第十六話 EP7 裏ボス、現実を突きつける
まあ、平和なもんだ。
村に来てから数日、ゆったりとした毎日を過ごしている。さすが辺境だな。
田舎は食材がいい。新鮮で生きのいいものが取れるからな。
「あいつら。あれで気づいてないと思ってんのかな?」
木陰から強烈な視線を感じる。
村長の息子だ。アラクネと共に俺を監視してる。
いや、相場逆だろ。俺が観察するのが相場だろ。まあ、手間が省けるからいいけどね。
……かれこれ3日、流石に行動するべきだと思う。
街に出るか。
俺は行動するべきだと思う。このままいっても時間だけが過ぎる。
「クロ。いくぞ……行かないか」
日向ぼっこしながら寝るクロはおいておこう。
*
「いい街だな」
多少、歩くだけでもにぎわっていることがわかる。こういう村は閉鎖的でよそ者は嫌われているんだけど、そんなことないみたいだ。影が薄くて気づいてないだけかも知れないけどね。
開けた場所に来た。子供の遊び場のようだ。俺は、切り株に腰掛ける。こんな自然豊かな場所、前世では全くこなかったな。やっぱ陰キャ……いやインドア派なんだな。
「兄ちゃん。何してるの?」
子供ガキが話しかけてきた。
「お前……見えるのか?」
「え?」
「いや。何でもない」
「あっち」
子供ガキが指さした所には……
「げ! あいつらまだ見ているのか」
「兄ちゃん。そんちょうのしりあいなの?」
「ああ。まあな……あいつ村長なの?」
浮かんできた素朴な疑問を向ける。
「そう呼べっていってた」
さいですか。……この少年に聞いてみようかな?
「……なあ。村長(仮)の横にいる、蜘蛛のおねいちゃんをどう思う?」
「別に?」
「は?」
「だって、あんまりはなさないし。自分のことを「危ないよ」って言うんだよ? 不思議」
そうか。子供にあんま好かれていないのか。自分から壁を作っているようだな。
「ねえねえ。兄ちゃん。なんかやってよ」
「……なんもないぞ?」
「冒険者でしょ? 冒険の話きかせてよ!」
「だからそんな大した冒険譚なんて……」
「おーい! みんな! 冒険者さんがなんかやってくれるって!」
「あーおい。ちょまてよ」
次々とガキが集まってきた。うわ〜。これ絶対なんかやらないと駄目な奴だ。
仕方ない。
インベントリにあるものを確認する。
冒険譚? 無理。
料理? うーん却下。
魔物の素材? あんま面白くないな。
こういうのは前世であったものをやると喜ぶんじゃね?
できることか……
そういえば、子供のころマジックが好きだったな。種があると知っていても、つい見ちゃうんだよな。
少し心得もあるし、やってみるか。……せっかくだし、おいしいおやつも出してやろう。
「ここに木の枝がある。もちろんただの木の枝だ。持ってみてもいいぞ。おらないでね」
子供は不思議がりながら木の枝を調べ、一通り見ると返ってきた。
「これを……投げます!」
天高く舞い上がった。木の枝は重力に逆らえず落ちてくる。俺は指を打ち鳴らすと……
「あら不思議。木の枝がお菓子に早変わり。籠いっぱい召し上がれ……あー奪い合うな。分けて食え」
やったことは簡単だ。一瞬で木の枝を粉みじんにした。魔剣術スゲーな。剣を持って集中しただけで時が止まって見えた。まあ粉みじんにして演出にした後は、インベントリから飴(自作)を出せば終わりだ。
「兄ちゃん、スゲー」
「サーカスみたい!」
「お菓子おいしい」
喜んでもらえて良かった。
この世界にサーカスってもんはあるんだな。
《マジックを会得しました。これにより職業トリックスターが解放されました。スキル スターキッドを上書きし、転職しますか?》
トリックスター! カッケーの来たな。もちろんなるぜ。スターキッドなんて意味の分からないスキルとおさらばだ。
《トリックスターに転職しました。これにより「スペア」等を会得しました》
ほう。トリックスターって剣士と盗賊とマジシャンの混合職なんだな。
初めて知った。まあ知る由もなかったんだがな。
「兄ちゃん! 他のも見せてよ!」
「はいはい」
俺は、マジックショーを続けた。
*
夕暮れ。空の端は夜闇が塗りつぶされている。なんてことない。普通の夕暮れ。
「冒険者」
目の前にいる少年は、覚悟を決めた目でこちらを睨んでいる。
「怖い顔をするもんだな」
「冒険者。頼む」
頭を下げる。誇り高い態度だが、精一杯の誠意なのだろう。
「彼女を殺さないでくれ……」
「……突然だな」
まあ、何を言うかは予想できていた。
「冒険者は認めない」か「殺さないでくれ」の二つだ。
「それは俺の《感情》が決めることじゃない。俺の《本能》が決めることだ。それは彼女の考え次第だ」
「え? 私?」
そうだ。お前の考えによって、俺はお前を殺すかが決まる。
「私は殺されて当然です」
「おい? なんで?」
「でも、殺すなら私の夢も覚えといてください。みんなと一緒に過ごしたかった」
彼女は満面の笑みでそう告げた。
自然体な笑顔。
「そうか」
ならばこれ以上、言うこともないな。
*
『おかえり。腹が減ったぞ』
「流石に腹減るか」
昼から置きっぱなしだもんな。飯時は腹が減るもんだ。昼、食ってないなら尚更だ。
俺はパパっと料理をする。野菜を刻み、備え付けのだし汁と共に炒め、出してやる。
簡単うま野菜炒め。簡単だがうまい。こういうのでいいんだ。
なんか前世と比べてこんなシンプル料理がうまく感じる。食材がいいのかな?
『それで? 覚悟が決まったようだが?』
「ああ。彼女の願いを叶えてやる」
『そうか』
「俺は夢を愛するんだ。手伝ってくれるな?」
『無論だ』
明日出発だな。用意はしとくか。
夜が更けるまで、俺は準備を整え休息をとった。
*
火。真っ赤な火。叫び声。泣き声。阿鼻叫喚。それが俺が表せる全ての言葉だ。
「ほう。来たのか。この惨状の首謀者さん?」
向かってくる二人組。この惨状の首謀者とどうでもいい男。
「なんで? こんなことしたの?」
「この惨状を生み出した首謀者に言われたくないね」
「なんで! 私だけならよかった。なんでみんな死んじゃったの?」
「何をいう? お前が殺したんだ」
「じゃあ......! その足元は何?」
俺は彼女の方を向く。それに追従するように、ぐちょりと足元の死体が音を立てる。
血に塗れた粘ついた生々しい音は、吐き気がするほど気持ち悪かった。
俺がこの村の住民を皆殺しにした。それは一目瞭然だ。
「お前がこの町に、住みたいと願ったから俺はこうした」
「なんでなんだよ! なんで……笑顔で夢を語った彼女を見捨てられたんだよ」
「俺がそうした。そうしないとやばいと思ったからだ」
「なんでだよ! おかしいだろ。壊れている……」
なんとでも言え。俺はそう考えたからそうした。
「そういう策謀だから。知能ある魔物は危険だ。自分を守るために人の良心に漬け込む。まったく吐き気がする」
「じゃあ、なんでみんな殺ろす必要があった! 本末転倒じゃないか」
「人間に仇なす、魔物の犠牲者だ」
村の人々は魔物に殺され、全員焼け死んだ。それが全ての結末だ。
「……許さない! 下がってて」
「ほう? 人間を襲うのか」
「お前は人間じゃない!」
魔物……アラクネは高速で移動し、攻撃を仕掛けてきた。
俺は余裕でそれを躱す。しかし……
「私の毒で死ね!」
蜘蛛の糸で巻かれ、身動きが取れなくなったところに、毒牙。
さすが。アラクネは伊達じゃない。
「相手が俺じゃなきゃ勝ってたね。」
ボス耐性があるので、毒は無効です。残念。
「お願い! 死んでぇ」
決死の特攻。まあ……
「二手遅い」
彼女の体は真っ二つになって泣き別れた。
攻撃をはじく攻撃。体勢を崩す攻撃。切り捨てる攻撃。
圧倒的な負けだ。死ね。
「大丈夫か!」
……この傷で大丈夫だったら引くね。
「だ……いじょうぶ……じゃないみたい」
「なんで……」
「いまとっても軽い気分。体も軽くて、飛んじゃいそう」
「ああ……ああ!」
「ねえ。逃げよ? 仇討ちとかやめて……遠くへ」
切られたことがわからないのか、それとも逃避してるだけなのか。
「あれ? とっても眠い……そっか。寝る前に君と一緒に居れてよかった」
「眠っちゃだめだ。今眠ったら……」
「こちらも幸せに寝られると困るな」
村長の息子を蹴り飛ばし、アラクネの上肢を踏みつける。
感動の別れなんて待っていられるか。
「安心しろ。冥府の旅路は共に歩むだろう」
「お前ぇ!」
「いや、人間と魔物の行き先は、違うか」
村長の息子は、泣きながらこちらを睨みつけ、向かってきた。
「ほう? 向かってくるのか。逃げずに向かってくるのか。そのアラクネがまるで夜逃げに誘うような必死こいた態度で、逃げることを誘ったというのに!」
「死ね……」
なんとまあ、いい顔だな。
「しかしお前は勘違いしている」
「!」
「お前など眼中にない」
柄に手をかけ、振り抜く。
「終わりだ」
村長の息子は簡単に息絶えた。俺がたった一つの技を使っただけで。いとも簡単に。
……驚愕で開かれた目。その目と目が合った。下を向くと血だまりに顔が映る。
燃え盛る火炎によって自分の顔が照らされる。
「ひどい顔だな」
《levelが3になりました。これにより悪魔化がLV2になりました
これにより大罪が強化されました》
ああ、残虐だな。それしか言葉が出ない。
薄っぺらい言葉の塊しか吐くことができない。
大罪ってのも理解できる。
「町に戻るか」
『乗るか?』
「いやいい。歩いて帰る」
『そうか』
俺は自分の残虐に酔っていたい。
雨が降っているな。自分の良心に。
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