雨黙る

今日は雨音が聞こえない。

「今日は晴れか」

 あの後、窓とかドアスコープとかから外を見たけど、アイツは居なかった。扉を開けてもみたけど、やっぱり見つからなかった。


 あんなことがあった次の日も、私の日常は終わらない。今日は休日だけど、きっと昨日より楽しくなることはないと思う。でも、これまでと今日は少し違う。今日は水溜まりがあるから。


使い方を忘れられた金魚鉢が静かに日の光を浴びている。


 人生には飴が要ると思う。辛いばっかじゃ嫌だけど、無味ばっかりはもっと嫌。まぁ辛いか甘いか選べるなら、甘い方を選びたいケド。

 これまでは無味で辛かった。だから今日は甘くて良いはず。


 そんなわけで長靴を買った。こんな歳してたって、きっと買っても良い筈だ。きっと私にはその権利がある。だから晴れてる今履いて帰ったって問題ない。昨日までの自分からじゃ想像できないほど愉快で弾んだステップを響かせる。


 それに、次にいつアメが降るかなんて分からない。水溜まりが残ってる早い内に踏んでおかなきゃ損だ。パシャ、パシャ、と踏み付ける。あくまで偶然、あくまで自然に。何度も跳ね回れるほど夢には浸れない。別に化け物に追われるのが夢だったなんて言わない。けど、少し変わったのが嬉しかった、それだけ。


 昨日は一日中雨が降ってた。一日中、雨音が傍にいた。だからか今日は静かに感じてしまう。

 今日は他の人にとっては休日じゃない。大学生の特権、平日休み。人は土日ほどいないし、車の通りもそこまで良くない。だから? いや、そうじゃない。なんか、いつも通りって感じ。これまでと同じ様な、味が無い様な――。


 踏みつけた水溜まりで目を覚ます。そうだ、今日は日常じゃない。ちょっと変な日常だ。柄にもなくこんなことをせっかくしてるんだから、舞い上がらなくてどうする。靴音をビャンビャンと照る日の下で鳴らしながら家へ帰った。



 次の日も晴れだった。これまでと変わらない、当たり前の日常。辛くもなく、甘くもない。何も感じられない、何も生まれない、そんな日常。今のままでは駄目、変わらないと駄目なはずなのに。次の日も、次の日も、次の日も、何も起こらず何処へも踏み出せないまま、何日も何日も過ぎていく。私はこんなにも求めているのに、舌が涎で溺れそうなほど飢えているというのに。



 日常、何も変わらないいつも通りの毎日。大学に行って、授業を受けて、試験に備えて、年を越えて、バイトに行って、友達と遊んで、将来に備えて、就活して……雨が降らない、飴が足りない。私の中に、溜まってくれない。乾いた、渇いた、飢え渇いた、餓え燥󠄀いた! 甘くない、辛い、味がしない──

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