04 神速チート

『オーレイアオールドストーリーズ』は一応3DCGのゲームで、フィールドも3DCGで表示されていた。とはいえさすがにその解像度は今目の前にある現実の森に比べればはるかに低かった。


 なのでゲームの記憶をたどるように歩いて行けるのかと危惧をしていたが、目標の場所まではすんなりとたどりつけた。


 といってももちろん数回のモンスターとのバトルはあったが、それは中ボスたる俺にとっては障害にならない。


「ああ、ここだ」


 俺の目の前には一際巨大な木がそそり立っている。直径だけで2メートルはありそうな大木だが、この森ではそこまで珍しいというわけでもない。しかし左右に大きな岩が転がっているロケーションは他にはないものだ。


「公爵閣下、どうされましたか?」


 俺が大木を見上げていると、隊長格のローランが話しかけてくる。


「うむ、私はこれからここで公爵家の秘儀を行う。お前達は私の姿が見えない位置で周囲の警戒をせよ」


「は……、は? 秘儀、でございますか?」


「そうだ。決して見てはならぬ。見ればお前たちの目を潰さねばならぬからな」


「わ、わかりました。少し離れた場所で警戒に当たります!」


 俺が公爵的威圧感を演出すると、ローランたち3人はそれぞれ三方向に走っていった。3人の姿は木に隠れて見えなくなる。


 さて、俺がここでなぜありもしない『公爵家の秘儀』を口にして人払いをしたかというと――


「この世界がどこまでゲーム通りなのか、だな」


 目の前の巨木の表面に手をふれ、魔力を流し込む。


 すると木の表面に円形の魔法陣がうっすらと現れ、そして巨木の幹に人がひとり通れるくらいの穴が開いた。


「やはりあったか……『隠者の試練場』」


 俺は安心半分、そして呆れ半分の微妙な気持ちで、その穴に入っていった。




『隠者の試練場』――なんのことはない、ゲーム的な『隠し要素』である。


 この世界の神が戯れで作ったという設定の隠し迷宮。その最奥部にたどりついた者は、神の力の一部が得られるとされている。


 その力はさまざまだが、中にはゲームバランスをぶっ壊すレベルのものもあり、ゲーム下手への救済措置などとも言われていた。ただしゲーム中では「そういうものがある」と言及されるだけで、その場所などは完全ノーヒント。ネットで情報共有ができる時代だったからこその遊び要素でもあった。


 木のうろのような通路を歩いていくと、モンスターが現れる。ここで出現するのはすべて木でできたオモチャみたいな見た目のモンスターだ。おまけみたいな隠しダンジョンなのに凝っているんだよな。


 目の前にいるのは木人形のようなモンスター4体。手には木の槍を持っているが、その先端は明かに金属並みに硬そうな色をしている。


「ふん……っ!」


 俺は『縮地』で踏み込みながら『烈波』という攻撃範囲拡大スキルを使って4体すべてを一撃のもとに切り伏せる。この身は中ボスであるから、隠しダンジョンだろうがザコは相手にはならない。


 そんな感じで木製の犬型や鳥型のモンスターを倒しながら進んでいくと、大きな木製の扉の前にたどり着く。最奥部のボス部屋の扉である。かかったのは30分くらいだろうか、隠しダンジョンなのでそこまで広いわけではない。


 扉を開く。


 そこはドーム状の広い部屋だった。真ん中に身長3メートルほどの大きな木人形が立っている。両手に一本づつ木剣を持っているが、その刃はやはり金属の光沢を帯びている。


「『ガーディアンパペット』か。さて、俺一人でいけるかどうかだが……」


 俺がミスリルソードを構え、魔力を左手に溜めると同時に、ボス『ガーディアンパペット』が動き出した。


 ドスドスと足音を響かせながらこちらに歩いてくる。その動きは見た目より速い。


 まずは魔法で先制、俺が放ったのは『フレイムジャベリン』、名前通りの炎の槍だ。相手が木製人形なので火が効果的というのはわかりやすい。


 引き付けて放ったので回避できず、3本の炎槍をまともに食らってひるむガーディアンパペット。


 俺はその隙を逃さずに『縮地』と『烈波』の合わせ技で右足の膝関節を切断する。


 パペットは横倒しに倒れ、立ち上がることができずにその場で暴れるだけの木偶でくと化した。


 ゲームだとこういう手足の破壊による行動変化みたいなことは起きなかったので新鮮だ。現実リアルならではの状態変化ということになるだろうが、もちろん自分自身にもそのデメリットが適用されることは忘れてはならない。


 俺は暴れ続けているガーディアンパペットに遠距離から『フレイムジャベリン』を連続で撃ち込んで、隠しボス討伐を難なく完了した。


 ガーディアンパペットが光の粒子になって消えていくと、その場にソフトボール大の魔石とドロップアイテムの木の杖が残る。


「『精霊樹の杖』、ね。見た目ただの木の杖って感じだな」


 パッと見て弱そうな武器だが、隠しダンジョンのボスドロップ品なので、ゲームでは魔術師用装備として終盤まで使える強武器だった。おそらくリアルとなったこの世界でも同じだろう。むしろこの世界に一つしかない超レアアイテムなので、懐柔目的でフォルシーナにやるのがいいかもしれない。もっともあの感じだと、素直に受け取って喜んでくれるかどうか微妙だが。


 まあともかくドロップアイテムはついでにすぎない。本命はこの後にある。


 俺が魔石と『精霊樹の杖』を魔法の袋マジックバッグ(『空間魔法』で容量を拡張してある袋)に入れていると、部屋の真ん中に人の頭ほどの大きさの光球が現れた。


 躊躇ちゅうちょなくその光球に手を触れる。


『よくぞ試練をくぐり抜けた。褒美として神の能力を一つ授けよう。ただしお前にその能力を得るだけの下地がなければならぬ。注意せよ』


 脳内に響く声。なるほどこういう感じか。ただゲームにあったような選択肢はないようだ。


「では神の速さを」


『よかろう。『神速』のスキルを授ける』


 将来の中ボスであり、公爵家の跡取りとして幼いころから鍛錬を欠かさなかった俺は、『力』や『体力』、『魔力』といった各種ステータスを上昇させる異能スキルをすでに最高位まで得ている。


 俺はその中で、『素早さ』をさらに上げるスキルを選んだわけだ。仮想ゲーム世界では恩恵が少ないこともある『素早さ』ステータスだが、すべての動きが速くなるということが現実リアル世界で極めて重要なのは言うまでもない。もちろんゲーム中でも『神速』はバランスブレーカーとなるスキルだった。


 剣を振ったり、ステップを踏んだり、『縮地』をその場で試してみると、凄まじく動きが速くなっていることが分かる。しかも付随して動体視力や反射神経まで強化されているようだ。


「これは完全にズルチートだな」


 俺は記憶が戻ってから、初めてホッとしたような感じを覚えていた。


 どうやら俺のゲーム知識は、自分を助ける方向にきちんと活用できるらしい。これなら今の危険な状況も、ゲーム知識を使ってなんとかできるかもしれない。


 生き残りへの手ごたえを感じつつ、俺はボス部屋を後にした。

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娘に断罪される悪役公爵(37)に転生してました ~悪役ムーブをやめたのになぜか娘が『氷の令嬢』化する件~ 次佐 駆人 @jisa_kuhito

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