「どうしたの、大丈夫だよ。私また戻ってくるから」

 作者の蜜柑桜さんがヨーロッパに留学され、そこでさまざまな知識と教養を身につけてこられたことは、そのエッセイや物語からうかがい知ることができます。
 しかし、その留学の裏では、これまで語ってこられなかった「名状しがたい」できごとが進行していたのです。

 家族の体の変調は、それまで隠していたもの、隠れていたもの、本人たちも気づきもしなかったものを、容赦なく表に引き出してしまいます。
 それによって揺れる家族、それぞれの気もち。
 ヨーロッパに留学するというだけでもたいへんなのに、それに伴って、また並行して起こったさまざまなできごと…。

 蜜柑桜さんの作品には、文章にも物語運びにも、ある種の端正さと気品が備わり、さらに、目立たないけれどしっかりした、厳格な倫理観が感じられます。
 このエッセイを拝読して、その原点をうかがい知ることができた思いです。
 また、ひとはなぜフィクションを書くか、という問いへの一つの回答でもあると思います。

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