アメ溜まる
今日も雨音は聞こえない。
「……晴れ」
晴れは、何も無い。何も無いから晴れ。味のしない、音が鳴っても何も得られない日。雨、雨……何かある、何かあるから雨。水溜まりの出来ない雨は、アメじゃない。雑音に期待するだけの、餓えが早まる日。
道路を長靴で鳴らす。ダン、ダン、と。……音は止む。
日が昇っている、今日も晴れ。雲は動かない、歩いても止まっても動かせる気がしない。空が陰っても、今日は晴れ。日が落ちれば、雨になる? 違う。夜の闇でちょっと見え難くなったからって晴れであることに変わりはない。あの夜みたいに、心は満たされないんだから。
足音を鳴らす、タン、タン、と。音は弾むことなく、雨も喚ばず、地の底へ消えていった。
空は何も
「怖い」怖い、怖い、怖い。
何も無いのが怖い、自分の人生に自信を持って誇れるものが無くて空しい。自分が頑張れる理由なんて、自分が生きてきた価値なんて証明できない! 私の歩いてきた足跡なんかには何も付属してこない!
そんなの、無いのと同じ。
パチャ、パチャ、
パチャ、パチャ、
雨、降ってたんだ。
パチャ、パチャ、
よく聞いてたつもりなのに分からなかった。
パチャ、パチャ、
もう立つことだってできない。
パチャ、パチャ、
アイツは……どうしてあんなに楽しそうだったんだろう。
パチャ、パチャ、
今の私は、アイツと何も変わらないはずなのに。
パチャ、パチャ、
――頭?
ザーーー
雨……溜まったんだ。
水溜まりには自分の姿が映っている。両手を地に着き、何も見えてなくて……やっと終わるんだろうって感じだ。雨粒が一つ落ちて、水溜まりの像があやふやになって――
バシャッ
水溜まりの自分を壊して、遠い日を思い出す。
父と母は共働きで、私はよく祖父母の家によく預けられていた。祖父母は私に甘く、祖父母の家には常に私の好きなお菓子が置いてあった。私は食べたい時にソレ等を食べ、別に食べたくない時でも暇があれば食べていた。
そんな甘い物ばかりの毎日だったから私は普通のご飯が食べたくなかった。甘くないし、沢山噛むと疲れるし、苦手な野菜とかもあったし。何よりお菓子でお腹がいっぱいだったから私はご飯をよく残していた。
それを見かねた母は「お菓子を食べ過ぎるといつか味が分からなくなっちゃうよ」と言った。
私は怖くなって祖母へもうお菓子は止めることを伝えた。
かと言ってこれまでの堕生活が急に変われるわけもなく。祖父母も私に甘いので私を甘味に誘ってくる。その頃の私はまだ堪え性があったから、この口寂しさを解消できて尚且つ沢山食べられないようなお菓子を祖父母に尋ねることができた。それが飴との出逢いだった。
量は少ないし味も薄い、噛み砕いてしまえばすぐ終わる。それが祖父の観測の下、舐め終えられるようになった頃にはご飯もちょっとは食べられるようになっていた。しかし、一日に摂取するお菓子の種類が減っただけで、口の中はずっと甘さに蹂躙されていて。私の舌はとうとう麻痺してしまった。
口寂しいが何を食べても美味しくない。祖母は他の物を食べれば良いと言ったが、飴は私の中でどんな物よりも甘いものだったから他の物じゃ物足りなくて仕方がない。それが転じて、つまらなくてがっかりするくらいならもう食べない方が良いと思うようになった。でも食べなかったらやっぱり辛くて。私はもうどうすれば良いのか分からなくなった。
そんな私のために祖母は金魚鉢を引っ張り出してきた。祖母は「この鉢に飴が溜まりきった時にだけ食べるようにしなさいな」と言った。祖母は私が何かを頑張った時にしか飴を入れてくれなかったから、私は美味しい飴を食べるために頑張って、お腹が減ったらご飯を食べて。いつしかご飯も美味しいと思えるようになって、私は少しだけ偉い子になれた。
今思えば、あの時にはもう飴にはさほど興味が無くなっていて、頑張った時に褒めてくれる祖父母を見るのが嬉しくなっていたのかもしれない。
それがどうでもよくなってしまったのは祖父母がいなくなってしまったからか、それとも挫折した夢でもあったからか。ご飯にも味を感じなくなって、毎日が無味になって。もう思い出したくもない苦い思い出。水溜まりの底で、彼らは私を見出してくれた。
水面を撫でる。胸を張ったのなんて、いつが最後だったかな。
パチャ、パチャ。
雨が降ると憂鬱だ。湿気るし、蒸れるし、寒いし、濡れたら気持ち悪いし。でも、その足跡にできた水溜まりを踏めるなら、私は――。
置いていた手には傘が握られていた。膝に手を置き、よっこらせと立ち上がる。アメ溜まりを踏みしめて、この手の傘を開く。
「雨だ。」
アメ溜まる 青空一星 @Aozora__Star
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