03 能力確認
記憶が戻って2日目。
朝執務室に入ると、机の上にはすでに少なくない量の書類が載っていた。
前にも言った通り、この世界はお約束の中世ヨーロッパ風ファンタジー世界であるが、文明はそこそこ進んでおり、衛生観念もかなりしっかりしていて街に出ても臭いなどということもなく、貨幣制度も確立していて、紙幣すら流通している。文明的にはほぼ近代に近いだろう。
もちろん紙もいささか高価ではあるが普及していて、領主たる公爵の仕事も書類を相手にするものが多い。やることは上がってきた案件の決済をすることだが、当然適当な決済をすれば責任は俺にかかってくるので
しかし今はその書類を処理する気になれない。なにしろ俺の置かれた状況が、非常に危機的であると昨日一日で十分に感じることができたからだ。
なのでこの沈んだ気分を上げるために、今日はまず、俺のゲーム知識がどこまでいい方に活かせるかの検証をしたい。
ということで、俺は執務室の壁にかかっている武具を身につけていった。
胸や肩、腹などを守るライトアーマーと、腰に
俺は家宰のミルダートに一言「森に行く」と伝えて練兵場の方に向かった。
公爵邸から300メートルほど離れたところに練兵場はあった。サッカーコートほどの広さの訓練場があり、その周囲に兵舎が立ち並んでいる。
現在も500人ほどの兵士が鍛錬中だ。
俺は練兵場に入ると、隊列を見守っている巨躯の男に声をかけた。
「ドルトン、森に行く。護衛を4人貸せ」
「これは公爵閣下。4人でよろしいので?」
「本当は1人もいらんのだがな」
「そういうわけには参りませんや」
ドルトンは公爵領領軍の将軍にあたる男だ。将軍としては40代前半とまだ若く、角刈りの金髪とあごひげが特徴の、戦士然とした人間である。
将軍ともなると俺同様書類仕事が多いはずだが、記憶によると彼はかなりの確率で練兵場にいる。要するに現場の方が好きなタイプだ。彼はもともと俺とはわだかまりのない仲なので、話しかけやすいのが助かる。
「ローラン! 3人連れて来い! 公爵閣下の護衛だ!」
「はっ!!」
ローランと呼ばれた若い兵士が3人の連れて走ってくる。全員が軽鎧に短槍、腰にショートソードを下げている。戦争用ではなくモンスターと戦うための装備である。
「借りていくぞ」
「きっちり勉強させてやってください」
ミルダートもそうだが、ドルトンも俺がよくストレス解消に『狩り』に行くことを知っているのでそれ以上のことは言わない。
もっとも今回は、彼らが考えているのとは微妙に違うことをやるのだが。
俺は4人の兵士を連れて
馬に乗り、公爵邸の城門を抜けて街へと出る。
公爵邸が中央北にそびえる領都マクミラーナは当然のごとく城塞都市だ。
八角形の城壁に囲まれた東西、南北に約1.5キロある、王都に次ぐ規模の大都市である。
俺と4人の兵は中央区を抜け、南区の中央通りを下って南門へ向かう。もちろん領主である公爵の
ちなみにこの世界、いわゆる普通の人間である人族の他に、とがった耳が特徴のエルフ族、髭だるまでずんぐり体型のドワーフ族、獣の耳や尻尾がついた獣人族などファンタジーお約束の種族も多数いる。今
なお当然のように種族間の
俺たちはそのまま正門である南門を抜けて都市の外へ出る。
そこから馬を走らせること30分ほど、
「1人はここで馬の番をせよ。1刻半(3時間)で我らが戻らぬ時はドルトンへしらせるように」
「はっ」
「3名はついてこい。狩りを行う」
「はっ!」
指示をして、俺は目の前の森を見上げる。30メートルを超える木が無数に天に伸び、その下は薄暗い空間になっている。下生えは意外なほど少ないが、これはこの場所がよく訓練に使われているのが理由の一つだ。
俺は下生えの薄い、というより明かに道になっているところから、森の中に入っていった。
『
もちろんこの世界の森はモンスターが
「3匹来る。お前達は手を出すな」
『気配察知』スキル――ゲームではフィールドマップ上に敵アイコンを表示させるスキルだった――に反応がある。
腰のミスリルソードを抜き、左手には魔力を溜める。
木々の間を走ってくる異形のものが見えた。一見犬に見えるが、全身の筋肉は異様に発達し、大きさも虎ほどある。短剣のように突き出た犬歯は先が血のように赤く、非常に殺意の高い見た目をしている。
『サーベルキラードッグ』、ゲームでは中盤以降に出てくるザコモンスターだ。
俺はまず左手を前に掲げ、溜めた魔力を解放、魔力をイメージにより魔法に変換。
俺の目の前に3本の氷の槍が突然現れ、瞬時にモンスターに向かって射出された。
その槍は3本とも1体のサーベルキラードッグに命中し、獰猛極まりない大型犬を絶命させる。
それに
俺はそのうち右の1匹を、高速移動スキル『縮地』を使ってすれ違いざまに両断、さらに急停止したもう一匹を背後から真っ二つにした。
「さすが公爵閣下!」
兵士たちが褒めてくれるのは、すべてがお世辞というわけでもない。
マークスチュアートは王国でも3本の指に入る強さを誇る魔法剣士である。伊達に将来の中ボスではない。
「記憶が戻っても今まで通り戦える、か」
できるとは思っていたが、とりあえずこれで目的の一つは達した。さて次だ。
「もう少し奥まで行く。ついて来い」
俺はそう言って、「不帰の森」の奥に向かって歩き始めた。
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