶しているかのような、軌道修正をはかろうと押さえつけるような激痛です。苦痛のあまり、眠れない夜が何度もありました。


 そのころからです。私が妹の存在を感じ始めたのは。


 成長痛以外にも、嫌な痛みに襲われることがありました。

 痛むのは、私が行動しようとしたときです。たとえばおつかいでボディーソープを買おうとするときだったり、明日着ていく服を選んでいるときだったり、クラスメイトに話しかけようとするときだったり。

 それは身体が締め付けられるような痛みで、皮膚が私に意思を伝えようとしているのだと悟りました。


 思春期の年頃になると、皮膚は──妹は、はっきりと私に意思表示をするようになっていました。


 妹はひどくわがままで……私の身体なのに……きっとあの子は……私を自分の身体だと思っている。


 妹が気に入らないことはできません。

 食べたいものに手を伸ばしたとき、腕の皮膚がひきつるような感覚があったら食べることを諦めなければいけない。

 私がなんとも思っていなくても、妹が気に食わないならその人物と話すのもダメ。頬がひきつってうまく喋れなくなる。

 気分じゃない服を着るとあちこちの肌がつっぱって動きにくくなるし。

 警告を無視しようものなら、締め付けられるような痛みで最後には失神してしまうんです。

 『西遊記』に出てくるキンコジというアイテムを知っていますか? 孫悟空が頭につけている輪っかで、三蔵法師の言うことをきかないとギュッと締め付けてくる。あれと同じ、本当に耐えがたい抗議なんです。


 このことは、医者にも両親にも、誰にも話していません。頭がおかしいと思われますからね。

 あなたに話すのが初めてです。


 何を食べ、何を着て、何を好ましく思い、何を嫌うか。……どう生きるのか。

 思考するのは私ですが、最終決定をするのは皮膚です。

 そうやって生きてきました。


 いま、あなたと話すことを許されているのは、この皮も知られたいんじゃないでしょうか……あなたに……。こんな皮を受け入れられる変人は、少ないでしょうから。


 生きているのは俺……ッ、生きているのは私、ですけど、「人生」をしているのは、間違いなく「皮」のほうです。


 俺……痛い痛い! お、……は、……れなのに……、わ、私は……誰なんでしょうか。

 私はちゃんと私でいられてますか? 生きているのは本当に私なんですか?


 そもそも、この髪も、この爪も、どっちのものなんですか?

 少なからず私自身が持って生まれた皮膚があるはずなのに、今となっては全身があの子に包まれているような気がするんです。

 だって、あの子の意思が、身体のどこにでも現れる。

 あの子が、気まぐれに私の部位を撫でるのがわかる。

 妹が、私にまとわりついている……。


 …………。


 どうやら「私」は、あなたが気に入ったみたいです。


 え? 嫌悪が痛みなら、好意はどう察しているのかって?


 じゃあ、ここのお会計は任せてください。私の家、近いので、そこで続きを説明しましょう。

 ここではとても、話しづらいことですし。

 私としても、あなたが来てくれると助かります。我慢比べも、その後の癇癪も、しんどいんですよ。皮の思い通りにしてあげるほうがいっそ楽で。


 そんな顔して、迷ってますね。変な話ばかり収集している変な人のくせに、常識のある人だ。

 私の身体がどうなっているのか、好奇心で見てもらって構いませんよ。その先のことは任せます。合意ですし。

 少なくとも皮はね。

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