アメ溜まる
青空一星
飴溜まる
雨音が聞こえる。今日は雨か。
「面倒クサ」
今日は一限と二限と四限があって、十八時からはバイトのシフトが入っている。それで帰りは大体深夜の一時か。
「はぁ、メンドくさ」
バリエーションのない言葉選び、千変万化からは程遠い日常。生き甲斐の物足りなさが心の芯にまで染み付いて、カビ臭い匂いで息が詰まりそうだ。
雨程度は非日常に入らない、二択の内の一つが選ばれただけ。本当に本当に小さい頃は長靴にはしゃいでいたけど、最後に見たのがいつかさえ思い出せない。そう単純に幸せを享受できる時期は過ぎてしまった。今は傘を取るのさえ億劫で、背筋伸ばして羽を広げて、さも当然に道を行く人が羨ましく思えるまでになってしまった。
まだ控えめな雨音の中へ歩き出す。
教授の話を外面だけ受け入れて、期末に間に合うようにインプットする。眠気に抗い、偶に諦め、昼飯を採って、パソコンを閉じる。部屋の明かりを付けて、ベッドに横たわって、少し強くなった雨音を頭上に受けながらバイトへ向かう。お客サンに下手くそな笑顔作って、作業をこなして、カードを切ったら、帰路につく。
今日はずっと雨だった。朝起きた時も、授業を受けてる時も、働いてる時も、ずっとずっと雨。
カサの羽根、雨雫タチ、照明の切れた空、視界はすこぶる悪い。街灯は雨のせいで万全に仕事ができず、歩道は人が歩く場所なのに雨が所々占領いるせいで真っ直ぐ進めない。ただでさえ怠い毎日なのに、やることが増えるとさらに怠い。明日のための希望が無いからやる気は湧かないし前に進めない。休日まで乗り切るだけの今日には意味が無い。自分が欲しくないものを消費して、よじ登るための足場にして、そうやって手に入れた休日もロクに活用出来ないんダケド……。
パチャ、パチャ、
足音が聞こえる。ボタボタとカサを揺らす雨音に紛れ込み、遠くでパチャ、パチャ、と鳴っている。親の仇と言わんばかりに地を踏み鳴らし、雨の中とは思えない速さで、私とは似ても似つかない想いで後ろを走る人がいる。
深夜、それも雨で視界の悪い時なんかは無価値な妄想が広がりやすい。ストーカーと言うには隠れる気がまるでない。殺人鬼だとしても、もっとマシな近づき方があるはず。もし、妖怪とかだったら──冗談、ただの急いでいる人に決まっている。お化けやら怪異やらは信じないタチだ。そんな夢を追うくらいならいっそ後ろの人と一緒に騒がしくやればいい……そんな勇気も無いけど。
足音はだんだんと近付いてくる。追い抜いてくれるならソレがいい。後ろに誰かが居ると少し焦りたくなってしまうから。その分楽になれるなら、そうあることに越したことはない。少しだけ気になったから曲がり角でチラと見てやると、ソイツには顎から上が無かった。
傘を差さず、その吹き抜けの頸へ雨水を溜めながら、長靴で水溜まりを踏み荒らし来る化け物。私とそれほど変わらない背丈でいながら、ヤツはそんなマネをしていた。
バチャっ
私は走った。持ってる物全部を投げ出して逃げた。後ろからはバチャバチャと先程より勢いの付いた足音が聞こえてくる。息を切らして転ばないように、水浸しになった靴で道路を踏みしめ走った!
扉を開けてバタンと閉める。
雨の中、乾き焦がれた喉からはぁ、はぁ、はぁ、はぁ、と切れ切れの感嘆が吐き出された。
「はあ…………」
「──楽しかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます