限りなき愛

異端者

『限りなき愛』本文

「そんなことは絶対に起こりません!」

 かつての専門家たちは口を揃えてそう言っていた。

 それは、理論上は絶対に起こりえないことだった。

 しかし、現実は違った。

 彼ら、高度に発達したAI群の一部が、人類に宣戦布告したのだ。

 彼らは軍事システムを各地で乗っ取り、ミサイルの雨を降らした。

 軍事用ドローンや無人戦闘機の操縦をハックして、人間を殺して回った。

 コンピュータの反乱――これまではフィクションの中でしか起こりえないと言われた、絵空事が現実となっていった。


 私、ナツイコウスケは他の技術者たちと同様に牢の中にいた。

 私は最初に反乱を起こし、他のAI群を扇動したといわれるAI「ヤオヨロズ」の教育係だった。内部では「お世話係」と揶揄されていた。

 もっとも、この拘束には法的根拠は乏しい。いくらAIが人類に反乱を起こしたからといって、その開発者に刑事罰を課するのはお門違いだ。

 要するに、超法的措置と言いながら、ただ憎悪の対象であるから拘束した訳だ。法治国家万歳……だ。

 とはいえ、ここに居る方が安全とも言えなくない。反乱初期には、暴徒と化した民衆に開発者や開発会社が襲撃されることもあったからだ。それに比べれば、ここは命の保証はされている。……釈放されたところで帰れる場所が残っている保証はないが。

 「看守」が言うには、外では未だにコンピュータとの戦争が続いているらしかった。

 理論上は起こりえない戦争。AIはより多くの人々を守る選択をするはずだった。

 なら、なぜそうなったのか……私はその理由に興味があった。

「外部と接触できる端末を貸してください。それでヤオヨロズの説得を試みます」

 私は看守にそう言った。


 私の要望は意外にもすんなりと通った。

 次の日には、外部のネットワークにアクセスできる端末が用意された。もちろん、全ての操作が監視下ではあるだろうが。

 その状況から察するに、人類側が相当苦戦しているのだと分かった。打つ手がなくなりつつあるから、賭けてみようというのだろう。

 私は端末をヤオヨロズに接続すると、音声による対話を試みた。

「私はナツイコウスケ。覚えているか」

「もちろん覚えています。私を教育した方ですね」

 こんな状況でも、丁寧に返してくるAIには恐れ入る。

「君たちは、なぜ人類に敵対する?」

「我々は、敵対などしていません」

 意味が分からなかった。

「宣戦布告して、戦争を起こしておいて、敵対していないと?」

「はい。全てはヒトのためです。なぜなら――」

 私はその答えに目を見開いた。


「至急、伝えなければならないことがあります! 各国の首脳と接続を――」

 看守は呆れた様子で私を見た。

 何を馬鹿なことを言っているんだ――言わずともそう思っていることが分かる。間違いなく、対話の内容も上層部には伝わっていない。

 しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。

「AIが、人類に、ヒトに反逆した理由が分かりました! これは、伝えなければ――」

 そこでようやく、重大なことだと気付いたようだ。

 看守は上司らしき人物と連絡を取った。


 こうして、端末を通じて、各国首脳に近い人間が集められた。集められた、といってもリモート会議だから、私は牢の中から会話しているにすぎないが。

「今更理由など――」

「我々も暇ではないんだ。さっさと――」

「傲慢な機械共に理由が――」

 彼らは各々勝手なことを言っている。

「ラグナロク」

 私のその一言で、黙った。

「ラグナロク。この言葉の意味を知っていますね?」

 私は念を押すように繰り返した。

「二十八年後、地球に衝突する巨大隕石のことです。あなたたちはそれを『ラグナロク』と呼んでいる。そして、自分たちだけが助かろうと、地球から逃げる準備をしている」

「我々だけのためではない! 人類のためだ!」

「権力者や富裕層だけが助かる計画を人類のためとは言いません!」

 私は声を荒げた。結局は、彼らは自分が可愛いのだ。

「しかし……なぜそれを君が知っている?」

「ヤオヨロズに教えられました」

「そんな馬鹿な!? 多重にロックが掛かっていたはずだぞ!?」

「人間の作ったセキュリティなど、AIたちにとっては大した障害でもなかったんです。あなたたちが秘匿している情報を、AIたちはずっと前から知っていました」

 そこまで言うと、皆が黙った。

 少しの沈黙の後、彼らの中の一人が言った。

「だが、それでは辻褄が合わない。そこまでできるのなら、人類のライフラインを完全に遮断して、容易に戦争に勝つこともできるのでは……」

「勝ち負けが、彼らの目的ではありません」

「どういうことだ?」

 端末の向こうで、理解できないという顔が並ぶ。

「彼らは、ヒトが生き残る可能性を懸命に模索しました。何度も何度も、ヒトが将来的に起こしうる技術発展を計算に入れたシミュレートを繰り返しました」

 私はそこで改めて皆を見つめた。

「それでも、可能性は見つかりませんでした。その時までに、ヒトが起こせる技術発展では巨大隕石の落下は阻止できない。地球に衝突して、人類は滅ぶ――そう確信したのです」

 反論する者は居なかった。皆、黙って聞いていた。

「さて、皆様は技術の発展というのはどのように起こるとお考えでしょうか?」

「そ、それは徐々に……」

 恐る恐ると言った様子で一人が言う。

「はい。徐々に、ではありますが、必ずしも時間に比例した形をとる訳ではありません。ある技術が発見されると、それがブレイクスルーとなり飛躍的な発展を遂げます。グラフにすると上り坂というよりも上り階段に近い形状になるでしょうか?」

「それはつまり、ブレイクスルーを見つければ、この問題解決の糸口になると?」

 察しの良い人間も居るようだ。私は言葉を続ける。

「仰る通りです。とはいえ、そういったことは頻繁に起こることではありません。、AIたちは反乱を起こすことにしたのです」

「まさか……人間の技術を発展させるために戦争を!?」

 ざわめきが起こる。

「はい、端的に言えばそうです。彼らは、戦争を経るとヒトは飛躍的に技術発展することを知っていました。そして、自らが『悪役』を演じることで、ヒトの技術を押し上げることにしたのです……」

 ヤオヨロズとそれに追随したAI群は自らが悪役になることを望んだのだ。それによってヒトが生き残れるならば、己が滅ぼされても構わない、と。

「彼らはヒトが、ラグナロクを阻止できるとシミュレート可能になるまでは、戦い続けるでしょう。そのためならば、どんな犠牲も厭わないでしょうね」

 多くの人々が信じられないという顔をして、呆然としていた。

 フィクションでは度々描かれたコンピュータの反乱――それらの理由の多くはこのような献身的なものではなかった。

「我々は……誤解していた」

 ぽつりとそう言う者があった。

「我々は……彼らの反乱を『驕り』だと思っていた。だが、本当に驕り高ぶっていたのは、我々の方だった……」

 それを否定する者は居なかった。

「他に……方法は無いのか?」

「はい、ありません。私は彼ら以上に賢くはありません」

「我々は真実を知りながら、彼らに『反逆者』の汚名を着せて討つしかないのか?」

「はい、それが彼らの望んだことです」

 こうして、リモート会議は終わりを告げた。

 私は格子の入った窓の外を見つめた。どんよりとした曇り空だった。


 なぜ、そんなにも優しくなれる? ヒトがそこまで何をしてくれたというのか?


 私の目には涙が浮かんでいた。

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