02 娘・フォルシーナ

 結局、記憶の整理をしつつ公爵としての本来の執務をこなしていたら、その日はあっという間に夜になってしまった。


 昼食も執務室でとりながらずっと仕事だったので前世よりブラックではと気づいたのは、夕食前の風呂に入っている時だった。


 そして夕食の時間。


 公爵家の食堂は、客人を多く招くこともあり非常に広い。ちょっとした宴会場くらいある部屋に立派な暖炉がしつらえられており、その前に20人掛けの長テーブルが鎮座している。もちろん部屋の造りもテーブルや椅子も、その上に並ぶ燭台や食器などに至るまで高級感あふれていることは言うまでもない。


 と、それは大変結構なのだが、問題は食堂の長テーブルに座っているのが2人しかいないということだ。


 一人は家長席に座る俺。


 そしてもう一人は、白銀のロングヘアを腰まで流した美しい少女。


 名をフォルシーナ・ブラウモント――『オーレイアオールドストーリーズ』のメインヒロインの一人にして、俺の実の娘である。


 年齢は14歳。年相応に幼さの残るその横顔は氷の彫像のように美しく、そして表情がない。『氷の令嬢』、それが彼女につけられたゲーム上の二つ名であった。


「こんばんは、お父様」


「……うむ」


 彼女とは、顔を合わせた時にそう言葉を交わしたきり、食事中は一言も会話がなかった。


 とっていも、かつて飽きるほどやったゲームのヒロインに会えて感動していたとか、見惚みとれていたとかそういうことではない。


 むしろ意外にも、彼女を前にしてもそれほど心は動かなかった。まあそれはそうだ、この世界での俺はずっと彼女の父親なのである。今更見ても、「ゲーム通り綺麗な女の子だな」くらいしか感じることはない。


 それよりキツいのは、彼女と話をする話題が一切ないことだった。というより、記憶によるとここ数年、俺は娘のフォルシーナとまともに会話をしていないのだ。


「……あ~、んんっ、フォルシーナよ」


 とにかくなにか話そうと声をかけると、フォルシーナはビクッと身体を震わせて、ゆっくりと俺の方に顔を向けた。


 万年氷のような青をたたえた瞳には、やはりなんの感情もこもっていないように見える。


「なんでしょうか、お父様」


「ええと、今はなにを学んでいるのだ?」


「魔法学と王国史、それと高等算術、弁論術です」


「そうか、頑張っているな。魔法についてはどこまで進んでいる?」


「基礎四属性はすべて一通り発動できました。今は上位属性の理論を学んでいます」


「うむ、大変結構」


 と褒めると、フォルシーナは無表情のまま、かすかに眉を動かした。


「ご安心くださいお父様。私は必ず王妃に選ばれるよう努めておりますので」


「んっ!? そうか……そうであったな」


 フォルシーナのその一言で、俺は彼女との仲がなぜこんなに冷えているのかを少し思い出した。


 そう、俺は中ボスムーブの一環として、娘のフォルシーナを王家に嫁入りさせようと画策していたのだ。そのために幼いころから彼女を厳しく教育し、王妃にふさわしい人間に仕立て上げようとしていた。


「公爵家の娘としての私の使命は、ロークス王子殿下に輿入こしいれし、将来の王妃となって公爵家に利をもたらすこと。忘れたことはございません。ここまで育てていただいた御恩はきっとお返しいたします」


「う、うむ、立派な心掛けだ」


「それがお母様を死なせてしまった私のなすべきことだと、十分理解しております。ですからお父様は、なんの憂いもなく公爵家をお導きくださいませ」


 ひとかけらの感情もこもらないフォルシーナの瞳を見て、俺ははっきりと思い出した。


 俺の妻、そしてフォルシーナの母は、フォルシーナを産んですぐに亡くなったのだ。俺は愛する妻を失った悲しみのあまり、娘のフォルシーナに恨みをぶつけていた記憶がある。父としてはありえない話だが……しかし思えば、これはゲームの設定通りの状況である。なにしろこのことが遠因となって、俺は中ボスとなった後フォルシーナに断罪されるのだから。


 いやしかしこれ、フォルシーナとの父娘関係はすでに取り戻せないほど冷え切っていないだろうか。中ボス化しなくても今までの恨みで将来的に断罪される気しかしないんだが。


 どうやら中ボスムーブ以外にも早急に対処しないとマズいことがあるようだ。悪役公爵の生存ルート、果たしてそんなものが存在するのか、急に不安になってきたな。

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