終章:ポイント・オブ・ノー・リターン
深夜、ぴのこはひとりオフィスに残っていた。電話の音も、パソコンのキーボードを叩く音も静まり、すべてが異常な静けさに包まれていた。その中でぴのこは、真っ白な画面をじっと見つめていた。彼の指先は、もう何度も同じキーを押していたが、何も生み出さない。脳内で混乱が渦巻き、考えは整理できない。
「これが、俺の自由なのか…?」
その問いを、何度も自分に投げかけた。しかし、その答えを見つけることはできなかった。がらどんどんとの生活が始まったとき、ぴのこは心のどこかで希望を抱いていた。自由を手に入れた、束縛から解放された、そして誰かと一緒に過ごすことができる──そう信じていた。
けれど、今ではそのすべてが、息苦しさとなって体にまとわりついている。彼女の言葉、彼女の期待、彼女の存在。それらが次第にぴのこを支配していった。最初は優しさを感じたその手が、いつしか強くて冷たい鎖となり、ぴのこを縛りつけていた。彼の中で、言葉の一つ一つがどこか嘘のように思えた。彼女がぴのこに求めるのは、ただの「タイプライター」であり、それ以上の何かではないと感じ始めていた。
この束縛をまた逃れようとも、彼女の優しさがぴのこの胸を締め付ける。ぴのこはその無意識のうちに植え込まれた「感謝」の感情に縛られていることに気づき、さらに深い絶望感に囚われた。
「俺は何をしているんだろう。」
ぴのこは机の上の辞表を見つめる。それは明日から執筆に集中できるようにと提出されることになっている。しかし、それらは自分の手で書かれたものではないように感じられる。がらどんどんの期待に応え、彼女を喜ばせるために書いた、まるで無理に引き出された言葉のように思えた。
「これで、自由だと思っていたのに。」
どこにも出口は見えない。彼の体は無意識のうちにがらどんどんの要求に応え続けていたが、心はすでに限界を迎えていた。実家を離れて自由になったと思った。がらどんどんの家に居場所ができたと思った。しかし、今の自分はどこにも逃げ場がない。自分を縛りつけているのは、外的な要因ではない。彼自身の心が作り出した、見えない壁であった。
「自由とは何だったのか。」
自分の選択が、どうしてこんなにも重く感じるのか。がらどんどんの顔が浮かぶ。彼女の優しさが、それでもぴのこを逃げられない場所に閉じ込めているのだ。優しさで溢れたその空間で、ぴのこは自分がどこに向かっているのかさえ分からなくなっていた。
「もう、俺にはどうしたらいいのか分からない。」
答えがないことを、ぴのこは知っている。もう一度逃げるために走り出したところで、今度はどうやってそれを断ち切るのか。その出口を見つける方法が、もう見当たらなかった。
ただ、絶望が自分の心を満たす中で、ぴのこは静かに目を閉じた。
弁当箱を反面教師 しゅんさ @shunzai3
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