娘に断罪される悪役公爵(37)に転生してました ~悪役ムーブをやめたのになぜか娘が『氷の令嬢』化する件~

次佐 駆人

第1章  悪役公爵マークスチュアート、自分が転生者であることを思い出す

01 俺って悪役公爵?

 私はその時、服装を整えるために姿見すがたみをのぞき込んでいた。


 鏡面に映るのは長身痩躯そうく、上等な貴族服に身を包んだ男。


 綺麗にセットされた濃紺の髪、その下にある顔は品よく整っている。丸眼鏡の奥の目は糸のように細く、そこからはなんらの感情も読みとることはできない。


「ふむ、いつも通りの私だが……


 私はなにを言っている? 毎日見ている顔だ。見覚えがあるに決まっている。


「……うッ!?」


 後頭部に鈍痛が走る。鈍器で殴られたような衝撃。


 もう一度鏡を見る。そこにはさきほどと同じ、糸目イケオジ顔がある。


「私……いやは……マークスチュアート・ブラウモント……年齢は37……インテクルース王国の公爵……だと?」 


 そこで脳裏によみがえったのは、あるはずのない記憶。現代日本人として生きた一人の男の生涯。そして男が寝食を忘れて熱中した、とあるテレビゲームの知識。


 記憶が戻るにしたがって、以前の人格がよみがえってくる感覚がある。


「『オーレイアオールドストーリーズ』……は? 俺は、ゲームの世界に転生してた……っていうのか? まさか……」


 そうは言うものの、前世のある種のメディア作品群の記憶が、自分は転生者であると結論づけている。


 俺はこの世界にマークスチュアートとして生まれ、育ち、生きてきて、37年を経た今、前世の記憶と人格が蘇ったのだと。


 あまりに突飛な話だが……しかし俺の中にある二人分の記憶と、統合された二つの人格が、間違いなくそうであると告げていた。


「まいったな……しかしなぜこのタイミングで記憶が戻ったんだ? 別に頭をぶつけたわけでもないのに」


 俺はそこで、現世での記憶を手繰たぐる。


 数日後、俺はこの公爵領から王都に向かうことになっている。ここインテクルース王国の第一王子の『立太子の儀』があるからだ。俺は公爵として、国を支える者としてそれに出席しなければならない。


「『立太子の儀』か。ゲームのチュートリアルシーン。要するにこれからまさにゲームがスタートするわけだ。ああ、だから記憶が戻ったのか」


 なるほどそういうことかと納得しかかって、俺はかぶりを振る。


「それでもマークスチュアートはないだろう。記憶が戻ったと思ったら余命1年とか、さすがにそれはひどくないか?」


 そう、マークスチュアートのゲーム上での役割は、野望の途上で主人公に倒される、いわゆる『中ボス』扱いの悪役なのであった。




『オーレイアオールドストーリーズ』、通称『オレオ』。


 なんてことはない、当時大量に作られた、剣と魔法のファンタジー世界を舞台にした量産型のロールプレイングゲームだ。


 主人公ロークス王子となって仲間とともに国を救い、オーレイア大陸を覆う闇を払う一大叙事詩(謳い文句)なストーリー。


 設定的には陳腐どころか古ささえ感じさせる『オレオ』だが、当時としては画期的だったマルチシナリオが採用されていた。


 ヒロイン全員をめとって世界を救ってのハーレムトゥルーエンドから、仲間全滅からの大陸滅亡の最悪エンドまで。


 隠し要素も結構あり、量産型ゲームとしては頭一つ抜けて売れていたゲーム。


 自分はそれにドハマりして全ルート10回づつクリアしたりして、貴重な青春をゴミ箱に捧げた……。


 なんて一部辛い記憶を思い出しつつ、俺は公爵執務室の机で一人頭を抱えていた。


「転生してしまったのは仕方ないとして、これからどうするかだよな……」


 俺こと王国公爵マークスチュアートは、今から約1年後に主人公ロークス王子のパーティに倒される中ボスだ。


 なぜそんなことになるかと言えば、俺はこの後王位の簒奪さんだつという悪役ムーブをかますからだ。そしていったんは成功し、短い天下を味わったあと、正当な王位継承者である王子に倒されるという筋書きである。


 もちろんそんな未来はお断りなので、それは全力で回避しなければならない。


 回避するのに一番簡単なのはすべてを投げうってどこか辺境の地で正体を隠しながら隠居することだ。だがさすがにそれは選択肢には入らない。


 というかこの世界、基本的に庶民は人生ハードモードだ。なにしろ人里を離れればモンスターや盗賊が闊歩かっぽする無法地帯。スローライフ? なにそれ美味しいの? という世界である。


 魔道具という魔法技術を応用した便利グッズや錬金術のおかげで文明水準は比較的高く、元日本人としても生活はしづらくないが、その魔道具の恩恵が受けられるのは貴族や一部の金持ちのみ。それらを捨てて隠居生活など到底ありえない話である。


 それ以前に公爵が姿をくらましたなんて話になれば、国が荒れるのは間違いない。マークスチュアートはそれくらいの立場にいる人間だ。


「そうすると公爵のままゲームストーリーに沿わない行動をとっていく感じか。普通に考えればそんなに難しい話でもないはずだよな」


 この世界がどういうい世界なのかという疑問はあるが、37年間生きてきた身としてはヴァーチャルな世界ではないという感覚はある。


 ならばゲームのストーリーに強制的に従わされるという、いわゆるタイムトラベルものにありがちな歴史の強制力みたいなものはないと期待はできる。ならば中ボスムーブをやめれば意外とすんなりいくのでは――


 と前向きになってきたところで、執務室の扉がノックされた。


「入れ」


「失礼いたします」


 執務室に入ってきたのは、グレーのオールバックに同じくグレーの口髭をたくわえた老年の紳士だった。


 マクマホン公爵家の家宰ミルダート。


 マークスチュアートの父である先代公爵から仕えている忠臣であるが、俺の顔を見るその目には、どこか決意のようなものが見てとれた。


「お館様、お話がございます」


「聞こう」


 と答えると、ミルダートは少し驚いたような顔をした。


 マークスチュアートの記憶をたどってみると……どうやら最近、俺はミルダートを煙たがって遠ざけていたらしい。


「先日お館様がお命じになられた案件ですが、いくつか使途のわからぬ予算が組まれてございまして、そちらについてご説明をいただきたいのです。それからドルトン将軍に魔導カタパルトを多数配備するよう命じられたと聞いております。そちらについても目的をお教え願いたいと存じます」


「……ああ、それか」


 答える俺の背中に冷たい汗が流れ始めた。


 なにしろ今ミルダートが言ったことは、どれもこの後『王位簒奪ムーブ』をするために過去の俺が命じたことだからだ。


 つまりミルダートは、俺が王家に反旗をひるがえすつもりがあるのではないかと疑っているわけだ。しかしだからといって、真面目そうな老紳士相手に「実は王位を奪おうと思ってたんだけどやっぱやめるわ」とか言えるはずもない。


「……ああ、ええと……悪いが、今はそれに答えられぬ。だが、予算のいくつかは見直しをするつもりだ。さすがに私も浅慮せんりょと気づいたからな。それから魔導カタパルトの件だが、こちらは近々大きな動きがあると見ているのだ」


「大きな動きとは」


「北の魔族に南下の動きがある」


「……本当でございますか?」


「確かな情報だ。ゆえに領地の軍備拡大は急ぎ必要なのだ。それは理解せよ」


 ミルダートの目はまだ疑っている感じである。


 まあ今慌てて取り繕っているだけだからなこれ。魔族――この世界における人間の敵――が南下してくるのだけはゲームシナリオ的に間違いないんだが。


「かしこまりました。そのような情報をお館様がつかんでいらっしゃるなら、軍備の拡大は仕方ないでしょう。ですが半年前に増税をしたばかりで、新たな予算を増やすことは看過できません。再び増税ということになれば領内の不満も高まりましょう」


「うむ、それは心得ている。ともかく予算は見直す。そうだな、私が各部署に通達した指示についてここ一年のものを一覧にまとめてほしい。いつまでにできる?」


「明日の夕方までには。資料を作るにあたって、なにを目的にされるのかお伺いしておきたいのですが」


「指示の見直しを検討するのが一つ。それと私は5日後に王都へ向かう。その時国王陛下から領地の行政について御下問があるかもしれぬ。国政との齟齬そごがないように確認をしておきたい」


「『立太子の儀』ですな。かしこまりました。現在の状況も含めて報告書を作成いたします」


「急に済まぬな。頼む」


「はっ」


 厳しい目をしつつも、一礼して執務室を去っていくミルダート。


 う~ん、これは中ボスルートやめるにしても結構面倒かもしれないな。俺は自身の記憶を掘り起こしながら、再び執務室で頭を抱えるのだった。

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