第4話



「え? 本当に退治したって? 蛙のアンタが?」



 当たり前ですがリーラは半信半疑。ゴーレムが沼地の淵に落としていったユニコーンの角がなければ信じてもらえなかったでしょう。



「マジかぁ、いや森の平和が守られたのは喜ばしい事だけどさ」

「約束だぞ。さぁ、キスで余を呪いから解き放ってくれ」

「えぇ~、ど、どうしようかな」 



 リーラが返事をしぶっていると、突然おもてから獣たちの鳴き声が聞こえてきました。デビータ、リーラ、ミノ吉の三人が窓から外をのぞくと、そこには驚くべき光景が広がっているのでした。なんと、先ほど沼に沈めたはずのアイアン・ゴーレムが今度は群れをなして魔女の家を取り囲んでいました。



「仲間ヲ行動不能ニ追イヤッタ魔王ハココダ。総員、戦闘態勢ニ入レ」



 密猟団というだけあって、敵は一体だけではありませんでした。

 絶体絶命、青ざめるリーラにデビータは言いました。



「今度は嫌でも信じてもらうぞ。余が魔王ということを。元の姿に戻れさえすれば、あの程度の敵など……実際どうとでもなるのだ」

「うう、蛙にキスを? 不潔」

「そんなに嫌なら、歯ブラシでも用意してくれ」



 数分後、今や遅しとゴーレム達が魔女の家に踏み込もうとしたその時でした。

 扉を蹴破り、先頭の一体が家に突入したまさにその瞬間――。


 閃光がきらめいたかと思えば、黒焦げになったゴーレムの残骸が後方へ勢いよく吹き飛ばされ、後続兵の前に転がったのでした。



「遠からん者はよぉーく聞け。近らば寄って目にも見よ。我こそが才色兼備にして、史上最強の魔王! 超魔王デビータ様の復活だぁ!! がはは」



 台所で歯を磨く魔女を尻目に、デビータは臆せず敵の群れへと向かっていくのでした。蛙から戻った際は裸身だったので、魔法で衣服を作り出したのは内緒の話。

 仮初の赤きマントをひるがえして、復活の魔王は右手に魔力の光球を生み出しました。バリバリと電を走らせる紫色の魔法弾でした。



「では行くぞ! 石から生まれし者は石にカエルがよい! 『紫水晶の抱擁アメジスト・ハグ』だ」



 魔法弾が膨張して周囲に広がり、敵軍を紫の光波が飲み込みました。すると水晶の柱が標的の足元から生成され、たちまちゴーレム達を内に閉じ込めてしまいました。

 なんという事でしょう。

 偉大なる魔王デビータはわずか一滴のオイルや血を流すこともなく、水晶の棺桶に敵軍を封印してみせたのでした。

 立ち並ぶ水晶の柱を前に、魔王は会心の笑みを浮かべました。



「ククク、絶好調だ。謎の軍団、恐れるに足らず。こうして力を取り戻したからには、もう新生魔王軍など必要ないわ。この足で魔王城に飛んで帰り、復讐を遂げてやる」


「あらら、オラはもうお役御免だべか?」

「いや、呪いってそう簡単なモンじゃないから。見ていなさい」



 リーラの予告通りでした。

 元の姿に戻ってからきっかり五分後。

 勝利の馬鹿笑いをあげていたデビータはポンと白煙に包まれ、その姿は夢幻のごとく消えてしまうのでした。後に残されたのは一匹の蛙だけ。



「な、なんだ、戻ってしまったぞ!?」

「どうやらアタシのキスだと効果があるのは五分だけみたいねぇ」

「くぅ――、伝統と格式あるやり方でもその程度か」

「あ~ら、どうしたのかしら? 新生魔王軍なんて必要なんでしょう? 早く何処にへでも消えてしまいなさいな、魔・王・様」

「い、いや、それは言葉のアヤというもので……おい、我が第一の部下、ミノ吉、まだ帰らないでくれ。お願いだ、共に世界を救うと約束したではないかぁ」


「やれやれだべな、モォ」


「なんか面白そうね。アタシも入ろうかしら、新生魔王軍。魔王に変身する蛙を使役できるなんてロマンチック。おまけにそのトリガーを握るのは召喚士であるアタシだけか」

「な、なに?」

「さしずめ、魔王使いの魔女って感じ? 行け、魔王デビータ。謎の軍団と戦うのだ。ご主人さまが命じるままに、ウフフ、素敵」

「な、なんだそれは!? あくまで新生魔王軍であって、魔女の軍団ではないぞ」

「うるさいわね、ゴチャゴチャうるさいともうキスしてあげないから、べーだ」


 ―― くぅ~~なんたる屈辱よ。しかし、耐えるのだ。あの女が今は必要なのだから。


 波乱含みの新生魔王軍。

 その幕開けは各人の思惑が入り乱れ、一致団結とは程遠いものでした。

 こんな調子で彼らは謎の軍団から世界を救うことが出来るのでしょうか。

 なんやかんやで全ては、一匹の蛙に託されたのです。








 そして、同時刻。

 デビータが追放された魔王城の一室では。


 丸テーブルに置かれた水晶球を通じてデビータの動向を探っている人物がいました。薄暗闇の中、球に片手を掲げ口角をゆがめたのは魔王軍の参謀であるミザリーでした。



「どうやら追放した蛙は、上手くやっているようですね。まぁ、あそこまでお膳立てしてあげたのですから、やってくれないと困るのですが」



 ミザリーの独り言かと思えば、闇の奥から反応を返す者が居るのでした。



「おや、喜んでいますね? 自分で追放しておきながら奇妙な話だ。それもまた愛のカタチなのですか? この世界では」

「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすというでしょう?」

「貴方はデビータの母ではないはず」

「城の倉庫で亡くなった王妃の日記を見つけてね。病死する直前までグータラ息子のことを案じていたよ。母がやりたかった事を私がしてあげた、それだけだ」

「ふぅん、お優しいことで。そうなると我々もデビータに何かしたくなりますね」

「うん?」

「そうだ、彼が無事にここまで帰ってこれたら、我々の仲間として歓迎するのはどうです? いわば入団テストです。これは面白そうだ。それがいい、そうしましょう」

「彼がそれを望めば……な。誰か来る、雑談はここまでだ」



 テーブルのローソクが吹き消され、室内は完全な闇に閉ざされました。

 最後に聞こえてきたのは、確かにミザリーの声。



「もしも蛙化を卒業できたのなら、戻ってこいデビータ。それまで玉座を温めておいてやる」


 たとえ一度は幻滅されたとしても、それで全てがお終いではない。

 そうでしょう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カエルになった魔王さま 一矢射的 @taitan2345

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画