初恋エルフ
鈴寺杏
第1話 初恋
様々な種族の出入りする地方都市エルドア。
今この街では、数日後に予定されている大規模な魔物集落の討伐に参加する兵士や冒険者で、娼館はいつも以上の賑わいを見せている。
死を前にした思い出作りや、荒ぶる気持ちを発散するため、いつも以上に荒々しく情事へおよぶ者たちで溢れていた。
そんな薄暗い通りに建つ娼館の一つに、およそ十年前森で捕らえられ娼館で働く者がいる。
その者は今日も宛がわれた小部屋で、望まない客の相手をしていた。
過去に付いた傷についてなじられたり、荒々しく髪を掴まれたりしながらも甲斐甲斐しく行為を熟していく。
何故なら客の評価は、自らの命へと直結しているから。
客を見送ったあと、また新しい傷が増えてしまったその者は、無表情で傷を見つめて軽く手で摩った。この程度の腫れであれば数日もすれば消えるか、薄くなることを経験から理解しているため、心を乱されたりはしない。
簡単に身体を拭った後、少し綺麗な布を羽織り新たに訪れるであろう客をただぼーっと待ち続ける。
こんなことを何年も続けていれば、次に起こるだろうことは大概想像がつく。
近づいてくる足音と共に姿勢を正し、扉が開かれると「いらっしゃいませ」と頭を下げる。客の容姿を確認できるのは、頭を上げる許可を頂いてから。
しばらく経っても声が掛からない。
頭を下げたままの状態を楽しむ。過去にはそういった趣向の客もいた。
そして、当然のことながら働く者に選択の自由などない。
しかしながら、あまりに客の動きがないことに戸惑い、働く者がお伺いを立てようとしたところで、客が軽く肩を叩いた。
働く者は、この状態では顔を上げることが出来ない決まりになっている。その為、客が何度か肩を叩き続けたが、二人の状態は変化しない。
痺れを切らしたのか、客は直接頭を掴み顔を上げさせた。
働く者は、客がどのような顔をしていても驚かない。
そう教育されているはずだった。
だが、その目に映った客の姿はあまりにも美しく、この場にそぐわないものであった為、間抜けにも驚いた顔を晒してしまう。
まだ自分にもこんな感覚が残っていたのかと驚きながらも、働く者は客を満足させるため、身体を密着させた。
その状態で、頭を上げさせてから一向に動く気配のない客が動き出すのを待ち続けた。
抱きしめるでもなく、拒否するでもない状態にさすがに何かおかしいと感じた働く者は、身体を離し問いかけた。
「このような身形は、お好みではございませんでしたか?」
客の顔を確認すると、顔を横に振るばかり。
「であれば、お相手を続けさせて頂きます」
こういった経験も、働く者にはもちろんあった。
物言わぬ者。
どうしていいのかわからぬ者。
まるで初めて情事を行う若者を相手にするように、まずは自らが身に着けた布をずらし裸体となる。そのまま、客の衣服を脱がせていった。
働く者が身体に口づけをすれば、客はまるで真似るように小鳥の如く優しく啄み、指を這わせれば、蛇が這うように滑らかに指を動かした。
慈しむように傷に触れる優しい唇。
身体を強く抱きかかえるわけでもなく、支えるだけの繊細な指や腕。
今まで経験したことない客からの優しい扱いに、何時しか働く者は仕事を忘れ夢中になっていた。
もちろん客も、それに応えるように情事へと及ぶ。
二人にとって夢のような時間は、すぐに終わりを迎える。
まもなく客が買った時間が終わるのだ。
「また来て下さいますか?」
思わず問いかけてしまった働く者に対して、客は曖昧な笑顔で返すのみだった。
扉の前で去り際に、繋いでいた指が一本ずつ離れていく感覚を両者は楽しんだ。
共に、もう会うことは出来ないだろうと感じながら。
半年後、エルドアには魔物集落の討伐を終えた者達が帰ってきた。
出発の際にいたはずの数が、三分の一ほど減っていたが結果を見れば成功と言える内容であった。
生きて戻って来た者の多くは、一時ばかりの大金を手にすると娼館へと足を運んだ。自らが生きていることを、喜び噛みしめるために。
ここは、様々な種族の出入りする地方都市エルドア。
この街の薄暗い通りに建つ娼館の一つに、およそ十年前森で捕らえられ娼館で働く者がいる。
その者は今日も宛がわれた小部屋で、あの日訪れた美しい姿の客を待ち続けていた。
初恋エルフ 鈴寺杏 @mujikaku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
かくれんぼ/鈴寺杏
★6 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます